第142話 陽は陰を呑む
――場違いじゃないかな?
地元の駅に集合した時も、一緒に電車に乗り込んだ時も、乗り継ぐ時も、津久井任はそんなことを気にしていた。
総勢八人にもなる大所帯だ。
これだけの大所帯になれば、何となく二つ、三つのグループに別れる。
現にこのメンバーも三つに別れようとしていた。
一つが武蔵、倉知、真姫の三人。
武蔵がただただ周りを無視する形で、座って本を読んでいた。
そんな彼の姿を見て、任は「しまった、僕も本でも持ってくればよかった」と思った。
最も、それはそれで「せっかく誘ってくれたのに、ずっと本なんて読んでいて感じ悪くないだろうか?」と気にしてしまいそうだったが。
ちなみに話のきっかけになればと覗いた本の背表紙には『ファインマン物理学』と書かれていて、任はいそいそと退散した。
ファインマンが誰か知らないが、任が読むようなライトなノベル本とは違うことだけはよくわかった。
そんな武蔵の隣に座って、こちらもただただスマホを弄るばかりの倉知。
ゲームでもしていれば、これもまた話をするきっかけになると思ったが、それもどうやら違うようだ。
時頼、武蔵に「石黒先生の発明品で――」なんて話をしながらスマホを見せていた。
恐らくこれから行くロボット展の話をしているのだろう。
ロボットアニメの話なら多少の自信はあったが、彼らの話はフィクションの域に留まっていないことは容易に知れた。
いざ話しかけて「はぁ?」という顔をされたものなら、任は泣いて帰る自信があった。
一方、このグループ最後の一人である真姫は、倉知と武蔵を挟むよう位置で、ただただ座っていた。
特に何をするわけでもない。
一見、外の景色を見ているようにも見えるが、本当にただただ座っていた。
ならば彼女と話をするのはどうかとも考えた。
しかしそこは去年、転校してきたばかりの任。
隣のクラスの真姫のことなんてほとんど知らない。
知っていることと言えば、母親を震災で亡くしていること。
そして武蔵のことが好きだということだけだ。
当然ながら、彼女に「震災のときは大変だったね」なんて言えるわけがない。
大変だったなんて軽々しく言えないことが、彼女には起きたのだ。
せいぜい「地震で本棚が倒れて大変だった」程度の話しかできない任が、簡単に踏み入っていい話題ではない。
じゃあ、武蔵の話題はどうだと言えば、それはそれでどうなのかと思う。
その彼はすぐ隣で別の女の子と仲睦まじくスマホを見せ合っているのだ。
任がその立場なら、きっと心穏やかにはいられないだろう。
そんなプチ修羅場なグループを正面に、人間観察をしているグループが一つ。
遥人とものりの二人だ。
聞き耳を立てると、大体こんな会話だった。
「ねぇねぇ、もしかして、みやむーってはかせちゃんのこと好きになっちゃったとか?」
「いやいや、それはねぇだろ。倉知だぜ? あの倉知だぜ?」
「でも、はかせちゃんはまんざらでもなさそーですよ?」
「ありゃ、趣味の話できる奴ができて嬉しいだけだろ」
「えー、でも、はかせちゃんって、昔っからみやむーに対してだけは、ちょっっっと、優しかったよ?」
「そうだったか?」
「そうだよー。そう、あれは中学入学したての頃。姫ちゃんのことで元気がないみやむーを励まそうとして、裏庭の噴水に落ちちゃったときのこと――」
「ああ、ものりが武蔵にジャーマン・スープレックスかましたやつな」
「ちーがーうー! あれは胴上げ! 胴上げですー!
じゃなくてっ、あのときはかせちゃんってば、みやむーの水没したケータイは直したのに、ものりのは直してくれなかったんだよっ。これってみやむーにアピりたかったからだよ」
「……そりゃ、おまえのケータイは、真っ二つに折れてたからだ」
「ケータイ買ってもらったばっかりだったから、ママにすっごい怒られたんだよ」
「そりゃ自業自得だ」
何をどうすれば人にジャーマン・スープレックスをかますことになるのか。
どうしてそれでケータイが真っ二つに折れるまでなったのか。
気になる話ではあったが、任はその頃はまだ彼女たちと知り合ってもいない。
そもそも入院していて学校にさえ通っていなかった。
話題に入ろうにも、こちらもやはりきっかけが掴めないでいた。
ちなみに最後の一グループである栄介とリオの二人は、電車に乗るやか否や早々に寝入っていた。
これはいつものことのようで、家が道場である彼らは、朝も早くから稽古をしているためか、電車やバスで移動となると大概寝てしまうらしい。
しかし、仮に彼らが起きていたとして、任のコミュ力でうまく会話できたかどうか疑問である。
やはり隣のクラスである栄介とは数える程度しか話をしたことがない。
その妹のリオに至っては本日が初対面だった。
――場違いじゃないかな……?。
本日、何度目かの自問自答。
ここにいるメンバー同士は古くからの知り合いだ。
それも学校でも一際騒がしい、クラスの中心人物たちだ。
そんなメンバーの中に、自分のような陰キャが混じっていいものか。
――場違いだよな。
そう感じると共に、なんだかここにいることが悪いことのように思えてくる。
立ち入り禁止の場所に踏み込んでしまったような気分になる。
――帰ろう、かな。
例えば次の乗り継ぎで、逸れてしまったように、こっそり抜け出すのはどうだろうか。
都会へ近づくほどに、人の数も増えている。
今なら、逸れてしまったと言っても、仕様がないように思えた。
そのまま迷ってしまったので、仕方なく帰った。
なんだかそれはとてもいいアイデアのように思えた。
みんなもきっと古くからの馴染みのメンバーで遊びに行ったほうが、きっと楽しいだろう。
自分のような異物がいるより、きっとその方がいい。
「あ、みんな、乗り換えだよ!
ほら、えーちゃんもりおちゃんも起きて!」
幸いにして、すぐに乗り継ぎ駅に着いた。
みんながゾロゾロと降りた後、やや遅れてそれに続く。
駅のホームの階段をみんなが降りていくのを、ぼんやりと見送る。
なんだか少しだけ心がざわつくような感覚を味わいながら、任は人混みに紛れるようにして、みんなとは反対方面に向かって歩き出そうとして、
「あーっ! 違うっ! 違うっ! タモさん、こっち!」
「――えっ?」
誰かに袖を引かれて、引き戻される。
「え……、え? ……ど、どうして?」
人混みの真ん中に、一際大きく目立つリボンが揺れている。
その後ろ姿には見覚えがあった。守ものりだ。
「どうしてって、タモさん、おっきーからすぐに見つかるよ」
「……っ」
ニヤニヤと笑いながら、ものりは振り返る。
クラスで一人浮いているとき、初めて声を掛けて来てくれたときも、そんな顔だったなと、ふと思い出して、思わずドキッとしてしまう。
任としては、そんなことを聞いたつもりではなかったが、だけどそれ以上は何も言えなくなってしまった。
「おーい、なにやってんだ?」
「タモさんが迷ってたー。
もう、どんくさいんだからー」
「ものりにだけは言われたかねぇ。
でも、確かにタモさん、図体の割にトロイからな」
「え……あ……ご、ごめん」
「あ? んなんいいから、乗り遅れっぞ」
待っていてくれた遥人に「ほら、急げ」とばかりに背中をバシバシ叩かれる。
気付けば心がざわつくような感覚はなくなっていた。
正直に言えば、任は病弱な癖に同世代の子たちより大きい自分の身体が嫌いだった。
だけど、このときだけは、不思議と大きな身体でよかったなんて、思ったのだった。




