ブロローグ ある仲良しグループの結成
「ここに、オレたちカミ様見つけ隊の結成を宣言する!」
「嫌よ」
「カミ様ってなに?」
「ものりのことだろ。もう見つけたしね」
「は、恥ずかしい……」
「えー!」
教室の片隅、先生に怒られてしょぼくれていた六人は、その気持ちを引きずったまま、また馬鹿なことを言い出した岸遥人に、冷ややかな目を向けていた。
「なんでだよ! いいじゃんか、せっかく仲良くなったんだし!」
「あんたといると先生に怒られてばっかりなのよ」
「んなことねーだろ」
「先月、教室の水槽割って、めだか全滅させかけたの、まさかもう忘れた?」
「あれは武蔵が悪い」
「なんでだよ。武蔵敗れたりーって襲い掛かったきたの、遥人だろ」
「まあ、確かに武蔵も悪いけど」
「宮本も、悪い」
「えー!」
休み時間。
遊ぶ生徒で賑わう中、一際騒がしいグループ。
江野栄介は輪の一番後方から、それを眺めていた。
外れているわけではない。あくまでも一番後ろで、全員の様子が伺える位置だ。
「いいネーミングだと思うんだけどなぁ」
遥人が諦め悪く、黒板に「カミ様見つけたい」と書いている。
「わざわざ名前なんて付けなくてもいいじゃない」
「あと、あんちょこよね」
「ものりがリーダーみたいなの、恥ずかしい……」
「いいネーミングだと思ったのによー」
遥人の中では賞賛の嵐間違いなしだったのだろう。
安直と言えば、確かに安直かもしれない。
このメンバーが、遠足で迷子になった守ものりを探すために集まったメンバーだからだ。
そしてそのまま二重遭難となり、先生にこっぴどく叱られたメンバーだからだ。
ちなみに栄介も悪いネーミングだとは思わなかった。
『カミ様』は暗に遥人が『守』の字がわからなかったから、カタカナで書いたのだろうけど、『神様』とも掛かる。『見つけたい』と『見つけ隊』を掛けたのもいいと思う。『隊』の字がひらがなになっているのが、残念だけど。
もう少し捻って、呼びやすい形にするとこんな感じだろう。
『カミツケ隊』
何の気なしに黒板に板書する。
すると、
「こっちの方がいいじゃん」
それを眺めていた宮本武蔵が賛同の声を上げる。
「うん、わたしもこっちのが好きよ」
「いいと思う」
「ものりも、これなら恥ずかしくないよ」
続いて、樹真姫、倉知有多子、守ものりも、うんうんと頷く。
最後に遥人が、
「確かにこっちのが呼びやすいけどよ……」
と自分の提案したものに未練があるのか、最後までうーんと唸りつつも、
「まっいいか。
んじゃ、ここに俺たちカミツケ隊の結成を宣言する!」
「嫌よ」
「んでだよ!?」
「今更」
「もう、わざわざ名前なんてつけなくてもさ」
「ものりは、どっちでもいいと思うよ」
皆にして遥人をからかう様に笑う。
遥人も文句を言いつつも、確かに今更かと笑う。
「でも、さすが栄介だ。
カミツケ隊、しっくり来るよ」
武蔵が改めて黒板を見ながら言う。
「そんなことないと思うよ」
「またまた。栄介は、本当に謙虚だな」
栄介としては、本心でそこまで言われるものではないと思う。
遥人が付けたものに手心を加えた程度だし、人によっては遥人の意見の方がいいと言うだろう。
栄介は知っている。
皆が絶賛したのは、これが栄介が提案したからではなく、武蔵が肯定したからだということを。
武蔵には、そういう、人を引っ張っていく能力がある。
このグループだって遥人がリーダーのように振舞っているが、実質的に武蔵が中心だった。
迷子になったものりを探しに行こうと言ったのは、栄介だった。
だけど、皆が動き出したのは、武蔵が「行こう」と言ってからだ。
宮本武蔵という人間は、特別頭がいいわけでも、運動能力に秀でているわけでもないのに、気付けば何てこてないように、全てを奪っていく。
そういう人間だと栄介は感じていた。
栄介は、樹真姫が好きだった。
誰にでも飾らない、本心をさらけ出してくる、ところがとても好きだった。
でも、彼女は武蔵のことが好きだ。
それは茶化すのも馬鹿らしくなるくらい、誰の目から見ても明らかだった。
入り込める余地なんてないと悟るのに時間はいらない。
栄介の初恋は、土俵に上がる前から敗北していた。
宮本武蔵はとてもいい奴だった。
気心の知れた、親友と呼んでも差し支えない存在だった。
――でも、だからかもしれない。
江野栄介は、宮本武蔵が苦手だった。




