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第136話 魔王Ⅰ

 サラスを抱えて、診療室に向かう。

 ヘレナに診てもらえば、何かわかるかもしれない。


 ――そんなことはないとわかっていながら、一縷の望みに賭けて、冷えた廊下を進む。


「あぁ、ご主人様ぁ見ぃつけたぁ」


 途中でスラと遭遇する。


「心配しましたよぉ、ご主人様ぁ。僕、まぁた無職になるんだと思ったですぅ。

 お二人とも、ちょぉっとケガされたみたいですけどぉ、命に別状ないよぉで何よりですぅ」

「……………」


 スラにはサラスのこの様子は「命に別状ない」と映るのだろう。

 そうなるとヘレナの診断も当てにはできない。


「ご主人様ぁ?」

「俺はこのまま診療室に向かうから、スラはロースムを呼んでもらえる? 話がある」

「はぁいはぁーい、了解しましたぁ」


 いそいそと駆け出していくスラを見送りながら、ロースムになんて話をするべきか考える。


 ロースムにとっても、サラスは元の世界に帰るための最後の望みのはずだ。


 ロースムなら、もしかしたらサラスを元に戻す手段が思い付くかもしれない。


 そんな淡い期待に縋り付くしか、サラスを助け出す手段がなかった。

 もし助かったとしても、また同じようにバリアンの力を使わされるだけだと言うのに――。




      ◇




 診療室に着くや否や、ヘレナはパールがいる部屋と別の部屋に案内した。

 パールの感染症への配慮だろう。

 武蔵としてもパールに今のサラスの姿は見せたくなかった。


 部屋を出る際に、パールの様子を一目確認する。

 穏やかに眠るパールが見れたことだけが、今の武蔵には救いだった。




 通されたのは大部屋だった。

 ベッドを並べたら八台くらいは置けそうな空間に、今は二台しか置かれていない。

 そのうちの一台にサラスを横たわらせる。


「武蔵様も安静になさって下さい。貴方の方が重症です」


 サキから受けたダメージは確かに大きかった。

 ヘレナの言葉に従い、もう一台のベッドに腰掛ける。


「恐らくいくつかの臓器が傷付いています。CT検査後、必要であれば腹部を切開して傷口の縫合をしますので、そのつもりで」


 腹部は鈍痛が続いている。

 だけど急に腹を開く話をされると、かえってその方が怖くなった。


 そんな緊急性を有するような話しをしているにも関わらず、ヘレナはサラスの肩の傷の消毒から始めた。

 それもアンドロイドが抱えるバリアンを殺してはいけないという命令によるものだろうか。


「サラスの様子は?」

「全く問題ありません。これなら傷も残らないでしょう」

「そうじゃなくて、サラスの意識は戻りそうなの?」

「サラス様の精神障害に関しては、正直に申し上げてよくわかりません。

 サラス様の怪我に対して出血量があまりに少ないのも気になります。

 外傷は肩しか見受けられませんが、脳損傷の可能性もありますので、サラス様にもCT検査を受けて頂き、それからの判断になります」

「……そうか」


 恐らくヘレナの診断は的外れだろう。

 やっぱり普通の治療ではどうにもできないのかもしれない。

 絶望感が武蔵を襲う。


「アルク様をお連れしましたぁ」


 重々しい気分のなか、場違いとも思える能天気な声が響く。

 顔を上げるのと、ロースムが部屋に入ってくるのはほぼ同時だった。


 ロースムは部屋に入ると、サラスのことを一瞥こそするが特に表情を変えることもなく、武蔵に近付いて来た。


「大体の報告はスラから聞いたよ。

 ただ彼女の報告はどうにも的を得なくてね。

 辛いところ悪いのだけど、詳しい話を聞かせてくれないかな?」


 大体の報告は聞いたということは、サキがどうなったのかも聞いているのだろう。

 しかしそれでも顔色一つ変えず、普段と変わらぬ様子のロースムに、武蔵はなぜか苛立たしい気分になった。


「サキさん……ケイさんが亡くなりました」


 だから真っ先にそれだけを伝えた。

 ロースムは嘆くのだろうか、悲しむだろうか、それとも――


「……そうか。それは残念だ」


「……………それ、だけ?」


 しばらく待ってみても、それ以上の言葉は、ロースムからなかった。

 眉根一つ動かさず、淡々と、ただそれだけを呟いたのだ。


 ロースムの普段の素振りから、ケイのことをとても大切に想っていたことは伝わっていた。

 それなのに、


「……どうして?」

「ん?」

「どうして、そんな残念だって一言で済まされるんだ!」


 嘆くことも、悲しむ様子もない。

 そんなロースムが理解できず、武蔵は彼に近付きながら叫んだ。


「君がそれほど怒りを露わにする理由が、残念だけど私にはわからないよ」

「―――――」


 確かにロースムに言う通りだった。

 サキは魔法の杖を使ってサラスたちを苦しめてきた張本人であり、さらにはサラスを抜け殻にした元凶でもあった。

 そんな相手が邪険にされたところで、怒る理由なんてないはずだった。


 だけど武蔵は許せなかった。

 それはサキに同情を感じているのもあるし、彼女が今まで犠牲にしてきた者たちまで蔑ろにされてしまったようにも感じたのだ。


「サキさんは、あんたのこと慕って、それで魔法の杖まで使って。

 それなのに、あんたは、そんな一言で済ませるのかよっ」

「ケイは、三百年も前に亡くなったんだ。彼女はその残滓に過ぎなかったんだよ」

「なっ――」


 絶句する。

 そして思い出す。

 ロースムが、彼女のことを義理の妹のケイと呼びながら、そのくせ「偽物」と割り切っていたことに――。


「いずれにしても彼女がいなくなっても、私がやることに変わりはないよ。

 私は元の世界に帰るんだ」

「……え?」


 さらにはこの期に及んで、そんなことを言う。

 そんなこともうできない。できるわけがない。だって、


「サラスは、もう……」


 サラスに目をやる。

 緊迫したやり取りの最中、やはり彼女の耳には何も届いていないのか、相変わらず焦点の定まらない目をしていた。


「ヘレナ、バリアンの娘の容体を教えてくれないかな?」

「はい、アルク様。

 肩に大きな裂傷がありましたが、こちらは処置致しました。もう問題ありません。

 ただ、何らかしらの精神疾患を患ったようで、こちらの呼び掛けに一切の反応がありません」

「生理的反応は?」

「一部鈍くなっていますが、反応はあります」

「なら問題ないよ」


 問題ない。

 それはサラスが無事だという意味になる。

 だけど、その言葉の意味とは裏腹に、武蔵はどこか底寒いものを感じた。


「問題ないって……なにが、だよ?」

「子供は産めるということだよ」

「――は?」


 本当に――

 本当に――さっきから、何を言っているのか、さっぱり理解できない。


「バリアンの力が継承できれば問題ないと言ってるのだよ。

 彼女が駄目になってしまったのなら、彼女に次のバリアンを産んでもらえばいい。

 古くからムングイで行われてきたことさ。何も不思議はないだろう?」


『歴代のバリアンは一度だけ国の命運を左右する出来事を占う。それでお役目終了だ。残った肉体は生き神様のように扱われながら、次のバリアンや国王を生むための母体になる。アイツの母親も、その母親も、みんなそうやって役目を全うしてきた』


 それがバリアンの運命だと、ヨーダから聞かされた。

 聞かされてはいたが、それはあまりにも残酷だった。


「父親は武蔵君がなるといい」

「―――――」

「生憎、私の身体はもうボロボロでね。恐らく健全な子供は残せないだろう」

「―――――」

「それに、君は彼女のことが大切だったんだろう? なら何も問題ないじゃないか」

「―――――」

「もし君の子供にバリアンの力を使わせるのが忍びないのであれば、別に孫でもひ孫でもいいよ。何せ三百年も待ったんだ。今更あと二、三十年待つくらい大したことじゃないさ」

「――あんたは」

「ん?」

「……あんたは、なんなんだ?」


 武蔵は人生で初めて、心の底から人を恐ろしいと感じた。

 大切にしているように思えば簡単に切り捨て、

 執着しているかと思えばあっさり手放し、

 まるで一つ上の高見から全て見通しているように振舞って、

 みんなが大切に想うものを平気で見下す。


 そんなのはまるで――


「魔王」

「――っ」

「なんだろうね、私は」

「……………」


 あっけらかんと言い放たれた言葉に対して、返す言葉は見つからず、ただただ肌が粟立つばかり。


「――私を、殺すかね、武蔵君?」

「―――――」


 携えた刀を構えたのは、ほとんど無意識だった。

 人が化け物に恐怖し退治しようとするのと同じで、この男だけは殺さないといけないと思った。


「まあ、今は気が立っているだろうからね。この場は一旦引くよ。

 君も少しは冷静になれば、考えも変わるだろうしね」

「……いいや、それだけは、絶対にない」


 例えどんなに考えが変わったところで、この男のようにだけはならない。


 ――俺は、魔王になんて絶対にならない。


 それに武蔵は目の前の巨悪を見逃してやるつもりはなかった。

 この場で確実に息の根を止めなくてはいけない。

 その覚悟で刀を構えたままにじり寄る。


「困ったな。荒事は苦手なんだけどね」


 何一つ困った素振りもなく、ロースムはただただ飄々と肩を竦めた。


「それに君だって怪我をしている。

 その容体で動き回ることを、ヘレナは見逃したりはしないさ。

 ……――ヘレナ?」


 しかし、そんなロースムの表情が一変した。

 何か信じられないものでも見たかのように、目を見開いた。


「……?」


 遅まきながら武蔵も気付く。

 これだけの騒ぎの中で、スラですら武蔵とロースムの様子を見てはいなかった。


「あ、あぁ、ああぁぁあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 スラが奇声を上げる。

 絶対に見てはいけないものを見てしまったとばかりに、狂ったような声。


 背後から水滴の音が聞こえた。

 それに導かれるように、武蔵は慌てて振り返る。


「―――――」


 何か声を上げたのかもしれない。

 わからない。

 何が起きているのか、理解できない。


「……おい」


 先ほどまで、ヘレナがサラスの治療に当たっていたはずだった。

 そのヘレナが、


「なに……やってん、だ?」


 サラスの腹部にメスを突き立てていた。

 流れ出た血は、ベッドから床に滴り落ちる。


「――ああ、――ようやく」


 武蔵の呼び掛けに応じるように、ヘレナが振り返る。

 その表情は醜く歪んで、


「ようやく!! わたくしがバリアンを殺してやりました!!!!!!!!!!」


 叫ぶ。

 この世のものと思えないくらい悍ましい声音で。


 その姿に――似ているわけもないのに――和服姿が被る。


「……サキ、さん?」

「はい!! わたくしが、殺しました!!」


 感情の処理が追いつかない。

 武蔵は、心臓を、胃袋を、脳みそを、鷲掴みにされているような、そんな焦燥感を、嫌悪感を、悲壮感を、どうしていいのかわからないまま、立ち尽くした。

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