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第133話 ただ、それだけのため

 損傷個所をチェック。


 右大腿骨の可動域が二割減。

 右胸部外殻が破損。

 右眼球フレームにも亀裂。

 限界速度が約三割低下。

 加えて高周波ブレードを紛失。


 右側面から落下したため、そちら側に損傷箇所が固まっていた。

 右手で持っていた高周波ブレードは、無残にも折れた状態で見つかった。

 同じものは研究室にもあるが、取りに戻るくらいなら通常装備の刀で代用した方がいいだろう。


 地上三十七メートルからの落下の割にダメージが少なかったことは不幸中の幸いだったと見るべきだった。

 まともに地面に落下していれば、動くこともできなかったのは、下敷きにしたサティの姿を見れば明らかだ。


 サティの身体は手足があらぬ方向に捻じ曲がっていた。

 可動域確保のため柔らかいパーツで構成された腰部分から真っ二つになっていて、中からケーブルの類がはみ出ていた。

 咄嗟に彼女の身体を盾にして地面との激突を避けたのだ。

 突き落としたのはサティだが、それでもサキは心が痛んだ。

 彼女の顔はウェーブと同じものだ。

 そんな彼女が無残な姿を曝しているのは、なんとも忍びない。


「止めを刺さないのでしょうか?」

「……………」


 サティを放置して立ち去ろうとすれば、彼女の方から声をかけてきた。

 損傷は激しいが、発声ができるということは根幹パーツは無事だったのだろう。


「刺しません。その顔はわたくしのお友達を思い起こします」

「そうですか。どなたか存じませんが、私に似たご友人に感謝です」

「後ほど修理致しますので、今はごゆっくりなさって下さい」


 一礼の後、サティに背を向ける。しかし、


「?」


 再び足首を掴む手によって阻まれる。

 見ればサティが無残にも折れ曲がった手を懸命に伸ばして、サキを引き留めていた。


「そういうわけにもいきません。私は、ご主人様のバディですから。

 ご主人様の害を為すものを、私は止めなくてはなりません」

「……何を言っているのですか?」


 サキは自分でもどうしてかわからない苛立ちを覚え、這いつくばるサティを覚めた目で見降ろす。


「貴女は、パールさんの、母親役じゃないですか」

「いいえ、違います。私はご主人様のバディです」

「―――――」


 何か見てはいけないものを見てしまった。

 そんな焦燥感がサキの胸中に渦巻く。


 だって、サティはパールの母親役だ。

 そう造られたのだ。

 それを自ら否定することは、自己同一性の否定だった。


「貴女は……あんなにもパールさんのこと、大切にしていたのでしょう?

 貴女にとっては、パールさんが一番なのでしょう?」

「いいえ、違います。私にとってはご主人様が一番です」

「―――――」


 それどころか、自分自身の定義を改めている。

 心変わりを起こしている。

 自分自身で生き方を変えてしまっている。


「――いいえ、違います! 違います! 違います!

 貴女はパールさんの母親役です!! 母親でなくてはいけないのです!!

 それが貴女に与えられた役割なのですから!!」

「いいえ、私はご主人様のバディです。ご主人様のバティのサティです」

「違います! 違います!! 違いますっ!!」


 それはサキにとってはとてもとても恐ろしいことだった。


 サキの”あの人”に対する想いは、サキ自身を定義するものでもあった。

 例えそれが造られたものだったとしても、サキが想い続ける限りはそれは本物だと信じていた。


 だけど目の前にいるアンドロイドのように、それは変わってしまうものであるのなら、サキは一体何を信じればいいのだろうか?


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 気付けばサキは、サティを滅茶苦茶に蹴り飛ばしていた。


「私は――私は、ご主人様の――相棒――バティの――」


 その存在を否定するように、執拗に、何度も何度も蹴り付けた。


「―――――」


 やがてサティは動かなくなっていた。

 それでもなお足首を掴む手を、サキは強引に振りほどいた。


 動かなくなったサティを見ても、心は晴れない。

 むしろ彼女の姿を見れば見るほど不安になっていく。

 その姿は将来の自分の姿のように感じてしまう。


 早く不安を払拭しなくてはいけない。


 ――そう、何れにしてもやることには変わりありません。


 ”あの人”との関係を永遠のものにする。

 そのために一刻も早く、バリアンを殺さないといけない。


 サティの残骸をあえて視界に入れないように、サキはまるで逃げるようにその場から立ち去った。




 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




 武蔵たちがいる建物は、地上十二階にもなるニューシティ・ビレッジの中でも特に巨大な建物だった。

 以前、訪れた居住区からは、車で五分程度の場所になる。


 やや離れているのは、核融合実験炉がこの建物に併設されているからだ。

 そう、パールが治療を受け、武蔵が寝泊まりしているこの建物は、元々人が暮らすような建物ではなく、あくまでも原子力発電所なのだ。

 施設名を「N-PRISM(ニュープリズム)」と呼ぶらしく、高速増殖炉実験を行ってたとかなんとか聞かされたが、この辺りのことは武蔵にはよくわからなかった。


 元々、ニューシティ・ビレッジ自体がN-PRISM(ニュープリズム)の研究員とその家族だけで構成された町だったらしい。

 そのため生活に必要な施設というものも最低限しかない。

 病院と呼ぶに相応しい施設も、N-PRISM(ニュープリズム)内にしかなかった。


 ロースムの家も居住区の方にあるらしいが、武蔵は訪れたことがない。

 ほとんどパールに付きっ切りであったため、N-PRISM(ニュープリズム)から離れること自体なかったのだ。

 最もロースムも面倒臭がって、家には滅多に帰らなかったようだが。


 そんなわけでロースムがN-PRISM(ニュープリズム)内にいる可能性に賭けて、建物内の捜索からスタートした。

 実際、荷造りのために家へ帰った可能性の方が高い。

 ただその場合はどうやってもサキともう一度戦闘になるのは避けられない。


「……あの人の動き、ムサシには見えてたの?」

「いや、ほとんど見えてなかったよ。正直、どうして躱せてたのかもわかってないよ。とにかく無我夢中だったから」

「そ、そうなの? それは、なんて言うか……凄いね」


 暗かったとは言え、地上が見えない程の高所から落下したのだ。さすがにサキも無傷とはいかない。

 それであの見えない動きが少しでも衰えてくれればいいが――。


 ――そもそも少し程度の速度低下で果たして勝算が見込めるのだろうか。

 武蔵もまた”勝利の加護”によって常人とは比較できないほどの高速移動を可能にしている。

 しかしサキのそれはさらに上をいく。

 武蔵の”勝利の加護”ですら比べるに値しない。


 単純な速度対決に持ち込まれては、瞬間移動に対抗しうる手段なんて――


「……それこそ、時間を止めるくらいしか方法がない」

「えっ?」

「あ、ううん、なんでもない」


 滅多なことを言うもんじゃないと、武蔵は首を振る。

 現実にその手段は確かにあるが、それをサラスに使わせては元も子もないのだから。


「ねえ、ムサシ……あの人……魔王の奥さんは、どうしてあんなこと言ったの?」

「あんなこと?」

「私が、あの人の居場所を奪うって……」

「あー――」


 サラスはサキのことを知らない。

 ただ武蔵だって彼女のことを説明しようとすると、なんと説明していいかわからなくなる。

 ロースムの奥さんの偽物で、実はその妹で、でもやっぱり偽物で――。


 武蔵の知っているウェーブも、偽物ではあったけど、それでも間違いなくパールの母親だった。

 それを想うからこそ、武蔵は余計にサキが何者であるかサラスに説明できなかった。


 だけどそれでも彼女がどうしてあんなことを言ったかだけはわかる。


「サキさんにとっても、ロースムと暮らすこの場所が大切なんだ。

 だから、ロースムを元の世界に帰そうとするサラスを許せないんだと思う」

「……………」


『きっとわたくしたち、似ているのですよ』とサキは言った。

 望まぬ世界に連れて来られた。だけどそこで居場所を見つけてしまった。今更、元通りになんて戻れない。

 今更、帰りたくなんてない。

 サキが望んだことは、武蔵が望んだことでもある。


「……だったら、どうして……」

「……サラス?」


 並んで歩いていたはずのサラスは、気付けば立ち止まって俯いていた。

 それは怒りに震えているようでも、悲しみに伏しているようにも見えた。


「魔王の杖で、私たちの居場所を奪ったの?」

「……………」

「私は……今まで、帰る場所を失うってどういうことか、ちゃんとわかってなかったの。

 ロボク村の人や、他の集落の人たちが、魔法の杖のせいで住むところを失うのを見て、わかったような気になってたの。

 だけど……騎士団の人たちに追われて……カルナにも剣を向けられて……こんなにも、辛いことだったんだって、やっと気付いたの」

「サラス……」


 ニューシティ・ビレッジへの道すがら、サラスは武蔵に「ごめんなさい」と謝った。

 そこには今更のように気付いてしまった罪悪感もあったのだろう。


「だからこそ、私は、やっぱり魔王のことも、魔王の奥さんのことも、許せないの。

 帰る場所を失う恐怖も、悲しみも知ってて、どうしてそんなことできるの?」

「それは……」


 それは以前ロースムが言っていた。

『実は一つだけ心当たりがある。全くどうしようもなく下らない理由だけれどもね』

 結局その下らない理由を、武蔵は聞かないままだった。


 武蔵とサキは似ている。

 今なら、サキの気持ちもわかる。


 ――許せない。


「……まさか」

「はい、武蔵君は分かったみたいですね」

「――っ」


 柔和な声に恐怖して、慌てて振り返る。


 そこにいた着物姿の女性は酷くボロボロだった。

 着物ははだけて、右足は外気に曝されていた。

 もっともその右足は生足と呼ぶには、あまりにも無機質過ぎる鉄骨が見え隠れしている。

 右肩も大きく裂けて、右腕は辛うじて繋がっているだけのようだ。

 左手に持ち替えた獲物は高周波ブレードではなく、ただの刀に持ち替えられていた。

 落下の際に壊れてしまったのだろうか。武蔵にとっては幸いである。 


 やはり落下のダメージは大きいように見える。

 しかしその移動速度は健在なのだろう。

 これだけ早く見つかってしまったのが、何よりもその証拠だ。

 彼女の瞬間移動を持ってすれば、建物内の探索なんていとも簡単だっただろう。


「……分かったみたいって、どういうこと?」


 サラスの問いは武蔵に向けられていた。

 ただ、武蔵はそれに答える気にもなれなかった。


 想像はできた。

 だけど、あまりにもそれが馬鹿げていて、本当だとは思えなかった。

 それだけのために核兵器を使っていただなんて、信じられなかった。


「わたくしは、ムングイ王国の人たちの居場所を奪おうなんて、全く思ったこともありません」

「だったら! どうして私たちをあんなにも苦しめるの!?」


「それはバリアンを殺すためです」


 当たり前じゃないですかと言わんばかりに、サキは即答した。


「――え?」

「わかりませんか?

 わたくしは、貴女を殺すためだけに、魔法の杖を使っていたのですよ」


 核兵器は大量破壊兵器だ。

 人類を絶滅させる可能性さえ秘めた、最凶最悪の兵器だ。

 それを、この人は――


「それ以外の理由なんてありませんよ」


 たった一人を殺すためだけに、使っていたのだ。

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