第131話 存在証明
初めて作ったアンドロイドは、失敗作と言わざるを得なかった。
――いいえ、彼女が悪いわけではありません。わたくしが至らなかった、ただそれだけのこと……。
しかしケイは認めたくなかった。
自分が作ったアンドロイドが、まさかバリアンの娘を殺してしまうなんて――。
工学に携わる人間として、もちろんロボット三原則は知っていた。
しかしケイはそれを無視した。
フレーム問題を解消できなかったわけではない。
それは完全に彼女のエゴだった。
ケイはアンドロイドを人間と変わらないもの――人間のように育って欲しいと思っていた。
自ら考えて、行動する――機械人形なんかではない。
あくまでも人間として、彼の傍にいて欲しかった。
そのため彼女が作ったアンドロイドは、機械としての制限を何ら設けられていなかったのだ。
しかしそれが結果として、ケイがこの世界で出来た唯一の友を殺す結果になってしまった。
◇
事の始まりはバリアンの娘が双子を妊娠したことからだった。
彼女は安産を祈願して、ニューシティ・ビレッジで出産することを決めたのだ。
子供を産むにはまだ早すぎる幼い身体。
それも特に好きでもない相手との子供だと言う。
ただ国の存続のために産まされる。
ならせめて、信頼できる相手に介助してもらいたいと、彼女は言った。
「私は幸せな方だと思うの。
私の母が、私を産んだとき、すでにバリアンの勤めを果たして意識がなかったもの。
だから、きっとこんな愛おしいなんて気持ちもわからなかったんじゃないかしら?」
憤慨するケイに対して、彼女はそう言った。
「それに、貴女が取り上げてくれるのでしょ?
なら、これは私と貴女の子供でもあるの。
貴女が最初にこの子達の頭に触れてあげてね」
ムングイでは頭に魂が宿るものと考えられている。
海水で清めた腕で赤子を取り上げる。そうすることで赤子に魂を吹き込むのだと言う。
本来、それはバリアンの仕事だそうだ。
「――ええ、任せて下さい」
衛生的なことを考えれば、あまり褒められた風習ではない。
だけどケイはそれに大きく頷いた。
彼女の出産に向けて、ケイはヘレナと言うアンドロイドをサポート付けた。
ケイ自身には助産の知識どころか、医学の心得なんてものはなかった。
しかし彼女は違った。
もともと異世界転移されたメンバーの中に、医者と呼べる人物がいなかった。
放射線技師や薬物に詳しい人物はいるにはいたが、それはあくまでも研究者の域を出ない。
診察は出来ても治療ができない。
そして何よりも大きな怪我に対応できる外科医がいなかったのだ。
そのためケイが最初に作ったアンドロイドに求めたのは、医者としての能力だった。
事実、ヘレナはその分野において目覚して活躍を見せた。
アルクイストが足を切断する大事故に見舞われた際には、恐らく彼女なしで生き残ることはできなかっただろう――。
それ故にケイはヘレナに対して全幅の信頼を寄せていた。
施設の一室を分娩室に仕立て迎えた出産は――しかし過酷を極めた。
まず最初に生まれた子は、産声を上げなかった。
ケイは引き出せる知識を全て試して、どうにか一人目の子に息をさせようと必死だった。
そうこうしているうちに、母親が出血多量で重篤の状態になった。
半ばパニックに近い状況のなかで、どうにか生まれた二人目の子供は心臓が動いていなかった。
「こんなこと、あっていいはずがありません!!」
神に祈るような気持ちで、必死に心臓マッサージを続け、人工呼吸を続け――
双子の姉妹はそうして生まれた。
妹の方は完全に死産だと思われた。
それでもどうに息を吹き返した。
二人とも助かった。
奇跡だと思った。
――ほら、わたくしたちの子供、二人とも無事ですよ。
喜び勇んで伝えようとした矢先、ヘレナが彼女の心臓をメスで貫いていた。
「―――――」
双子の姉妹を取り落とさなかったのは、早くも芽生えた親としての矜持か。
「――この人は駄目です。助かりません。せめて苦しまず楽にしてあげることが小職の勤めでした」
「――ヘレナ」
「はい」
「――Sleep」
「はい」
その場に立ったまま起動停止するヘレナ。
ケイはその場で崩れ落ちて泣いた。
産声を上げる双子の姉妹よりも、それは大きな泣き声だった。
◇
――この記憶は一体誰のものなのでしょうか?
身に覚えのない誰かの記憶に、些か不快な想いを抱えながら、サキは似ていると感じていた。
目の前にいるバリアンの娘は、誰かのトラウマにいた、あのメスで心臓を貫かれたバリアンの娘に似ていた。
――だから殺せないのだ。
それは自分たちを生み出した親の、唯一の願いであり、呪いでもあり――自らがアンドロイドである証左でもあった。
アンドロイド。
そんなはずがない、とサキは思う。
――わたくしは、アルクの妻――サキなのですから。
アンドロイドであるはずがない。
しかし”あの人”は認めない。
なぜ認めないのか――サキにはわからなかった。
しかし認めてくれなくても、それを証明すればいいだけだった。
バリアンの娘を殺せないのがアンドロイドならば、バリアンの娘を殺せればそれはアンドロイドではない。
必要なことはバリアンを殺すこと。
それで全て解決だった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
稼働停止していたサキがなぜ動いているのか、武蔵には知る由がない。
武蔵がパールと話をしたように、ロースムもまたサキとなにか話をしようとしたのかもしれない。
ただ、サキがサラスに対して明確な殺意を向けている理由ならわかる。
ロースムを元の世界に帰したくない。
ロースムが止めた異世界転移実験を続けていたのはサキだった。
しかしサキがそう思っていることは、最早明確だった。
いつぞやサキが武蔵に対して語った。
『わたくしはもう生まれ故郷に帰ることを諦めているのです』
それは諦めているなんて話ではなかった。
彼女は帰りたくないのだ。
その気持ち、今の武蔵にならわかる。
「サキさん……俺も帰ることを諦めました。
あなたの言う通りでした。俺にはもうこの世界で帰る場所がある。それでいい。
だから、あなたと戦う理由はもうないです」
高周波ブレードを構えて対峙するサキに、武蔵は同情にも似た気持ちで相対していた。
できることなら戦いたくない。
この世界で唯一出会った日本人。
それは誰かを似せて作ったアンドロイドではあったけれども、武蔵は彼女にシンパシーのようなものを感じていた。
「そうですか。それはよかったですね。
居場所というのは、どこにいるかではありません。誰といるかということですから。
武蔵君にも、この世界に居場所が出来たというのは、大変喜ばしいことです」
本当に心からそう思っているとばかりに、ニコニコと出会ったときと同じようにサキは微笑む。
そしてそれが当たり前だと言わんばかりに、表情を変えずに、サキは続けた。
「ですが武蔵君の居場所が、サラスさんであるのなら、わたくしたちには戦う理由が出来てしまいます。
サラスさんはわたくしの居場所を奪う者ですから。わたくしは彼女を殺さなくてはいけません」
「私は貴女の居場所を奪ったりなんてしない。
貴女だって、ちゃんと元の世界に送り返すもの」
武蔵に並び立って、サラスも訴える。
武蔵が帰らないと言っても、まだバリアンの力を使うつもりでいるらしい。
だけど、その言い分ではサキには逆効果だ。なぜなら――
「いいえ、それでは貴女はわたくしの居場所を奪いますわ。
だってあちらには、もうわたくしがいるのですから」
「……?」
意味がわからないと、サラスは眉を顰める。
しかしロースムから事情を聞いている武蔵にはわかる。
元の世界には本物のサキいるのだ。
そんなところにアンドロイドのサキが行けば、邪魔な存在にしかならないのだろう。
しかし実際そうはならないはずである。
「ロースムは、あなたのことは、亡くなったケイさんだと言ってました。
なら、あなたにだってきっと元の世界で帰る場所はある」
ロースムの認識では、彼女は亡くなった妹の記憶を受け継ぐアンドロイドだ。
それは、やはり偽物であることに変わりない。歪な存在であることに変わりない。
しかしアンドロイドのウェーブとパールの関係を見てきた武蔵としては、それで居場所がないと切り捨てられるとは思わなかった。
「いいえ、わたくしは”あの人”の嫁のサキです。ケイなんて人は知りません」
「……そうですか」
知らないとまで言い張る以上は、もう何を言っても無駄だと武蔵は悟った。
きっと彼女にとっては、ロースムの嫁であることこそが大切な居場所なのだろう。
「残念です。俺は、サキさんのこと、ちょっと好きでした」
腰に携えた刀を抜いて、サキに向けて構える。
「わたくしも武蔵君のことは好きでした。
きっとわたくしたち、似ているのですよ」
そうかもしれない。
だから共感もするし、相容れもしないのだろう。
「えっ、ム、ムサシっ……?」
サラスの腰に手を回して、サキの攻撃に備える。
以前の戦いを思い返せば、攻撃を当てることはもちろん、避け切ることだって難しいだろう。
――だけど、ようやく約束を果たす時が来た。
サラスのために戦う。
そう思えば、自然と彼女を抱える腕に力も入った。




