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第129話 彼女の想いⅠ

「私はラトゥ・アディル。貴女方が女神と呼ぶ存在よ。

 さて、せっかくここまで来てくれたんだもの。女神らしく、貴女の願いを一つだけ叶えてあげるわ」


 ――ラトゥ・アディル。


 その昔、この島は火山の噴火により滅亡しかけた。

 それを救ったのが女神ラトゥ・アディルとされている。


 また太古より伝わる予言にも、その女神の存在は明示されており、ムングイ王国において信仰されている神の筆頭でもあった。


 ロボク村の魔法の杖を止めるのに、決死の覚悟でバリアンの力を使った。

 そうして辿り着いた謎の空間で出会った自らを女神と名乗る少女。


 彼女が女神ラトゥ・アディルであることを、サラスは疑わなかった。


 彼女の言葉は理解できなかったが、それでも確かに彼女と出会ったことがあるように感じていた。


「私たちを救って欲しいの!」


 願いを一つだけ叶えてあげると言われて、サラスはそう懇願した。


 ――私たちを助けて欲しい。


 魔法の杖と呼ばれる脅威から、魔王と呼ばれる存在から、この絶望的な状況から、助けて欲しい。

 サラスの願いごとは、それしかなかった。


「おかしなことを言うのね。貴女はもうとっくに救われてると感じてるじゃない」

「――え?」


 しかし女神はその願いはすでに叶っていると言う。


「貴女にとっての救いはあの少年なのでしょう?

 英雄ミヤミトムサシが欲しかったのでしょう?

 そして事実として、貴女はもうあの少年さえいればいいと思っている。そうでなくて?」

「――っ!?」


 女神の指摘は正しかった。

 ムサシに頭を触られてからというもの、ムサシのことばかり考えてしまう。

 国のことなんてどうでもいい。ムサシと一緒にいられればそれでいいと思う自分がいる。


 だけどそれは間違っている。

 サラスは王としての責務を果たす義務がある。

 だからこそ、その想いを押し止めると決めた。


 気付く。

 そんな風に人の心の奥深くに潜り込み、人の秘密を何ら何まで覗き見る人物がいることを。


「――貴女……レヤックなの?」

「本当におかしなことを言うのね。

 レヤックだって、私たちバリアンにとっては行使できる力の一つじゃない。

 ――ああ、そういえば、随分前に切り離してと願ったんでしたっけ?」

「……………」


 女神の言葉を信じれば、バリアンもレヤックも元々は同じだったということだ。


 ――だとすれば、パールは……。


 首を振って、一瞬浮かんだ考えを打ち消す。

 今はそれよりも考えるべきことがある。


「私一人の救いはいいの。

 私はムングイ王国の王として、貴女に国民全員を救ってほしいの」

「私はここに会いに来てくれた人にしか興味ないわ。

 それにここにいない人に影響を及ぼすことは、私にはできないわ」

「魔王アルクは倒して欲しいって言ってるの」

「繰り返しになるけれども、ここにいない人を倒すことなんて私にはできないわ。

 もちろんここに連れて来てくれれば、話は別だけども」


 つまり魔王に会ってバリアンの力を行使すれば、不老不死の彼を倒してくれるということだ。

 それは難しいことではない。

 彼らはなぜかバリアンには危害を加えることができないのだから。


「でも、別に倒すだなんて物騒なことしなくていいと思うのよ。

 彼はあそこに帰りたがってるだけだもの。なら帰してあげればいいだけじゃない」


 そう女神が指差したのは、足元に広がるとても大きな青い星だった。

 あれが魔王の言っている「異世界」なのだろうか?


「貴女は異世界への転移もできるの?」

「あれは別に異世界ではなくて、貴女たちの故郷でもあるのだけど。

 そうね、貴女が英雄ミヤモトムサシを無理やりあそこから連れて来たのと同じよう、魔王アルクイスト・ロースムを送り出すことは可能よ」

「え――」


 ――待って、今なんて言ったの?


「――私が、ムサシを無理やり連れて来た?」

「ええ、そうよ。だって、それが前にここに来たときの貴女の願いだったじゃない。

 魔王を倒せる英雄ミヤモトムサシが欲しいって願ったじゃない。

 覚えていない?」

「―――――」


 確かにサラスはそう願っていた。


 不老不死にして人知を超える脅威を振りかざす魔王に対抗できる英雄が欲しいと。


 サラスにとっての英雄像は一つしかなかった。

 幼い頃にヨーダに聞かされた北の方の黄色い人の国にいたとされる英雄ミヤモトムサシ。

 無敗を誇る剣豪なら不死の魔王にだって勝てるのではないかと、憧れ、予言にある「黄色い人」とはミヤモトムサシのことなのだと信じていた。


 そう――いつかミヤモトムサシが現れて、この国を救ってくれることを願っていた。


 ムサシも言っていた。

 自分を呼んだのはサラスなのだと。

 しかしサラスには全く身に覚えがなかった。

 そう言われても、方法も、ムサシがどこから来たのかすらわからなかった。


 だけど、以前もバリアンの力でこの夜空の中のような場所に来ているのだとすれば――ムサシを連れて来たのがサラスだったとしても、なんの不思議もない。


「――っ!」


 そして同時に思い出す。


『だけど、やっぱり、帰りたいんだ。生まれた場所、友達がいる場所、家族がいる場所、大切な人がいる場所に帰りたい』


 今にも泣き出しそうに、それでいて懇願するような、不安で不安で溜まらないといった武蔵の顔を。


 そんな顔をさせてしまったのは、サラスだ。この世界にムサシを連れて来たサラスだ。


 ――帰してあげないと。


 そう思った。

 だけど――


「いいの? あの少年は貴女にとって救いなのでしょう?」


 女神がまたしてもサラスの想いを先読みする。

 どうしても付きまとう自分勝手な想いは、隠すことを許されず、白日の下に曝される。


 だけど、それでもサラスは王様なのだ。


「――もし、ムサシがまた帰りたいって言うなら、私がムサシも元の世界に帰すの」


『帰ったらいろいろと話をしよう』


 幸いなことに、そう言ったのはムサシだった。

 ならきっと彼の本心はそこで聞けるはずだ。


「そう。なら、貴女の願いを叶えるのは次の機会まで保留にするわ。

 今はまだ帰したい人がどちらもここにいないもの。

 だから、それまで貴女はもう少し考えることね。

 貴女のが本当に願いたいことがなんなのか」

「私が、本当に願いたいこと……。

 ――!?」


 そして突然、景色が物凄い速度で流れていく。

 あれとあらゆるものが加速して、光の中に溶けていく。


 気付けば目の前には魔法の杖だけがあった。

 だけどその他は相変わらず、物凄い速さで動いている。


 冷汗が止まらない。

 全てに取り残されていくような恐怖が、サラスを襲う。


「―――――」


 誰かが声をかけてくる。

 その声はカルナのようだったが、やはりあまりにも早口で何を言っているのか聞き取れない。


 そこでようやく気付く。


「……そう言うことなの?」


 口にしながら、しかし具体的に何か起きているのかわかったわけではない。

 ただ自分が周りの時間から取り残されているのだということだけはわかった。


 バリアンの力とは世界の理を掴み、世界のありとあらゆるものに対して一度限りだけその本質を歪める能力だと聞いていた。


 そんな難しい能力なんかではなかった。

 もっと単純で、それ故に絶対的な能力――


 ――自分を含めた時間の進み方を変える能力。


 それがバリアンの力だった。


 そしてなぜ一度きり言われているのかも理解できた。


 一度狂った時間を、元通りに合わせることが困難なのだ。

 歴代のバリアンは能力を使って気が触れたわけではなかった。

 この時間の加速の中に取り残されてきたのだ。


「……うん、大丈夫……大丈夫……大丈夫……」


 自分を落ち着かせるようにそう繰り返す。


 魔法の杖から手を放し、周りと自分の時間が合うように、微調整を繰り返す。


 幸いなことに、そこにカルナがいた。

 カルナの言動を見ながら、どうにか彼女の動きに違和感がないところまで調整する。


「……うん、大丈夫。

 ちょっと、時間が合わなくて、意識が置いてきぼりなだけだから」

「……ホンにい丈夫なの?」


 最後の最後に、まだ早口に聞こえるカルナの声に合わせて、調整を完了する。

 正直それで今までと同じになったかどうか、比較できるものが全くないのでわからないが、サラスはこれ以上時間を動かすことが怖かった。

 カルナには何事も起きていないように見えたかもしれないが、この数秒間はサラスにとっては遠い遠いどこかに放り出されているような気分だったのだ。


「……うん、ちょっと……疲れた、だけ……もう平気」


 そう口にしながら、サラスは思い知った。


 一度きりしか使えない能力。

 それは正しくはなかったが、それでも実質的にほとんど一度限りの力だった。


 次に使えば、それこそ歴代のバリアンと同じになる。

 そう思ってしまうだけの恐怖が、サラスにはあった。


 だからもし次に使うことがあれば、それは――


 ――ムサシと魔王を元の世界に帰すとき。


 サラスはそう確信した。




      ◇




 ロボク村での出来事から一年も経ってしまった。

 明日、全てが終わる。

 そんな感傷から、サラスは眠ることができず、摩天楼の屋上から夜空を見上げていた。


 月のない夜。

 どこか自分の行く末を案じさせる夜だった。


 不思議と武蔵から故郷の話を聞いた夜のことを思い出していた。


 ――ムサシを帰したくなかった。


 ムサシもまた「今はまだ帰れない」と言っていたことに甘えてしまった。

 パールの病が発覚してからは、そんな状態の二人を引き離すのも違うと思い、結局ずるずると先延ばしにし続けてしまった。


 そのせいでムングイの村に多大な犠牲を出した。

 サラス自身も城を追われ、カルナを傷付ける結果となった。


 魔王とムサシとパールの三人を異世界に送り出した後に、サラスに残るものは何もない。

 当然の報いだと思う。

 それに何も残らない方が好都合とさえ思う。

 

 サラスはもう、この時間に帰ってくるつもりはない。


 母親は初め歴代のバリアン同様に、バリアンの力で彼らを送り出した後に、時の流れに身を委ねて生涯を終えるつもりだった。


 未練がないわけではない。

 むしろ未練だらけだった。


 ムングイ王国がこの後どうなっていくのか心配だった。


 だけど自分は既に王様失格の身。

 それに後のことはきっとヨーダがなんとかしてくれる。

 きっと自分よりも良く治めてくれると思えた。


 カルナとは喧嘩別れのようになってしまったことは、後悔しかない。


『……あたし、あんたのこと好きだった』


 それまでカルナの気持ちに全く気付いていなかった。

 サラス自身もずっと内に秘めていた。

 ムサシが異世界から来た人である以上、そしてパールを出し抜くつもりがない以上、その想いは決して届くことはなかっただろう。

 それでもカルナにだけは打ち明けていれば、もう少し違った結末もあったのではないかと思う。


「……ムサシ」


 彼のことは最後までどう折り合いをつけていいかわからなかった。


 無理やりこの世界に連れて来てしまったことへの罪悪感から、彼への接触も遠慮がちになってしまっていた。


 サラスとしては、ムサシとパールが結婚するのが一番良いと、本気で思っていた。

 この世界で新しい幸せを見つけてくれれば――それはこの世界に彼を連れて来てしまったサラスにとっても慰めだった。

 その脇にときどき自分がいられれば――サラスにとってはこれ以上の幸せはない。


 ――とてもとても身勝手な想いだった。


 ――それほどムサシのことが好きだった。


 それは頭に触られて意識したからでは決してない。


 ロボク村で、サラスが見捨ててしまったカルナを、ムサシが助けてくれた。

 弱い選択をしてしまった自分が――決してできないと思って切り捨ててしまったことを、彼はやって退けた。

 その姿は間違うことなく英雄の姿だった。

 自分は間違えてなれなかった、理想の英雄がそこにいた。


 憧れて、好いて、焦がれて――


 だけど、


 罪悪感、劣等感、焦燥感――


 そんなものが常に付きまとっていた。


「ごめんなさい」


 ムサシを引き留めてしまったこと、何度となく彼に謝り続けた。

 謝って許されることではないことはわかっている。


 彼にだって家族はいたのだ。

 友人がいたのだ。

 大切な人がいたのだ。


 それを奪ってしまったのが自分だ。


 だからこれ以上、彼から何も奪ってはいない。

 そう思った。

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