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第126話 彼女の選択Ⅰ

 ニューシティ・ビレッジに来たサラスが真っ先に向かった先は、パールのところだった。

 ロースムの提案する話し合いも、それどころか雨で冷えた身体を温めることも無視して、ロースムに「パールはどこにいるの?」と訊いた。


「――ひどい」


 無菌室で横たわるパールは、三か月前に別れたときと比べて風貌が激変している。

 毎日その様子を見てきた武蔵には、その変わりようは真綿で首絞めつけられていくような気分で耐え難いものだったが、サラスにとっては久しぶりに会ったパールの様子に鈍器で殴り付けられたような衝撃だったのだろう。


 思わず無菌室に飛び込もうとしたところを、ヘレナに止められていた。


「いけません。抵抗力の落ちている彼女への接触は、彼女へ要らぬ負担を与えます」

「こんなところに閉じ込めておく方が身体に良くないわ! 貴方たちは毒に侵されたパールを、ただ追いやってるだけじゃないの!!」


 サラスに白血病がなんなのか説明したところで、すぐには理解できないだろう。

 魔法の杖の毒を受けていると認識しているうちは、毒を持ったパールを隔離しているようにしか見えないだろう。

 ましてパールの様態が少しでも回復していればいいが、目に見えて悪くなっている。


「サラス、落ち着いて!」


 武蔵だって何度となく無菌室に入ろうとしてヘレナに止められている。気持ちはわかるが、今はヘレナに加勢する。


「ムサシがついていて、どうしてこんなことになるの!?」

「これでも前より良くなったんだっ」


 それは本当だった。

 以前なら全身の痛みや吐き気で眠ることもままならなかったのに、今は外の騒ぎにも気付かずに大人しく寝ている。それだけでもずっと見守ってきた武蔵からしたら大きな進歩だった。


「……本当に?」

「一時はもう見てられないってくらいひどかったんだ」

「……そう、なの。

 ――パール、頑張ってるんだね」

「ああ、すごく頑張ってる」


 ガラス越しにパールを見つめる瞳に、先ほどの冷たいものはなかった。

 心配と悲しみが内在しながら、それでもどこか再会を喜んでいるように見えた。

 真剣に怒って見せた様子は、本来のサラスの姿そのものだ。


 ヘレナ曰く、ここからが本当の分かれ道だとは言われている。

 このあと改善が見られなかったら、パールの場合はもう施しようがない状態である可能性が高いと言われていた。

 また仮に改善されたとしても、再発の可能性がどこまであるのか全くもって不明だとも忠告されている。


 それを今のサラスに伝えるつもりはなかった。


「――でも、ここでの治療には限界があるよ」

「――っ!? ロースム!!」


 しかしそんな武蔵の想いとは裏腹に、この場へ勝手に同伴したロースムがサラスに告げる。


 ロースムが言おうとしていることはわかる。

 異世界転移を果たせば、パールは確実に助かるかもしれない。


 それが分かればサラスだってもう、現実世界へ帰る方法をロースムに話さないわけがない。


 しかし武蔵はなぜかそれがとても恐ろしいことのように思えた。


 思わずサラスを庇うようにロースムに詰め寄った。


「パールの体調は少しずつ良くなってきてる。ここでの治療が利いてる証拠じゃないのか?」

「ええ、小職の予想は覆されました。化学療法に一定の効果があったことは認めます。五年生存率が十パーセント以下だったものから、二十パーセント程度は見込めるものと訂正します」

「二十――っ」


 思い掛けないヘレナの援護があったが、しかしその内容に武蔵は改めて愕然とした。

 二十パーセントという数値は何かを賭けるには望み薄意とは言い難い数値だが、それでもそこにパールの命がかかっていると思えば、武蔵自身でさえ、とても安心できるようなものではなかった。


「……どういうこと?」


 気付けばサラスは、また先ほどの冷たい瞳に戻ってロースムを見つめていた。


「ここの設備だけでは彼女を治療してあげるに不十分さ。だけど私たちが暮らしていた世界には、より高度な医療技術がある。パールを連れて帰れれば、より高度な治療を施すことができる。彼女の助かる可能性が高くなるんだ」

「それは本当なの?」

「……………」


 ロースムのことが信用できないのだろう。サラスは確認するように、武蔵の顔を覗き込んできた。


「異世界転移すれば彼女にも何かしらの”加護”が与えられるのだろう? それが私のように病気を克服させてくれる可能性だってあるんじゃないかな。それについては君の方が詳しいだろう?」

「……”加護”はみんな平等に一つずつしか与えられないの。パールはすでにレヤックとして”首枷の加護”が与えられているから、それはないと思うの」

「え、そうなのかい?」


 本当に知らなかったとばかりに、ロースムは珍しく驚いた表情を浮かべた。


 武蔵もレヤックが加護の一種であることにやや驚いていた。

 そうなるとこの世界には、突然、他のレヤックが生まれる可能性があるということだ。


 ――それはバリアンも同じなのだろうか?


 ふとそんなことを考えた。


「――いずれにしたって、パールのことを想えば、こんな場所よりも早くちゃんとした施設で治療をしてあげたほうがいいに決まっているさ」

「だから私に、貴方たちを元のいた場所に帰せって、そう言いたいの?」


 直接的な物言い、ロースムは思わず息を呑んでいた。

 たった一瞬の呼吸音だったが、そこに万感の想いがあったことを、傍から見ていた武蔵でも読み取れた。


「――その通りさ。話が早くて助かるよ。

 ……いいや、どちらかと言えば今更かな。 

 三百年間、君たちは私という脅威を排除する手段を知りながら、放置してきたということかな?」

「私たちも知らなかったの。この世界がどうなってるのか、バリアンの能力がどういったものなのか。この力は、本当なら一度きりしか使えないものだから」


 ――一度きりしか使えない。


 その言葉はサラスにとって危険なものであることを示していた。


「じゃあサラス! やっぱりバリアンの力を使えば、サラスは――っ!?」

「弱い人の選択」

「えっ?」


 それはなにを示唆して言ったのか、武蔵にはわからなかった。


「ううん……。

 私は、もう三回もバリアンの力を使ってるの。

 一度目は魔王と戦争になったとき。

 二度目はムサシを呼び出したとき。

 三度目はロボク村の魔法の杖を止めたとき。

 三回も無事だったの。だから、次だって大丈夫だから――。

 ――だから、私がパールを助けるの。ムサシを元の世界に帰してあげる。そして、魔王からこの国を救うの」


 久しぶりにサラスの笑顔を見た。

 それは飛びっきりの作り笑顔だと武蔵にだってわかった。


 パールのため、元の世界に帰るため、魔王を倒すため。

 それらは何も間違っていない。

 だけど武蔵の中の何かが忠告を発していた。それは間違っていると。


「……………」


 それでも武蔵には何も言えなかった。

 武蔵の中の叫びは声にならず、武蔵はただただサラスの笑顔を見つめていた。


「私は貴方を元の世界に帰してあげられる。もちろんパールとムサシも。

 今すぐにだってできるけど――どうするの?」


 暗に何か準備が必要かということだろう。


 武蔵自身は何も持たずにこの世界にやってきた。帰るのに必要なものがあるとすれば、それは――覚悟くらいなものだった。

 ようやく帰るのだという覚悟。

 それは今の武蔵には圧倒的に足りないものだった。


 ロースムの話を信じれば、元の世界は一月程度しか経っていない。しかし武蔵からすれば一年以上も離れ離れだった。

 一時はこの世界に骨を埋める覚悟だってしていたのだ。今更帰ると言われても、気持ちが追いつかない。


 当然パールのことを想えば、元の世界に連れて行って、もっと本格的な治療をさせてあげたい。

 しかしそれもパールの合意を得られた話ではない。勝手に決めてしまったことだ。

 パールと話をしないといけない。

 

 そして何よりも、本当にサラスにバリアンの力を使わせていいものか――武蔵にはどうしても思えなかった。


 しかしそんな武蔵の逡巡も、ロースムは気にもせずに、すぐにでも帰ると決断してしまうのだろう。

 そんな風に武蔵は考えていたが――


「――えっ?」


 ロースムが悩む素振りを見せていた。 

 いや、悩むというよりも追い詰められているような表情だった。

 それはまるで、本当は帰りたくないとでも言いたいようだった。


「――うん、そうだね。

 すぐにって言うのは早急過ぎるね。色々と準備もあるし……明日の夜というのは、どうだろう?

 それまでに武蔵君もパールと話ができるだろうしね」

「じゃあ、明日の夜に」

「……………」


 ――気のせいか?


 ロースムは急ぎ準備をしないといけないとばかりに、そそくさと立ち去ってしまった。

 結局、ロースムのそんな様子が気になって、本当に帰ってもいいのか、口を挟む間もなく、明日には元の世界に帰ることだけが決定してしまった。

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