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第125話 冷えた想い

 クリシュナに騎士団を扇動させ、サラスに反旗を翻す。

 その折に魔王を介入させ、サラスの裏切りを決定的なものにする。

 そして最終的にはサラスをアンドロドたちに保護させる。


 魔王が魔法の杖まで持ち出すとは考えていなかったが、それでもヨーダの目論見は概ね予定通りに進んだ。一つのことだけを除いては――。


「どうしてカルナを撃った? 誰も傷付けねぇで逃せっつったよな?」

「……………」


 カルナは今、治療を受けている。

 弾丸は綺麗に右肩を貫いていた。出血はひどいが命に別状はない。もっとも怪我とは違う部分で憔悴はひどかったが――。


「……過保護」

「なんだって?」

「なんでもないっす。

 あのまんまだと、何人かカルナにやられてたっす。逃げてもらうために撃っただけっすよ。事実、死んでないじゃないっすか?」

「カルナが騎士団を傷付けたりなんかしねぇよ」

「どうだか……」


 人を小馬鹿にするような態度が目立つクリシュナだが、それでも基本的には冷静な人物だ。

 それが今はどこか苛立っているように見える。大きな作戦の後で気が立っているのかもしれない。


「チッ……まあいいや……んなことより、なんだってアイツ戻ってきたんだ……」


 ヨーダの目論見では、カルナはサラスに着いて行くと考えていた。


「そりゃ、信頼してた姫さんが仇敵の友人だったわけっすからね。愛想も尽かすっすよ」

「その程度で揺らぐような付き合い方してねぇよ」

「んじゃ、パパが恋しかったんすね。いやぁ、孝行娘でよかったっすねぇ」


 もし本当にそうなら涙ものだ。

 ヨーダは二度とカルナに会えないものという決意で、今回の作戦を実行に移したのだ。

 しかし現実はそうじゃないだろう。


 ――サラスがオレのことを告げ口したか?


 その可能性は薄いだろう。

 そうであればカルナは戻って着次第、ヨーダを殺す。


 それはヨーダにとっては最悪の事態ではあったが、それでも覚悟の範疇だった。

 問題なのは戻ってきたにも関わらず、ヨーダに敵意を向けないことだ。まるでナイフを喉元に突き付けられているようで、どうにも煙たい気分だった。


「……カルナが嫌いなんすか?」


 苦悩した表情は、クリシュナにはそんな風に思っているように見えたのだろうか。


「ちげぇよ。アイツらには幸せになってもらいたいんだよ」

「それで魔王とこに送り込もうとしてんのは、狂気の沙汰っすよ」

「オマエだってあそこで生活してたんだからわかんだろ。綺麗な水に、綺麗な環境、生きてくのに何一つ困らない場所。あれ以上の幸せがあんのかよ。

 何れこの国もあんな生活にしてやるよ。けどな、それにはまだまだかかんだよ。オレらが生きてる内にたどり着けねぇかもしれない」

「生きてくのに何一つ困らない場所で暮らすのが、人の幸せなんすか?」

「そうだよ」

「なら、なんでカルナをあそこから救い出したんすか?」


 クリシュナの言う「あそこ」とは天国に一番近いところだろう。

 異世界転移実験やレヤックの研究のために、サキが集めた人間を飼育していた場所のことだ。


「あそことニューシティ・ビレッジじゃ、全然ちげぇだろ」

「……どっちでも暮らしたことあるウチからしたら、似たようなもんだったっすよ」


 どこか拗ねたような表情のクリシュナは、そのまま立ち去ろうとしていた。


「オイ、どこに行くんだ?」

「……カルナの様子を見てくるっすよ。ついでに謝っときます。ウチとカルナは似た者同士だったって。

 ああ、そういえば、ヨーダの旦那とムサシのお兄さんもそっくりっすね」

「……なんの話だ?」


 ヨーダの疑問を無視して、クリシュナは部屋から出ていく。


 一人残されたヨーダは、クリシュナの様子に意味がわからないと頭を掻きつつ、再びサラスとカルナに想いを巡らせる。


 何れにしてもサラスは魔王が保護しただろう。

 そこには王としてのしがらみや責務はもうない。そして何よりもムサシがいる。

 魔王やパールの問題はある。だけど、そこでなら一人の女性として普通の幸せ(・・・・・)を与えてあげられる可能性はある。


 しかしカルナは何を言われ、何を思い出したのかわからない。現状では静観する他に方法がない。

 それでもしヨーダを殺しに来るようなことがあれば、そのときは――


「まっ、オレにできることなんざ、せいぜい大人しく殺されてやるしかねぇよな……」




 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




 ぬかるんだ大地に足を取られて、キャンピングカーは大きく揺れていた。

 来たときと同じ速度で運転するスラに、今度はそれほど急ぐ必要はないと伝えたかったが、せっかちな彼女はきっとそんなこと聞く耳を持たないだろう。


 そもそも帰りたくなんてなかった。

 向かう先はスラが勝手に決めてしまった。

 止めようとも考えた。

 だけどそこにはパールがいる。


『……どこに行くつもりだい?』


 ロースムの言う通り、どこにも行く宛てなんてなかった。


 武蔵はずっと帰り場所を亡くした迷子で、帰りたい場所があってもそこにはなかなか辿り着けない帰宅難民だった。


 それは今のサラスも同じだった。

 サラスは武蔵が渡したタオルを頭に掛け、項垂れたままだった。その表情は見えない。

 彼女もまた帰り場所を亡くした。


 サラスと話がしたいと言ったの武蔵だ。

 だけど今の彼女になんと声を掛けたらいいかわからなかった。


 思い出すのは武蔵がこの世界に来たばかりのことだ。

 無礼にも突き出した指先に触れられ、その温かな手のひらにほだされたことを、武蔵は今でも覚えている。

 今こそその恩を返す場面だと、心の声が告げていた。

 だけど武蔵は何もできないでいた。


 あのときは言葉がわからなかった。

 だけど今なら彼女たちの言葉で、いくらでも話ができる。

 だけどなまじ言葉を知ってしまったがために、返って行動にさえ移せないでいた。


 彼女の手を握ってあげれば、それだけでどれだけ彼女が救われるのかわかるのに――。


「……ムサシ」

「――あっ、うん……」


 まさか先に声をかけられるなんて思ってなかった。

 あまりに驚いて、サラスが何を言い出したのか、一瞬わからなかった。


「……あのね、私……。

 ……私、ムサシが元の世界に帰る方法、知ってたの……」

「えっ……」

「……知ってたのに、黙ってたの……。

 ……ごめん、なさい……」

「……………」


 そこからまたエンジン音と雨音だけが響き出した。

 続く言葉はなく、武蔵もやっぱりなにも言えなかった。


 タオルで隠れたサラスの表情は、きっと泣いているのだろう。


 ――そんなこと、大したことじゃない。


 そう言ってあげられたらよかったのに、言葉が出なかった。

 そう口にするには失ったものがあまりにも多すぎて、武蔵にはどうしても言えなかった。


 だけどそれを責める気にもなれなかった。


 サラスにこの世界に連れて来られて、現実世界でのこと――家族や、友人や、そして真姫のこと――何もかも失ってしまったけど、それでも今の武蔵はそれでもよかったのだとさえ思えた。


 この世界に来てから、大切なものが増えた。


 それは感謝こそすれど、謝られるようなことではなかった。


 そう思っていることだけはサラスに告げたほうがいいのかもしれない。


 ようやく気持ちに整理がついて、口を開こうしたところで、キャンピングカーが止まった。


「着きましたぁ、ご主人様! ほら、早くぅ! 降りて下さい!」

「……………」


 いつも通り急かすスラを放って、サラスに話をすべきだったのかもしれない。

 だけど武蔵はそうしなかった。


 ここまでの道中の気まずさに押されるまま、吐き出そうとした言葉は、ただの溜息となって体外から出て行ってしまった。


「……行こう、サラス」

「……うん」


 顔を上げたサラスに、涙の気配はもうなかった。

 ただ何もかもを諦めたような、そんな達観した雰囲気がそこにはあった。


 サラスと二人で雨が降る車外へと降りる。


「やあ、おかえり、待っていたよ」

「……………」


 その先に、もっともその言葉を言われたくなかった相手が、傘を差して待ち構えていた。

 濡れて張り付く服よりも、なおその言葉は肌に張り付くようで気持ちが悪かった。


「……魔王アルク」


 サラスの瞳も彼を捉えた。

 でもそこには以前であったときのような恐怖も、怒りもなかった。ただそこにいるのが当然のものとして受け入れていた。


「さて、バリアンの娘、改めて話をしようか。

 私をこの世界から追い出す話さ。君にとっても悪い話ではないだろう?」

「……………」


 元の世界に帰る方法を知っていたと話したサラス。

 ロースムの言う通り、それはつまりこの世界から魔王という存在を排除する方法でもある。


 今更のように気付いた武蔵はハッと気付き、思わずサラスを見た。


 依然、冷えたままの、まるで人形のようなサラスの瞳を、武蔵は怖いと感じた。

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