第124話 第一次ムングイ事変Ⅲ
爆発はどこで起きているのかわからなかった。
木々のせいでキノコ雲はどこにも見えない。
だけどお陰でそれほど近い場所ではないことだけはわかった。
爆心地近くであれば木々すら簡単に薙ぎ倒してしまうことを、ウェーブのいた施設跡地が物語っていた。
「……街は!?」
サラスの悲鳴のような声に、真っ先に心配しなくてはいけない場所がどこか思い至った。
すぐにでも確認したかった。しかし――
「ムングイ王国に住む全ての人々に呼びかけよう。私は、アルクイスト・ロースム。君たちが魔王と呼ぶ存在さ」
辺りに爆音さえ吹き飛ばすような大音量で、その声は響いた。
「ロースム!? ――っ!?」
その声がどこから聞こえてきているのか、すぐにわかった。
魔法の杖の存在に気付いて駆け寄ってきたスラ。その彼女から、ロースムの声が発せられていた。
「たった今、私の友人であるバリアンにしてムングイ王国女王でもあるサラス女王陛下が、ムングイ王国騎士団によって襲撃される事件が起きた」
「えっ――」
「――友人っ!?」
何を言っているかわからないと言った声を上げるサラス。
だけど武蔵はその言葉だけで凡そ理解した。
ロースムは武蔵に対して「魔王らしくさせてもらうよ」と言っていた。
これがそれだった。
恐らくムングイ王国では、今頃大量のアンドロイドが取り囲んでいるだろう。
ロースムは、そのアンドロイドたちをスピーカーにして、ムングイ王国の全員に呼び掛けているのだ。
「私は友人が襲われているのを黙って見てられる人間ではなくてね、すぐに援護させてもらったよ。その威力はみんなが目にしてくれたんじゃないかな」
「……なに……これ?」
これではまるでサラスが魔王に頼んで、魔法の杖を使わせたような言い草である。
呆然と崩れ落ちるサラスを、武蔵は支えてあげることもできなかった。それで触れてしまえば逆に壊れてしまいそうな、そんな脆さが今のサラスにはあった。
「安心してくれていい。今のはちょっとした威嚇のつもりさ。誰も被害が出ない場所で使わせてもらったよ」
こんなことで嘘は吐くような人物ではない。ムングイは無事と思って間違いないだろう。
だけどそれだけである。
これはサラスを狙い撃ちにしたものだった。サラスにとっては、何もかもを吹き飛ばしてしまうほどの威力が、そこにはあった。
「ただし次はない。これ以上、彼女に危害を加えるということであれば、容赦しないよ。
今から二十四時間以内に彼女の安否が確認できない場合は、次はムングイへの攻撃を開始する」
「――あいつっ!!」
怒りに思わず爪が食い込むほど拳を握り締める。
これはムングイ王国へ呼び掛けながら、その実、サラスへ呼び掛けている。サラスの逃げ道を全て絶った上で、なおそれでも時間までに自分のところへ来いと脅迫しているのだ。
「君たちが何もして来なければ、私も手出しはしないさ。
お互いが良き隣人であることを願っているよ」
そこでロースムの呼び掛けは途絶えた。
「うわぁ、勝手に声が出るって気持ち悪いですぅ」
スラの叫びはもう誰の耳にも入ってこなかった。
サラスは地べたに手をつけて、項垂れていた。泣いているのかもしれない。その表情は武蔵からは伺い知れなかった。
そしてカルナは――
「……今のは……どういうこと?」
いつの間に取り落とした剣を拾って構えていた。
その剣先は、まっすぐにサラスに向けられていた。
「――カルナ、今のは魔王の罠だ!」
「あんたには聞いてない!!」
「――っ!」
涙ぐみながら、それでも鬼気迫るカルナの表情に、武蔵は一瞬たじろぐ。
「サラス!! あんたは、国のために、みんなのために、魔王と取引してたんじゃないの!?
自分のために、魔法の杖を使わせたりなんてしないわよね!?」
サラスは未だに身じろぎ一つせず、相変わらず俯いたままだ。泣いているのかもしれない。
そんな様子のサラスにも、カルナは容赦しない。
「答えなさいっ!! サラス!!
――っ!?」
そんなカルナの追求を止めたのは、周りを取り囲むように現れた数体のアンドロイドたちだった。
恐らくずっとサラスのことを監視していたのだろう。いや、見守っていたのだろう。
スラがサラスの居場所がわかったのも、きっと彼女たちがいたからだ。
サラスの身に危険が迫っているとわかったのか、全員がカルナに向けて刀を構えていた。
今にも飛び掛かりそうな、その様子に、武蔵は咄嗟に叫んでしまった。
「よせ!! やめろ!!」
『どうしても信用できないと言うのなら、アンドロイドたちの命令権をバリアンの娘と武蔵君に与えてもいいけれども?』
それはムングイ王国に訪れたロースムが交渉の場で提示した条件だった。
ロースムは律儀にその条件を守ったのだろう。
武蔵自身、今の今まで全くその自覚はなかった。
しかし武蔵の呼び掛けに、アンドロイドはピタッと動きを停止させた。
それはどう言い繕っても、武蔵の命令に従って動いているようにしか見えなかった。
「――そう、あんたも、魔王の仲間ってわけね」
「違う! そうじゃない!!」
「はぁっ!? なにが違うって言うのよ!? だって、あんただって、魔王と同じところから来たんでしょ!? あんただって、魔王と一緒で、元いたところに帰りたかったんでしょ!?」
「―――――」
咄嗟に言葉が出なかった。
帰りたかったのは事実だ。そのためにサラスたちを裏切ろうと考えたこともあった。
いつしか元の世界のことを考えることも減っていき、ムングイに生きる人たちのことも大切に想うようになってきた。
それでも、それを違うとは言えなかった。帰りたくないなんて、言えなかった。
「……あたし、あんたのこと好きだった」
「――え?」
――……今、なんて言った?
あまりにも唐突な言葉に、武蔵はその言葉を飲み込めずにいた。
そのとき、すぐ隣からも息を呑むような音が聞こえたような気がした。
「……好きだったのよ……好きだったのに……だけど……もう、どうでもいい……」
そう言ってカルナは、剣を投げ捨てた。
今まで強くあろうとしていたこと、その全ても投げ捨てたように見えて、武蔵はとてもとても悲しくなった。叫び出したくなるくらい悲しかった。
「さよなら……ムサシ……さよなら……サラス……」
そのままゆっくりと歩き去るカルナを、武蔵は追うことはもちろん、声を掛けることさえできなかった。
森の奥へと消えていくカルナをただただ見送ってから、武蔵もまたその場に膝をついた。
全身に力が入らなかった。
カルナが何もかも投げ出したように、武蔵の身体も何かを投げ出してしまったようだった。
武蔵もサラスも、そのまましばらく、言葉を交わすこともせず、指先一本すら動かせなかった。




