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第119話 反抗の種火

「浮かない顔っすね。恋しい誰かに会えなくて寂しいっすか?」

「……疲れただけよ。あと別にムサシのことは好きじゃないって、何度言えばわかるのかしら?」

「そうっすね。とんだ幼女趣味の男に惚れて苦労してるなんて、言い難いっすよね」

「……ケンカ売ってるつもりなら、買ってあげてもいいけど?」

「拳の勝負ならノーセンキューっす。あ、恋しい誰かの奪い合いってんなら、ウチの方が体格的に有利っすかね?」

「のーせんきゅーってのは、買うって意味かしら? いいわよ。すぐに業者台から叩き落してあげるわ」

「冗談っすよ。じょーだん。でもウチはムサシなんて一言も言ってないっすよ?」


 クリシュナの言葉を一旦無視するように、カルナは巨大ゴーレムに占拠された狭い荷台の隙間に足を伸ばして、僅かな時間でも体力が回復するように努めた。


 実のところ、言葉とは裏腹にクリシュナと軽口を叩き合える関係になれたのは嬉しいと感じていた。牢に拘束されていたクリシュナを見ていたときは、いつ魂が海の向こうへ連れていかれても不思議じゃないくらい無気力だったからだ。


 しかしこの後もこの巨大な荷物を下ろす作業が待っている。そう考えるとこの揚げ足取りのような応酬に、残った気力さえ奪われるのも馬鹿らしいとも思えた。


 ゴーレムの来襲から三か月が経っていた。本日、騎士団総出でようやく街の景観を損なっていたゴーレムを撤去できた。

 クリシュナが動かすことができれば話は早かったのだが、クリシュナ曰く「どっか壊れちゃったみたいっすね、なぜか動かないっす」とのことだった。

 そんなわけで巨大な鉄くずは今日まで放置され、復興のために働く人々を陰鬱とさせるのに一役買っていた。


 ――ホント、もう少し早く撤去できればよかったのに。


 後悔を吐き出すように、長く息を吐く。

 例え早く撤去できていたところで、それがどうにかできていたかわからないが、それでも街で耳にした噂を思い返して、カルナは倦怠感にも似た感覚に陥る。


『サラス様は魔王の手先なんじゃないか』


 以前から「レヤックの娘と機械人形を匿っている」「言葉もまともに喋れないような出自不明な少年を飼っている」と囁かれていた。それ自体は否定しようのない事実であったが、少なくともサラスに全幅の信頼を寄せていたムングイの人々からは「サラス様にも何かお考えがあってのことだから」と容認されていた。


 その全幅の信頼に亀裂が入ったのは、ムングイにもいよいよ魔王による被害が出てしまったせいだろう。

「この街にはサラス様がいるから大丈夫」

 街の住人は根拠もなくそう信じていた。

 勝手に信じて、そして今になってはそれを裏切られたと感じている。


 もちろん何も街が襲われたことだけが原因ではない。そこにはきっとクリシュナの存在も絡んでいる。


 突然クリシュナが騎士団副団長に任命されたことには疑問の声を上げる人は多かった。

 どこの誰かも知らない人物が、ある日突然、国の重役に任命されたのだ。疑問に抱かないわけがない。

 これに対してクリシュナはとても上手く立ち回った。騎士団の全員を集めて自分がどこの誰かを皆に明かしたのだ。


「ウチは魔王の捕虜にされてたっすよ! そこのカルナと同じように!

 あの巨大ゴーレムを操ってたのもウチっす! 言うことを聞かなきゃ殺すって、魔王に脅されてたっす!

 そこをヨーダの旦那とカルナに助けられたっす!」


 カルナが魔王に捕まっていた過去があるのは、騎士団のほとんどの者が知っていた。真偽を確かめるような視線を浴びて、カルナは咄嗟に頷いていた。


「あの騒ぎで、家族が怪我をしたり、家を壊された人もいると思うっす……。本当に申し訳ないことをしたと思ってるっす。きっと許せない人もいると思うっす……。もしどうしても許せないって言うなら、この場で殺してもらっても構わないっす! それだけのことをしたとは思ってるっす!!」


 涙ながらに話をするクリシュナに対して、罵声を浴びせるような人物はいなかった。結局は街を破壊して回った彼女も魔王の被害者だった。そんなやるせない事実が、振り上げた拳を下げる結果となり、クリシュナは済し崩し的に副団長の座に居座ることを許された。


 しかし一度握られた拳を解くことはそう容易くはない。

 それがこの国の舵取りをするサラスに向けられてしまうのは、ある意味で必然だった。


 ムングイの復興も思うように進まなかったこともある。

 元々、ロボク村の人たちを迎え入れたばかりだったのだ。街はどこか異物感を抱えたまま、それでも親切心と同情心でどうにか見ない振りをしていた。しかし立場は変わり、ムングイの人々もまた被害者となった。他人を助けている余裕が無くなった人たちの鬱憤は日増しに強くなっていり、至る所で小競り合いのようなものが起きていた。いつ大爆発が起きてもおかしくない状況だったのだ。


 そんな折に囁かれ始めたのが、件の噂だった。

 出所不明のその噂は、初めこそは半信半疑だったが「魔王が城へ来ていた」「ここ何か月かの間に機械人形が何度か出入りしている」等の証言も重なり、いよいよ信憑性が強まっていった。


 サラスがこの件に関して黙秘していることも、爆発的に広まった要因だろう。


 ――正直、カルナ自身もその噂には思うところがある。


 サラスは魔王側の内情に精通し過ぎている。

 ヨーダに何度となく魔王と接触させていた。

 あまりにもすんなりとムサシとパールを魔王の下へと向かわせていた。パールを治療する手段が他にないとは言え、幾ら何でも信用し過ぎではないだろうか。


 噂自体は根も葉もないとは思う一方で、否定し切れない部分が多いのもまた事実であった。


 思えば以前からそうだった。サラスには隠し事が多すぎる。

 誰よりもそう感じていたのは、他ならぬカルナ自身だった。


 ――だけど、サラスはこの国のお姫様で、象徴で――王様なのだ。

 隠し事なんていくらだってあるだろう。

 ヨーダやムサシほどの力はカルナにはない。

 いつか隠し事をしなくても済むように、カルナ自身が強くならなくてはいけない。

 今はそう割り切るしかなかった。


 母も、父も、信頼できる人間も、誰も彼も失って、孤独に泣いていた幼いサラスを覚えている。

 今だってそれは変わっていない。

 きっと彼女は誰も知らないところで泣いて、人前では凛々しく立ち回るのだろう。

 そんな彼女だからこそ、いつか彼女の支えになれる人物になると決めて努力してきた。


 そう、ムングイの住人だけじゃない。カルナこそ誰よりもサラスに全幅の信頼を寄せていた。


 カルナはサラスを信じている。

 決して魔王の手先なんかじゃないと信じている。


 ――母を殺したのが誰かなんて知らないと信じている。


「――ねえ、クリシュナ。あんたは両腕が無骨な鉄でできた大男の機械人形なんて、知らないわよね?」

「はっ? 男の機械人形っすか? ウチが知る限りで男性型の機械人形なんていなかったはずっすけど」

「そうよね――知らないわよね」

「―――――。

 あー――うっす、知らないっす」


 あの大男を見つけたら殺さなくてはいけない。母の仇を殺さなくてはいけない。


 もし魔王の手先であるのならば、サラスにも聞かなくてはいけない。


 ――あの大男のことなんて、知らないわよね?


 そんなことはサラスにもわかっているはず。

 それがどういうことなのか、サラスにもわかっているはずだ。


 カルナはサラスを信じている。

 誰よりも盲目的に信じている。

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