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第118話 時間の壁を超えるもの

「さて。この世界がどこにあるかわかったのなら、異世界転移の方法もわかるね。

 単純にこの”壁”を通り抜けるか、あるいはこの”壁”を無くしてしまえばいい」


 方法はわかった。だけどそのための手段がわからない。

 ロースムの言っていたことを理解して、武蔵もまた考える。


「……だけど、あの”壁”に触れると、その……ねじ切れるんだろ?」


 ついロースムの足に目が行く。

 本人は片足の損傷を全く気にした様子はないが、それでもどうしても気を遣ってしまう。

 手足を失うなんて、武蔵からしたら大事だ。


「そうだね。あの”壁”を通り抜けるということは、ワームホールか、あるいはタイムマシンを作るのに等しいことだ」

「……タイムマシン?」

「そう。タイムマシンだよ。

 この世界に在る全てのものは地球上の時間と比べて十五倍もの早さで未来へ押し流されている。そのズレを合わせないことには、あの”壁”を通り抜けるなんてできないさ。そんな時間を操れるようなものは、もうタイムマシンと言ってしまって差し支えないだろう」


 武蔵がこの世界を「未来の地球」と考えていたとき、それに対してロースムは「解釈次第では正しいかもしれない」と言った。確かに未来の地球ではなかったが、帰るのにタイムマシンが必要であるのなら、それはあながち間違っていなかったということだ。


「でも、タイムマシンなんて、作れるのか?」

「君は相対性理論に関してどこまで知ってるかな?」

「……はい?」


 突然の質問に面食らう。

 どこまで知ってるもなにも、アインシュタインが見つけた難しい理論くらいの認識しかない。


「簡単に言えば、時間というものは一定ではないって理論さ。私たちが置かれている状況がまさにそれだね。地球とこの世界では時間の進み方が違っている」

「はぁ……」


 無言でいることが答えと取ったのか、再びロースムの講義が始まる。しかしその入口からして武蔵には馴染みがなく、思わず生返事を上げてしまう。しかしそんな武蔵の様子を無視して話は続く。


「何によって時間の進み方は変わるのか。それは速度と重力だよ。

 時間は、光の速さに近付けば近付くほど遅くなり、重力が重くなればなるほど遅くなる。

 この世界が”壁”によって未来へと押し流されているのなら、より速く動くか、より重くなれば、地球との時間のズレを修正するタイムマシンは完成するよ」

「……………」


 なんとも武蔵からしたら理解し難い話である。

 ただ一つだけわかったことは、ロースムはタイムマシンを作ることができると考えているらしいということだけだ。だけどそれは机上での話だ。


「……実際にどうすればいいんだ?」

「残念だけど、現実的な手段なんてないよ。そんな手段がわかっていれば、とっくに実行しているさ」

「……………」


 ここまで難しい話に付き合ってきて、結論的には「どうしていいかわからない」ということだった。

 なんだか一気に疲れを感じてしまう。


「現実的な手段はなくても、君には心当たりがあるんじゃないかな?」

「速く動くか、重くなる手段をか? そんなの心当たりがあるわけ――」


 反射的に否定しようとして、その言葉にどこか引っかかるものを感じて言い淀む。

 少なくとも武蔵は早く動く手段には心当たりがあった。


「……”ギフト”?」

「君は勘が鋭いね。確かに現実的には、光に近い速度で動く手段も、質量を操作する手段もない。だけど、この世界には”ギフト”と呼ばれる超常の力がある。君の”ギフト”ならもしかしたら、あの”壁”を通り抜けられるんじゃないかな?」


 武蔵の持つ”勝利の加護”は勝つために必要であれば、肉体を極限まで強化できる。”壁”を通り抜けることを勝負と捉えれば、もしかしたらそれを可能にするまで速く動くこともできるんじゃないだろうか?


「……いや、さすがに光の速度で動いたりするのは無理だと思うんだけど」


 もし仮に試してみて失敗すれば目も当てられない。ロースムの言う通りであれば、全身が捩じ切れてしまう。


「試す価値はあると思うけどね。君がそう言うなら残念だ」


 一度きりの失敗で全てを失ってしまうのに、試す価値なんてない。冗談ではなく本気で言っているように思えて、武蔵は薄ら寒いものを感じる。


 しかしここでも”ギフト”である。


「”壁”を通り抜けるのに”ギフト”が必要なのに、”壁”を通り抜けないと”ギフト”が貰えないんじゃ本末転倒じゃないか」

「そうだね。君や私たちのように偶然この世界に迷い込むのを待つしかない」

「仮にそんな人間が現れたところで、都合よく望んだ”ギフト”を持つ人間が現れるのか?」


 パールの治療の件もそうだが、仮に”ギフト”を授かったところで望んだものでなければ意味がない。


「”ギフト”はある程度、その人の望みに適ったものが与えられる。私はこの世界に来る前まで余命幾ばくもなかったからね、もっと生きたいと考えていた。君も心当たりがあるんじゃないかな?」

「……………」


 ”全敗の剣豪”である武蔵は、常日頃から勝ちたいと願っていた。それは確かに武蔵が望んでいたことではあった。だけど”勝利の加護”は武蔵の望んだものとは違う。それこそ誰かに勝手に勝たせてもらっているような、達成感も何もない、納得のいかないものだった。


「……”ギフト”って誰が授けてるんだろう」

「この世界の人たちは誰しもが女神ラトゥ・アディルから加護を授かって生まれてくると信じているね。”ギフト”も強力な加護と考えれば、それは恐らく女神からだろう」

「女神……」


 確かにサラスからも同じような話をされた。

 しかしそんな存在が本当にいるのだろうか?

 もし仮に本当に女神が武蔵に”勝利の加護”を授けたのなら――武蔵は思う。


 ――余計なことをしやがって。


 武蔵はもう二度と自分が達成感というものと無縁なもの存在になってしまったように感じていた。

 何をして、どんなに勝利を手にしたところで、それはきっと誰かに与えられたものだと考えてしまうだろう。

 それはもう加護なんて呼べるものではない。本当に”無敗の剣豪”として生きていかなくなってしまったそれは、むしろ呪いに近いものだ。


「そういえば、異世界転移もしていないのに、”ギフト”に近い超常の力を持っている人物が一人だけいるね」

「……………」


 わざとらしい言い方だった。あえて武蔵自身からその名前を口にして欲しいと言わんばかりだった。

 嫌でも気付く。武蔵がこの世界にやってきて、超常の力と呼ぶに相応しい能力を持った人間なんか、一人しか知らない。


「……パール」

「正確にはレヤックだね。人の心を読んだり、人を操ったりできるのは、一種の催眠術のようなものとも考えられるけれども、それでも彼女たちの力は私たちの常識から逸脱しているよ。あれこそ超常の力と呼ばずになんて呼ぶのか」

「……それがなんだって言うんだ。レヤックの力でも”壁”を超える方法があるって言うのか?」

「そう考えた時期も確かにあった。それも結局、見当違いだったけれどもね」


 ウェーブと共にいたときのことを言っているのだろう。

 ロースムがどのような方法を考えてレヤックの力で異世界転移しようとしていたのかはわからないが、彼が「見当違いだった」と言う以上は、それを今追及するのは場違いだろう。


 何よりもその話はパールが生まれてきた意味に直結する話だ。武蔵はそれを聞きたいとは思わなかった。


「……レヤックも異世界転移してきた存在だった、とか?」

「さあ、どうだろうね。ウェーブは自分の両親のことでさえも、よく覚えていなかったよ。仮に彼女たちの先祖が異世界転移して来た人だったとしても、それはもう誰にも与り知るところではないさ」


 どうしてレヤックの話を始めたのか、ロースムの意図が見えない。しかし先ほどのこの世界が場所の話もそうだったように、その発言には何かしら武蔵に気付かせたい何かがあるはずだろう。ロースムはそういう回りくどいことをする性質なのだと、武蔵もようやく理解してきた。


「……ところで、”ギフト”に近い超常の力を持っているのは一人だけって言ったけど、サラスはどうなるんだ?」


 バリアンの力もまた超常の力と呼ぶに相応しいものである。あえて彼女を除外するということは、ロースムはそれを超常の力とは考えていないということだ。


「君はバリアンが何なのかわかっているのかな?」

「何なのかも何も、ムングイ王国の象徴って言ってたけど。実態は医者と巫女を兼ねてるような存在だったけど……」

「その通り。彼女たちは巫女だよ。バリアンとは、もともとインドネシアにある職業の一つを指す言葉だよ。その役割もこの世界とそう変わりない。子供を取り上げ、神のお告げをし、人々の行く末を占う」

「え、じゃあ、バリアンってのは特別な存在じゃないのか?」

「特別な存在ではあるだろうけれども、超常の力とは言い難いよ。私たちの世界にだってよく当たる占い師くらいはいるさ。そんな人物が国を治めていたことだって歴史上珍しくない。日本にもヒミコと言う巫女がいたそうじゃないか」


 そう言われてしまうと思わず納得してしまいそうになる。

 しかしサラスは言っていた。バリアンは「世界に対して作用する呪術」だと。現に武蔵はその力の片鱗を見ている。サラスはロボク村に現れた核爆弾を停止させた――


「―――――」

「どうしたんだい? 何かに気付いたような顔をして」

「……あ、いや、何でもない」


 咄嗟に嘘をついた。

 ロースムの言う通り、武蔵は気付いてしまったのだ。


 異世界転移に必要なものはタイムマシンだ。

 ロースムはそのために速さか質量を操る能力が必要だと言ったが、そもそも時間そのものを操れる能力があれば、そんな遠回りをしなくてもいい。


 サラスは核爆弾を止めてみせたのだ。

 それは核爆弾の時間を止めたことに等しく――つまりそれはもう時間を操れることを意味する。


 そう――最初からそんなことはわかっていたはずだった。

 武蔵だって初めはサラスがこの世界に連れてきたのだと考えていた。


『ムサシをこの場所に連れて来たのは、やっぱり私だと思うの』


 サラス自身もそう認めていた。

 きっとサラスは”壁”を超える手段を知っているのだ。


 だけど武蔵はロースムに嘘を付いた。

 それをロースムに話してしまうと、取り返しがつかないことになる。心の奥底でそんな確信があった。


『なんせ、その力を使ったら最期、その魂は天に召されちまう。残るのは抜け殻のような肉体だけだ』


 ヨーダが語った、バリアンの力の代償が頭を過る。

 もしバリアンの力が”壁”を超えるための鍵なのだとして、それを使ったときサラスはどうなってしまうのか――そんなこと考えたくもなかった。 

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