第115話 超常の力
パールの病名は早々に「白血病」と診断された。
やっぱりかという気持ちも強くはあったけれども、それでも明確に知っている病名を出され武蔵としてもショックは大きかった。
ちなみに放射線障害という点では武蔵も患っている可能性があるとのことで、彼も血液検査を受けたのだが、こちらは問題ないとのことだった。
「パールは治るのですか?」
別室で休むパールを置いて、武蔵はそれこそが大事なことだとばかりに、ヘレナに縋るように問うた。
「彼女の場合、慢性のものが急性転化した可能性が高いです。小職では治療不可能です」
「―――――」
ヘレナの診断結果は容赦のないものだった。
ここでなら治療できるかもしれないと期待していただけに、武蔵はショックから腰が抜け、崩れ落ちそうになるところをロースムに支えられた。
「……なるほどね」
娘の死刑宣告に等しい言葉に呆気なく納得の返事をするロースムに対して、怒りさえ沸いてこない。
「急性転化した可能性が高いと言うことは、急性である可能性もあるってことだね?」
「ここの施設では断定不可能です」
「であれば、化学療法を試す価値はあるんじゃないかな?」
「十パーセント以下です」
「……なるほどね」
再び同じ返事を返すロースム。
それがどういうやり取りなのか知識のない武蔵には全く理解できなかった。
「……白血病にも種類があってね、もし仮にロボク村での核爆発の影響によるのであれば、時間経過的にも急性白血病の可能性が高いんだよ」
そんな武蔵の様子を見かねたのか、ロースムが武蔵に補足する。
「ただパールの場合、生い立ちが特殊だからね。先天的な遺伝子疾患による可能性も高い」
「先天的……それはパールがクローンだから?」
「その通り。染色体異常によって引き起こされたものであるのなら、それは慢性白血病の可能性が高い――つまりはずいぶん前から白血病を患っていた可能性があるってことだよ」
「え……でも、パールが体調を悪くしたのは、ほんの数か月前からです」
「慢性白血病の厄介なところは発症してても日常生活に全く支障がなく、そして急性転化してしまうと治療が困難になることだよ」
この世界に健康診断なんて文化はない。仮にあっても今回のような血液検査なんてできるわけがない。パールは出会った頃から体力がなく、運動が苦手だった。もしかしたら武蔵と知り合ったときにはすでに病魔に侵されていた可能性があったということだ。
「ちなみに私が患ったのも急性骨髄性白血病だった。それもこの世界に来る直前に急性転化してしまってね。余命はせいぜい一年と言われていたよ。もっともそれから三百年も生きてしまったわけだが」
「それって……」
「諦めるのはまだ早いんじゃないかな? 君の目の前には可能性がある」
「―――――」
ロースムから身を離して、武蔵は再び自らの足で立つ。
諦め切れてないことは最初からわかっていた。僅かな可能性があるのなら、意思でも縋り付く。悪魔に魂を売っても構わないとさえ思っていたのだから。
「ロースムはなんでまだ生きているんだ?」
不躾な聞き方だとは思う。実際にロースム自身も思わず苦笑いを浮かべていた。
しかし他に訊き様がなかった。三百年も生き長らえる人間なんているわけがない。
――いや、生き長らえている理由自体はわかってる。
「――”不老の加護”!」
「その通り。バリアンの娘から聞いていたのかな?」
訊いて置きながら武蔵自信がそれに答えた無礼を特に気にした様子もなく、ロースムは嬉しそうに頷いた。
「この世界で生まれた人間は、女神から加護を授かるそうだね。それは他の人よりも頭がいいだとか、足が速いだとか、ある種その人にとっての取り柄のようなものだ。まあ、これは私たちのいた世界でもそう変わらない話ではあるがね。生れ付き才能があるなんて話はよく聞くだろう?」
そう捉えれば加護と呼ばれる能力はそう大げさなものではない。武蔵が持つ”勝利の加護”だって、言い換えれば「勝負強い人」というだけのことである。
――しかし暗に「勝負強い人」と呼ぶにしては、その能力はあまりにも異常だった。
「――君にも心当たりがあるようだね。一部の人間にはこの加護が異常なほど強く与えられるみたいだ。
私のそれは一般的には『若作り』と呼ぶ程度のものだったろうが、実態としては永遠の命を授かったようなものだった。
そんな超常にも近い加護のことを、私たちは”ギフト”と呼んでいたよ」
その能力のおかげでロースムは癌に侵されながら三百年も生き延びてきたということだ。
「……つまりパールにも同じ加護が宿れば、パールも死なずに済む?」
「あるいは、どんな病気も治療できるような”ギフト”があれば、ね」
どこか悲しそうにロースムはあえてその選択から遠ざけさせようとした。三百年も生きた彼にはそれはある意味、呪いのようなものに感じているのかもしれない。
しかしそれでも武蔵からすれば、パールが生き延びることができるのなら、そのどちらでも構わなかった。
「どうすればその”ギフト”はもらえるんだ!?」
逸る気持ちを抑えられず、ロースムに詰め寄る。
しかしロースムはそれがあまりにも意外そうに眉を寄せた。
「君にも心当たりがあるのなら、当然それがどんなタイミングで授かったのかもわかっているはずだよ?」
ロースムがなにを提案しようとしているのかに気付いて、武蔵は一瞬言葉を詰まらせた。
「この世界にやって来たニューシティ・ビレッジの住人四十二名は、全員漏れなく何かしらの”ギフト”を授かっていたよ」
「――つまり」
「異世界転移。それが”ギフト”を授かる条件だよ」
「―――――」
それは半ば諦めていたことだった。
こちらの世界での暮らしに慣れ、こちらの世界にも大切な人ができた。
もう帰れなくてもしょうがないと、そんなことを思っていた。
――真姫。
大切であることに変わりはないはずなのに、そんなことを思ってしまっていた。
だと言うのに、今更になってまた帰る理由ができてしまった。
だけど、それは――
「……俺にも、核を、使えって言うのか?」
ロースムが現実の世界に帰るために繰り返してきたことだ。彼らは核実験の失敗によってこの世界にやってきた。だから当然、同じことをすれば帰ることができると考えて、それを繰り返してきたのだ。
――だけど、それがサラスたちを苦しめてきた。
「……パールのために、サラスたちを犠牲にしろってことか?」
そんなことをパールは絶対に望まないだろう。
そんなことをしてまで生きたいとは絶対に望まないだろう。
だけど、武蔵は――
「……先ほども言ったけど、核融合反応による異世界転移実験はほぼ失敗しているよ。私たちがこの世界に来た原因がそれである以上、可能性はあるだろうけれどもね。しかし私は別の可能性を探る方が早いと考えているよ」
「……別の可能性?」
「……そう言えば、君はこの世界がどこにあるのか知らなかったんだね」
ムングイで会談したときもロースムは似たようなことを話していた。
それはまるでこの世界が武蔵も知る場所であるかのような口ぶりで、武蔵はそれを”未来”じゃないかと予想したのだが、それは口にすることなく否定されてしまった。
「なら、君に見せておこう。この世界の真実を――」




