第114話 スワンプマンのジレンマ
ニューシティ・ビレッジに着くと諸々の話し合いは全て横に置いて、何よりもパールの治療が最優先された。これは武蔵たちが到着した直後にロースムが判断したことだったし、武蔵もまったくそこに異論はなかった。
以前立ち入らなかった工場地帯にある一際大きな建物の一室に運ばれたパールは、そこで待ち構えていたアンドロイドによって何本も注射を打たれた。
あまりにも凄惨な姿に思わず抗議の声を上げる武蔵だったが、そこはロースムとスラに抑え込まれ部屋の外まで連れ出されてしまった。
部屋の入口をウロウロと何往復もするうち次第に落ち着いてきた武蔵は、同じく部屋の外で待つのに付き合ってくれていたロースムに詫びた。
「すみませんでした。みっともないところを見せてしまって……」
「気にしなくていいさ。こちらこそすまなかったね。ああ言うショッキングな姿を身近な人間に見せるべきじゃなかった。私の配慮が足りなかったよ」
相変わらずな大人な対応を見せるロースムに、武蔵は自分の未熟さに身が縮こまる思いだった。改めてこの人が魔王なんて呼ばれていることが信じられない。と同時にパールは身内でないと暗に示唆している言い方に、父親とは思ってないんだなと改めて思う。
「……パールは、大丈夫でしょうか?」
「前も言ったけど、私は医者じゃないからね。全ては彼女に任せるしかないだろうね」
彼女とはパールの治療にあたっているアンドロイドのことだろう。ロースムはともかく、そのアンドロイドが何なのか知らない武蔵としては不安しかない。
「その彼女って……大丈夫なんですか?」
「彼女はヘレナと言ってこの街唯一の医療専門のアンドロイドだよ。本来のアンドロイドの生みの親が直々にそれだけに特化させて作った一体だからね。私のこの足の治療も彼女が完璧にやってくれたお陰で感染症にも掛からずに済んだんだよ。腕は保証するよ」
ロースムは義足の片足を上げてアピールしてくる。
どのような怪我でそうなってしまったのか知らないが、武蔵としては切断された足を見ても不安しかなかった。
「取り急ぎは解熱剤と抗生物質と栄養剤の投与で様子を見ながら、血液検査で病気の特定を急ぐんじゃないかな?」
「魔法の杖の毒だって話ですけど……」
「それはバリアンの娘の診断かな? 魔法の杖の毒か……。私たちの世界では放射線障害と呼ぶほうが適切かな。彼女は被ばくするような場所にいたのかな?」
「……ウェーブのいた施設が爆発した二週間後に、ロボク村を訪れてる。そこに二か月くらいいた」
他人事のように話をするロースムに、武蔵は少しばかり眉を顰めた。
それをバラまいたのは紛れもなくロースムだ。
先ほどの「身近な人間に見せるべきじゃなかった」という発言も含めて、何事にもどこか距離を取っている体だが、忘れてはいけないのは彼は全てにおいて当事者だ。
「爆発したときはどこに?」
「そのときはムングイに……」
「……地図が見たいな。スラ、どこかに地図はなかったかな?」
「それでしたらぁ、ケイ様のラボにありましたぁ」
「うむ……」
そんなロースムも、そのときだけは悩む動作を見せていた。
――ケイって誰だろう?
自然とその人物が気になってしまう。
そんな武蔵の内心が伝わったのだろう。
「……ちょうどいいのかもしれない。君も付いて来るといい」
そう言ってロースムは武蔵の返事も聞かずに歩き出した。
パールのそばを離れることに抵抗のあった武蔵は少しだけ躊躇して、ロースムが角を曲がって見えなくなってから慌てて追いかけて行く。
「君は私があまりにも他人事のようで、内心苛立っているんじゃないかな?」
振り向きもせずそのまま歩きながらロースムは武蔵の心のうちを完璧に読み取る。
少しばかり怖くなる。気さくなお兄さんと思っていた人物が、ある意味で仙人じみて見えた。サラスたちの話では彼は三百年以上生きているそうだ。信じ難い話ではあったが、それも今では信じられそうだった。
「ただ君には信じられないかもしれないけれども、私は君が思っている以上に今回の件に関して何も知らなかったんだよ」
「……どういうことですか?」
「ウェーブの施設が爆発したのは、彼女からは事故だと聞かされていたよ。その場にいたアンドロイドたちの記録データもそのようになっていたからね。特に疑うこともなく私はそれを信じたんだ。
おかしいなと思ったのは、八か月ほど前に成層圏で核爆発を観測したときさ。その際に彼女がなかなか帰って来なかったこともあって、改竄される前のアンドロイドたちの記録データを確認することができたんだ。その中の一体に君の音声が残っていて、私は初めて君の存在を認識したのさ」
ロボク村の騒動の話だろう。
以前サラスたちに話した通り、ロースムはロボク村での悲劇に関与してなかったどころか、パール誘拐事件のことも知らなかったということだ。もしかしたらパールがサティに連れられてムングイ王国にいたことすら知らなかったのかもしれない。
「そもそも私は十五年ほど前を最後に、一度も核実験を行っていないんだよ。もうその時点で核融合反応による異世界転移実験はほぼ失敗したと結論付けていたからね」
「十五年前?」
この世界の歴史には詳しくない武蔵だが、ムングイ王国が魔王の脅威を排除するために戦争を仕掛けたのが五年前だというのは知っている。十五年前に既に異世界転移実験を止めているのであれば、そもそも五年前に戦争になることはなかったのではないだろうか?
「その十五年前から私の実験を引き継いだのが、妹のケイだよ」
「妹さん? でも、妹さんは亡くなったって……」
「三百年前にね」
「……………」
サラス曰く、魔王は”不老の加護”を持っているという。その能力で三百年以上も生きているのだとか。あまりにも現実離れした話だったし、ロースムの見た目がせいぜい二十台半ばということもあり武蔵は失念していた。
「当時もムングイとの関係は良くなくてね。頻繁に諍いが起きていたんだ。ケイもそのときの戦闘に巻き込まれてね」
当時も今と似たような状況だったのだとわかる。もしかしたら今よりも悪かったのかもしれない。ムングイとニューシティ・ビレッジではあまりにも技術力に差がある。相手に侵略の意思がなかったとしても、いきなり未知の技術を持った相手が現れて警戒しない訳がない。
しかしそうするとロースムの話は益々矛盾する。三百年も前に亡くなった人物がどうして十五年前に登場するのだろうか?
「君はアンドロイドのウェーブに会ったそうだね」
「え、ええ……。もしかして……」
「その通りだよ。妹のケイもアンドロイドとして記憶を引き継いでいる。少なくとも私はそう思っている」
――そう思っている?
まるでそう望んでような言い回しに疑問を感じながら、武蔵は話の続きを待った。
「さあ、着いたよ」
しかし話は一時中断されて、とある扉の前でロースムは立ち止まった。
何のプレートもかかっていない一見して他の扉とも見分けがつかないその扉は、ロックも特にかかっていなかったようで、ロースムが目の前に立つと自動で開いた。
「……えっ。この人……」
入ってすぐに目についたのはベッドに横たわる人物だった。
武蔵たちが入って来ても反応はなく、まるで死んでいるようだった。
「紹介するよ。恐らくもう会っていると思うけど。彼女が妹のケイだよ」
そう紹介されたのは和服姿のアンドロイド。この世界で唯一武蔵と同じ日本人と名乗った人物。
「サキ……さん?」
そして魔王の嫁とも名乗った人物。ロースムに妹だと紹介された人物は、何度も武蔵の前に現れたアンドロイドのサキその人だった。
「そうか。やはり君にもそう名乗ったんだね」
「どういうことですか?」
問い質す武蔵に珍しくロースムは躊躇する様子を見せる。話すこと自体を躊躇しているというよりは、なんと話をしようかと吟味しているようだった。
「サキは……元の世界に残してきてしまった、私の妻の名前さ。
……石黒サキという名前に聞き覚えはないかい?」
「……いいえ」
「そうか……」
ロースムは武蔵の回答に残念そうな顔をしていた。
知ってておかしくない有名人だったということだろうか?
少なくとも武蔵には聞き覚えがなかった。
「ケイはサキの双子の妹でね、つまるところ私にとっては義理の妹になるわけだ」
つまりここで眠っているのは武蔵が知っているサキではなく、同じ顔をしているが別のアンドロイド――ではないだろう。ロースムは先ほど「そう名乗ったんだね」と言っていた。つまりはここで眠るケイと紹介された人物は、武蔵の知るサキと同一人物で間違いないのだろう。
「このアンドロイドは元々はケイがサキの代わりとなるように作ったアンドロイドであり、一番最初に作られたアンドロイドさ」
「サキさんの代わり?」
「そう、偽物だよ」
ロボク村やムングイでの出来事を思えば、サキには恨めしい想いはあった。それでもサキのことを知ってる武蔵としては「偽物」と切り捨てられるロースムに、どこか冷たい印象を覚えた。
そして同時に思う。
「だとすれば、このアンドロイドはケイさんでもないですよね?」
「君は辛らつだね」
ロースムは苦笑いのような表情を浮かべている。
「君の言う通りだよ。このアンドロイドはケイの偽物でもある。だけどアンドロイドのウェーブに会ったとき、君はどう思ったかな?」
「それは……」
『痛くて痛くて、死ぬんじゃないかと思うくらい痛くて、苦しくて、辛くて、なんでこんな思いしてまでって思ったわ。でもっ……パールが生まれてきて、初めて抱いたとき、今までの辛かった人生はきっとこの瞬間のためにあったんだって思ったわ』
自ら「偽物」と名乗ったあのアンドロイドは、それでも間違いなくパールの母親だった。それは確かに「偽物」と言い難いものだった。
「……つまり、このアンドロイドにも、ケイさんの記憶が?」
「この世界にサキはいないからね。それでもサキを演じさせようとした場合、身近な人間の記憶を使うしかない。
現に彼女の振る舞いはケイそのものだったよ。昔からそっくりでよく間違えられてきた二人だったらしいけど、私にはわかるよ。彼女たちの違いが」
ロースムは強く断言する。そう言う以上はそうなのだろうと、武蔵も納得する。
それでロースムはサキの偽物と切り捨てながら、それでもケイとして認識しているのだろう。
「……この人がケイさんだって言うのはわかりました。
でも、ケイさんはどうしてロースムが止めた実験を続けていたんでしょうか?」
それは彼女の目的からも矛盾している。
彼女はロースムを元の世界に帰らせたくなかった。この世界で二人で生きていくことが目的だった。
なのに元の世界に帰る実験を続けていたというのは明らかにおかしい。
「以前バリアンの娘にも話した通り。私もそれは聞いていなくてね。
ただ、まったく想像できないと言ったが、実は一つだけ心当たりがある。全くどうしようもなく下らない理由だけれどもね」
「下らない理由?」
「それはまた話をしよう。だいぶ話が逸れてきてしまったからね。
改めて核爆発があったときに、君とパールがいた場所の話をしよう」
気付けばスラがこの島の地図を広げて、早くしろと言わんばかりにソワソワした態度で待っていた。
気にはなる話ではあったが武蔵としてもパールのことを優先したい。
武蔵はこの世界に来てからの出来事を説明しながら、地図に印を付けていった。




