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第113話 水槽の中の脳

 キャンピングカーによる快適な旅――とは言えなかった。

 武蔵は揺れる車体でコップの水が零れないように慎重にベッドで横になるパールの元へと運ぶ。


「パール、ちょっとでもいいから水飲んどいたほうがすっきりするよ。あと寝てるよりも、遠くの景色見てるほうが楽だって聞いたことがあるよ」

「無理……。気持ち悪い……」

「また一回停めてもらおうか?」


 返事はない。きっと返答するのもしんどいのだろう。

 気持ちはわかる。コンクリートで舗装された道があるわけがなく、キャンピングカーは上下左右に揺れ動き、搭乗者の三半規管を激しく攻撃してくる。まして車なんて乗ったことのないパールである。最初こそ走る鉄の塊に感動してはしゃいでいたがそれも三十分と続かず、一時間もすると備え付けのトイレで吐いてしまっていた。


「あと一時間もしないで着きますからぁ。もう向かってしまったほうが楽だと思いますぅ」


 運転席からこちらの様子をのぞき込みながら言うスラ。余所見運転は危険だと思うが、幸いにして今はぶつかるものも何もない平原だった。


「え、もう着くの?」


 馬を使っての移動でも昼夜構わず移動して丸一日かかった。だというのにムングイを出発してから六時間程度だろうか。てっきり一泊くらい車中泊になることを見越してのキャンピングカーなのだと思っていたが、それどころか日が沈まぬ内に着いてしまうようだ。

 キャンピングカーは水洗トイレも水道も完備されていて、ベッドもふかふかなもの四台も備え付けられた、ある意味でこの世界に来て一番の快適空間だったが、結局それらはパールの看病のためとサティとウェーブを置いておくだけに使われるだけとなってしまった。

 せっかくキャンピングカーに乗れる機会に少しだけもったいないとも思いつつ、それでもパールのことを思えば早く着くに越したことがない。


「パール、よかったな、もうすぐ着くってさ」

「無理……」


 言いながらパールは飲んだばかりの水をバケツに吐いてしまっていた。とてもではないがあと一時間も耐えられそうになかった。ここから車で一時間なら、歩いてしまってもいいかもしれない。


「スラ、やっぱり一回停めてもらえない?」

「えぇ、またですかぁ。了解しましたぁ」


 渋々という感じで停車させる様子に、やっぱりスラはせっかちなのだろう。


「ほら、パール、ちょっと外出ようか?」

「無理……」


 同じ単語を繰り返すことしかできなくなってしまったパールに、しょうがないと頭を掻く。

 まあ、車を停めて大人しくしておけば良くなるだろう。このまま大人しく寝かせておく他ないだろうと思い、パールの吐しゃ物で汚れたバケツと適当な端切れだけ持って外に出る。

 そんな様子を見てか、あるいは停車させられたストレスからか、スラはふくれっ面で付いて来る。


「ご主人様はお嬢様を甘やかし過ぎだと思いますぅ」

「みんなそれ言うよな。言っとくが、サティの激甘っぷりを知ってたら、俺なんかスパルタな方だぞ」

「先輩ってそんなに甘々だったんですかぁ?」

「先輩?」


 バケツの中身を適当に捨て中を軽く拭きながら、武蔵はその呼び方に不思議さを覚えて聞き返す。


「先輩ってサティのこと?」

「はいぃ。先輩ですぅ」

「アンドロイドにも先輩後輩なんて関係があるのか?」

「ありますよぉ。僕も先輩も同じU型でぇ、先輩が30号で僕が40号ですからぁ、先輩のほうが先輩なんですぅ」


 30号とか40号は自己紹介のときに言っていた番号のことだろう。サティが再起動したときにもそう名乗っていた。恐らく製造された順番なのだろう。

 バケツがある程度綺麗になれば、特にやることもなくパールの回復を待つばかりである。

 それほど強く興味があったわけではないが、時間潰しも兼ねてそのままスラと会話を続ける。


「んでもさ、そうしたらどっちかって言うとお姉さんのほうが近い気がするんだけど、なんであえて先輩なんだ?」

「それはですねぇ、僕と同じでご主人様に遣える役割を与えられてたからですぅ。同じ役割の人はお姉さんっていうよりも先輩って感じしませんかぁ?」


 スラとしては武蔵に遣えることは部活のようなものなのだと思えば少しばかり納得する。武蔵が通っていた剣道場でも武蔵を先輩と呼ぶ人間は何人かいる。最も弱い武蔵を本気で慕って先輩と呼んでいたのは、剣道もしないのに剣道場に出入りしていた一人だけだったが。

 そうなるときっとスラからすればウェーブは先輩には当たらないのだろう。


「……ん? ところで、どうしてサティが俺に遣えてたなんて知ってるんだ?」


 サティが武蔵を「ご主人様」と呼ぶようになったのはムングイ王国で再起動してからだ。魔王のところにいた頃のサティの役割はパールのお母さん代わりだったし、そもそも武蔵とは面識すらない時期だ。武蔵がスラにそんな話をした覚えはないし、パールだってあの体調なのだ、そんな話をしている余裕なんてなかったはずだ。


「それはですねぇ、さっき先輩を運ぶときにぃ、なんで動かないのかなぁってロギングしたのですぅ」

「ロギング……?」


 言葉の意味はわからなかったが、それでも何をしようとしたのかうっすらと理解した。


「それってつまり、なんで壊れたのかわかったのかっ!?」

「はいぃ。補助電源装置といくつかの駆動系のケーブル類が断線してましたぁ。色んなパーツを無理やり外そうとされたんですかぁ?」


 構造もわからずにいろんなパーツをウェーブと組み替えてしまった結果だろう。それで壊れたのだとすれば、サティに合わせる顔がない。


「あと演算装置のいくつかが焼き切れてましたよぉ。雷にでも打たれたんですかぁ?」

「雷?」


 それは心当たりがなかった。もしかしたら核爆発の真下にいたのが原因なのかもしれないが、詳しいことは武蔵ではわからない。

 しかし最も知りたいのはそんなことではない。


「それで……サティは直るのか? できれば記憶とか、無くなったりしてない状態に戻らないのか?」


 結局のところ、そこが一番大切である。

 以前、再起動を果たした際には、喜んだのも束の間、それまでの記憶が残ってないことに気付いたときのショックは今でも鮮明に思い出せる。そんなのは直ったとは言えない。一度死んでしまったのと同じである。


「本体はスタンバイモードになってるだけでしたからぁ、記憶装置は補助も合わせてバッチリ生きてましたぁ。というかぁ、記憶装置が無事じゃなかったらぁ、そもそもロギングすらできないですよぉ」

「それってつまり、まだ生きてるってことかっ?」

「アンドロイドは元から生きてないですよぉ」


 言葉の半分も理解できなかったが、それでもそれは直せないという意味でないことは十分に理解できた。

 サティが動かなくなってしまってから半年以上、もしかしたら自分がサティを殺してしまったかもしれないという罪悪感を抱えてきた。融通の利かないスラの返しは無視して、武蔵は嬉しさに飛び跳ねたい気分だった。


「あ、じゃあウェーブはっ? ウェーブも直せるのかっ?」


 サティが直るのなら、ウェーブだって直せるはずである。そんな期待も込めて、スラに訊く。

 しかし武蔵の期待に反して、スラは不思議なことを訊かれたとばかりに眉を寄せた。


「ウェーブってぇ、31号サテワのことですかぁ? 直るもなにも、あっちは最初から動いてなかったんじゃないんですかぁ?」

「動いてなかった? それってさっき話をしてた初期化されてるってこと?」

「初期化って言いますかぁ、記憶装置に制御ブログラムが何も入ってないですぅ。こんなんじゃ最初っから動くわけないですぅ」


 武蔵は基本的にはウェーブとサティのパーツを入れ替えていただけで、その中身までいじることはできなかった。


「……それって取り外したりすると、自動的に中身が消されるようになってたとか?」

「そもそも記憶装置は取り外しできないですぅ。骨格に埋め込まれてますからぁ。無理やり外したとしてもぉ、こんな風に元に戻せないですぅ」


 武蔵が無理やり取り外してしまった部品もあったはずだが、どうやらそれらとは違うらしい。

 であればスラの言う通り、最初からウェーブは動くはずのない状態だったということで間違いないのだろうか?


 思い返せばウェーブは他のアンドロイドとは違っていた。

 アンドロイドでありながら、パールの母親としての記憶があった。それどころか自分がアンドロイドだと気付いていなかった節もあった。それはつまりウェーブの記憶を何らかしらの手段で取り出して、アンドロイドに植え付けたということだろうか?


「――そんなことできるのか?」


 技術的なことは何もわからないが、ただそう口に出したのは単純な恐怖心からだった。

 だってそれは自分もまたアンドロイドになっていたとしても気付けないということだ。ウェーブがそうだったように、自分もまた人間だと思い込んでいるアンドロイドでないとどうして言い切れるのだろうか。

 まして”勝利の加護”などという人間の能力を超えた力を持つ武蔵である。それが機械の力でないと、どうやって気付けばいいんだろうか?


「ご主人様ぁ? そろそろ行きませんかぁ?」


 いつの間にかスラは運転席に戻っていたようで、車窓から手を振っていた。


 まあ自分が機械かどうかなんて考えたところで仕方がないと、取り留めもない考え事を中断して、武蔵もまたキャンピングカーへと戻る。


「パール、少しはよくなったか? ……パール?」


 真っ先にパールの様子を確認するが、相変わらず彼女からは返答がなかった。

 嫌な予感に慌ててパールが寝ているベッドに飛び付く。パールは苦しそうに浅い呼吸を繰り返していた。彼女の頬に手を当てると、案の定熱くなっていた。気持ち悪いと言っていたのは車酔いだけが原因ではなかったのだ。もっとパールのことを気遣ってあげればよかったと今更ながら後悔する。


「クソっ! スラ! もうすぐ着くんなら、急いで向かってくれ!」

「えぇ、飛ばしちゃっていいんですかぁ?」

「全速で頼む!!」

「はぁい。了解しましたぁ」


 途端、急発進でキャンピングカーが動き出し、予想以上の急加速に武蔵はその場に倒れてしまう。指示したのは武蔵だ。何よりもパールの容態に気付かなかった責任がある。文句は言わず、武蔵はそのまま膝立ちでパールのベッドに縋り付いて、彼女の頭を撫でる。


「ごめんな、パール。もう少しだけ頑張ってくれ」


 苦しそうに喘ぐばかりの彼女からは、呼吸音以外の返事はなかった。

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