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第112話 行きて帰らぬ物語

 ムングイ王国の重鎮一同(最もそう呼ぶに相応しいのはサラスとヨーダだけだが)にわざわざ街の郊外まで出向いてもらいながら、別離に涙してもよさそうな場面の中、注文を掻っ攫ったのは武蔵でもパールでもなく、出迎えの車だった。


「すっごい! なにこれ!?」


 昨晩までの城を離れたくないと駄々を捏ねたパールも、逸早くそれに飛び付くとぴょんぴょんと跳ねながら車窓から室内を覗いていた。サラスやカルナも興味を隠せない様子だったし、武蔵でさえも初めて見る白い巨体に抱えた不安に僅かばかりの期待が入り込んでくるのを感じた。


「……これが荷馬車なわけ? 前にサティが操ってたのはちょっとだけ見たことあるけど、あれはこんなに大きくなかったわよ?」

「ううん、それはたぶんクルマで、これはトラックと言うものだと思うの。ムサシが前に話してたわ、これで人を異界に運ぶの」

「俺そんな話してないけど……あとこれはトラックじゃなくて、キャンピングカーね」


 ニューシティ・ビレッジまでは当初ヨーダに送ってもらうつもりだった。しかしそのヨーダに「サラスの護衛はどうすんだよ?」と至極真っ当な返答で断られてしまった。今までだってサラスを置いて留守にしている場面は度々あったのに今更そんなことを言わなくてもと食らい付けば「それまではオマエがいたからだろ」という、全身がむず痒くなる追撃まで受ける始末。

 ただその代わりに迎えを寄越させるとのことだったので待ってみれば、現れたのがキャンピングカーだった。この世界の移動手段を馬以外想像していなかっただけに、超VIP待遇と呼べる扱いに度肝を抜かれている。


「オレも今度からこれで移動させてくんねぇかな……」


 ぼそりとそうヨーダが呟くのを聞くに、恐らくヨーダ自身も想像してなかったお出迎えだったのだろう。

 ロースムが気を利かせたのだとすれば、それはやっぱり娘を想ってのことなのだろうかと武蔵は考える。以前、ニューシティ・ビレッジまでの道程でパールが高熱を出して倒れたことを思い返せば、この待遇は純粋にありがたかった。


「お待たせしましたぁ。ご主人様とお嬢様をお迎えに上がりましたぁ」

「……ご主人様?」


 その呼び方に懐かしさを覚えながら、荷台でここまで運んできたサティを見る。しかしそこには相変わらず物言わぬ人形となってしまったサティがウェーブと並び横たわったままだった。


「あのぉ、ご主人様? 一体どこを見ていらっしゃるのですかぁ?」


 当然だろう、その声はたった今ここにやってきたキャンピングカーから聞こえてきていたのだから。


「あー、いや、思わずついというか……。えーと、君は?」


 なんだか淋しさを感じつつもバツが悪そうに頬を掻きながら、改めてキャンピングカーに向き直ると、そこからは幼いメイドさんが降りてきていた。青い髪を両側で結んだ少女は背格好もサティよりも頭一つ小さく、サティにはとても似つかなかった。


「はいぃ。僕はRUR-U型40号、通称スラって言いますぅ。

 アルク様からは今後ご主人様たちに遣えるようにと申し付けられましたぁ」

「ああ……うん……その、ご主人様って言うのは?」

「はいぃ。御遣いする者としてぇ、今後は貴方をご主人様と認識するのは当然のことですぅ」

「あー……そうなんだ?」

「はいぃ。よろしくお願い致しますぅ」


 何だか妙に気怠く間延びした喋り口調はどうにも武蔵のペースの崩す。ようやくこっちも自己紹介した方がいいのかと思い至ったときには武蔵の前からはスラの姿はなく、小さい背丈に似付かわしくない腕力で、


「これがお荷物ですねぇ。お運びしますぅ」


 サティとウェーブをそれぞれ片手で軽々と持ち上げ、キャンピングカーまで運び込んでしまった。あまりに不釣り合いな姿に呆気にとられてしまう。


「……やっぱアンドロイドってどこか不気味よね」

「いや、あの子がちょっと捉えどころがないってだけだと思うぞ」


 サティのことを考えればそんなことないはずである。しかしカルナはどうだかと言わんばかりに肩を竦めていた。


「ご主人様ぁ。早くぅ早くぅ。出発しますよぉ」


 荷物の搬入も早々に終わったのか、スラは運転席の窓から身を乗り出すと、手を振りながら催促していた。


「あのね、サラス、まだどっちが早くニッポンゴを覚えたかの勝負、終わってないから。向こう行ったらニッポンゴで手紙書くから。だからサラスもちゃんと読んでね?」


 いつからそんな勝負になっていたのだろうか? サラスがちょっと困った顔で笑ったので、恐らくパールが勝手に言い出したことなのだろう。ただサラスもわざわざそれを否定するなんてしない。


「えー、先生がそっちに行っちゃうのに、それはずるくないかな?」

「サラスは天才児タイプだから、ハンド(・・・)があってもいいよ」

「貰うほうが堂々と言っちゃダメだと思うの」

「あと、それを言うならハンデ(・・・)だからな」


 あえて日本語を使ってくれてるところ水を差すようだけど、一応先生としてパールの間違いを指摘しながら、ヨーダに小声で確認する。


「手紙なんて出せるのか?」

「ああ。ホントにアルクのヤロウが魔法の杖を使わないのか、監視しないといけねぇからな。しばらくはカルナ辺りが行き来することになると思うぜ」

「なるほど」

「オマエもパールのことが気掛かりなのもわかるけど、そこんとこよく見張っててくれよな」


 ということは、恐らくサラスも「査察」だとか名目を掲げて頻繁に付いて来るだろう。

 そう考えると淋しさも多少は和らぐ。


「……ところで、なんでカルナなんだ? いつもならヨーダがそういう役割だっただろ?」

「だから、サラスの護衛しなきゃなんねぇって言ってんだろ」

「ふーん?」


 サキの暗躍がロースムにバレてしまった今、それほどサラスの護衛に注力する必要性があるのか疑問だった。そもそもアンドロイドがサラスに危害を加えることができないことは、ヨーダが一番理解していたはずである。


「ご主人様ぁっ」

「ああ、わかったから、もうちょっとだけ待ってくれっ!」


 スラは別れを惜しんでいる暇さえ与えてくれない。捉えどころがないというか、もしかしたらちょっとせっかちなのかもしれない。

 ヨーダの発言には思うところがあるが、わざわざ問い質すことでもないと考えて、


「魔王のことはこっちで見てるから、サラスのこと頼んだよ、師匠」


 それだけ告げてパールたちと合流する。


「じゃあ、またね、パール。病気、ちゃんと治してね」

「あんまり好き嫌いするんじゃないわよ。そんなんじゃ治るもんも治んないわよ」

「うん、ちゃんと治す。好き嫌いもしないようにがんばる。だから……」


 そこでパールはもじもじと何かを言い淀んでいた。

 やがて決心したように顔を上げると、


「だから、離れ離れになっても、嫌いにならないで」


 それはどこから来た言葉だったのか、武蔵は知っていた。カルナも気付いたし、そのときいなかったサラスも恐らく察しただろう。

 それでパールがどうして離れ離れになることを嫌がったのかわかった。


『……パールが、私と一緒にいたいと思ってくれていることは、とても嬉しいです。

 ……ですから、どうか、その気持ちを、他の人にも、そしてこれから出会う人たちにも向けてあげて下さい。

 それが、きっと、命を大切にするということです』


 それはパールのお母さんだったサティが残した言葉だ。


 きっとパールは一緒にいられなくなることで大切にできなくなるのではないかと恐れたのだ。


 だけどそれだけではないことも、パールはもう十分に理解しているはずだ。


『私がいなくなっても、どうか、私のこと、嫌いにならないで下さい』


 パール自身がサティの最期のお願いにどう返事したのか。


『そんなの、サティのこと、ずっとずっと、大好きに決まってるよ』


 気付けばサラスは優しくパールを抱き締めていた。


「パール……。

 私たちはレヤックじゃないけど、パールが私たちのこと、とても大切に想ってくれてるの、わかってるよ。

 離れ離れになっても、それは変わらないって、わかってるよ。

 レヤックの力じゃなくても、離れてても想いは届くんだよ。パールにも伝わってるよね?」

「……うん」

「ならね、心配しなくていいの。パールは元気になって戻ってきてくれればいいんだよ」

「――うん」


 二人の姿を見て、サラスの言葉を聞いて、武蔵は思うのだ。


 ――サラスには敵わない。


 それはカルナも同じだったようで、彼女はパールに言葉を残すより、武蔵に向き直って、


「ホントに大事にするのよ?」


 昨晩の最後の言葉をさらに念押ししてきたのだった。

 言われなくてもそのつもりである。




 いよいよキャンピングカーに乗り込むと、スラはようやくかと言わんばかりにアクセルを全開にして走らせ出した。

 窓から乗り出して手を振るが、同じように振り返す姿はあっという間に見えなくなってしまった。


 それでも名残惜しさでいつまでもムングイの方角を見ていたが、やがてパールが、


「あ、そうだ」


 と思い出したようにポケットから何かを取り出した。優しく握られたそれはパールの手で隠されてしまっていて、武蔵には何なのかわからない。


「あのねムサシくん、手を出して」

「ん? なんかくれるの?」

「いいから。あ、右手じゃなくて、左手」


 ニヤニヤと笑うパールの様子に、虫かなにかで悪戯されるのではないかと警戒しつつも、武蔵は言われた通りに左手を差し出した。するとパールはその手を取って、持っていたそれを武蔵の薬指にはめた。


「えっ、パール、これ、どうしたの?」


 指の付け根に当たるこそばゆい感触に驚きつつも、武蔵はそれをパールに見せるように掲げる。

 それは花で作られた指輪だった。左手の薬指にはめてきたことからして、結婚指輪代わりだろう。


「パティたちがね、はなむけに作ってくれた。ムサシくんも、ほら、こっち付けさせて」


 もう一つ同じものを武蔵に手渡すと、パールは自分の左手を差し出してきた。結婚式で指輪の交換をする話はした覚えがある。恐らくそれを真似ているのだろう。

 驚きに戸惑うも、また同時に感動もしていた。せっかく見つけてきた歯車が指にはまらないと気付いたパールは、ネックレスにしてくれたサラスに礼を言いつつも残念そうにしていた。たぶんそんなパールを想っての餞別なのだろう。


「ねえねえ、早く」

「ああ、ごめんごめん」


 パールの手を取って、花が崩れないように丁寧に花輪をはめてあげる。

 恐らく武蔵と同じような感動があったのだろう。パールは嬉しそうにそれを見つめていた。

 武蔵も改めてその花輪を見つめる。

 結婚するにはまだまだ早すぎる。傍から見ればおままごとの延長線上のことなのかもしれない。だけどそれでも何とも言い難い感情が武蔵の胸を込み上げてくる。


「……大切にしような」


 花の寿命は短い。さもすれば簡単に崩れてしまう。

 しかしパールはあっけらかんとした声で言う。


「あ、ううん、いいよ。どうせすぐにしなびちゃうから」

「え、そういうもん?」

「うん。パティがそう言ってた。

 それに永遠に残るものはこっちがあるから」


 そう言うとパールは嬉しそうに武蔵とお揃いの歯車のネックレスを掲げた。指輪にできなかったのは残念だったけど、案外それは気に入ってるようだった。


「そういうもんかな……」


 ただそれでも武蔵はあまり納得しない。せっかくの貰い物なのだから、例え儚いものだとしても大切にすべきだと思う。


「うん。すぐにしなびちゃうから、また新しいの作ってくれるって」

「……ああ、そういうことか」


 つまりこれには「早く帰ってきて」という想いも詰まってるということだ。しなびたらまた会えるというような願掛けもあったのかもしれない。ミサンガのような意味合いが強いのだろう。

 だけど実際にはパールはいつまでも嬉しそうに指輪を見つめていて、とても大切にしないなんてことはなさそうだった。


「……早く良くなって、帰って来ような」

「うんっ」

「……帰って来よう」


 いろんな人の想いを背負っているような気がして、武蔵はもう一度繰り返し「必ず帰ろう」と強く決意した。


 ――しかし武蔵ほど帰ることが困難になる人間はそういない。

   元の世界への帰還がそうだったように、武蔵はムングイへもまた帰れなくなってしまうのだった。

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