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第111話 反逆のヨーダ

 ロースムとの交渉から数週間が経った。


 サラスたちとの別れを嫌がるパールも「元気になれば戻って来れるから」と言って、渋々承諾していた。

 もちろん本当に戻れるかなんてわからない。レヤックであるパールにはそれが方便であることは百も承知だろう。だけど武蔵が本気でパールの病気を治したいと考えることは伝わったのだと思う。


「ほんとに魔王のところに行くつもり?」


 いよいよムングイ王国の生活も最終日となり、荷支度の確認をする武蔵に対して、最後の最後までそう引き留めたのはカルナだった。

 荷支度と言っても、この国で生活するようになってからの一年間で増やした私物はほとんどなく、一緒に連れていくことにしたサティとウェーブのバラバラになったパーツを丁寧に梱包するのが主な支度だった。


「パールを治療する手立てが他にないからな」

「……そんなことわかってるわよ。

 だけど、魔王がなにか企んでるかもわからないじゃない。クリシュナだって利用されて……」


 牢屋に幽閉されているクリシュナは、未だなにもしゃべらないでいる。それは黙秘しているというよりも、しゃべる気力さえ――それどころかもう生きる気力さえないという雰囲気だった。

 同じように魔王に捕まり、もしかしたらクリシュナと同じ運命を辿っていたかもしれないカルナが、武蔵たちを心配する気持ちはもちろんわからなくはない。


「それでも、やっぱりパールを治療する手立てが他にないから」


 結局はそれが全てだった。そして武蔵がそう言う以上は、誰も他になにも言えなかった。


「……あんた、パールに操られてない?」


 しかしカルナだけは違った。

 荷支度の手を止め、カルナを見る。

 それでも納得できないと、唇を噛んで――しかし口に出した言葉が失言だったと感じたのか、カルナは慌てて武蔵から目を反らしていた。


 その態度があまりにも珍妙で、武蔵は思わず笑ってしまった。


「な、なによ……」


 まさか笑われると思わなかったのだろう、カルナは本当に怪訝なものを見たと言うような顔をする。


「いいや、ごめん。あんまりにも突拍子もないこと言うから、ついね」

「……突拍子ないかしら? だって……パールはそういうことができる呪術師で……」

「でも、パールはそういうこと絶対にしないよ。むしろそれはパールが一番嫌がることだよ」


 それでお母さんを殺してしまった。

 ウェーブとサティともう一人のウェーブ。

 パールの大切なお母さんたちを殺してしまった忌まわしい行為。

 きっとパールはそれを絶対に許しはしない。だからこそパール自身が普段からその力を抑えている。


「よく、わかってるのね?」

「わかるさ。だって好きだから」

「―――――」


 恥ずかしげもなく、誤解を恐れることなく、武蔵は純粋に心から、パールのことを好きだと口にした。

 首から下げた結婚指輪に触れる。

 一緒に生きると誓ったのだ。今更誤魔化すつもりもなかった。


 パールのことが好きだ。


 もちろん真姫のことは今でも大切だった。それは女々しい未練なのかもしれない。

 だけどサラスに真姫のことを話してから、どこか吹っ切れたような気持ちが武蔵にはあった。

 この気持ちに整理がついたわけではないが、それでも真姫を理由にしてパールに対する気持ちに嘘を吐きたくなかった。


「あ。でも、出会ったときに比べて、カルナのこともわかるようになったよ」

「……え?」

「きっと出会ったばかりの頃だったら、パールに操られてるなんて言われたら、きっと怒ってた。だけど何となくそれは本心じゃないよなって思ってたら、カルナも気まずそうにソッポ向いてるからさ。ああ、こんなにわかりやすい奴だったんだよなカルナってって、思わず笑っちゃった」


 武蔵に指摘されたことが恥ずかしかったのか、赤面するカルナ。

 それが面白くてついついニヤニヤと笑ってしまいながらも、こんなやり取りもきっと最後になるかもしれないと思うと淋しく感じた。

 武蔵は改めてカルナに向き直り、右手を差し出す。


「思えばこの世界に来てから、カルナが一番本音で話ができた。今までありがとう」


 カルナはどこか淋しそうな顔で、差し出された手と、武蔵の顔を交互に見る。

 それでも差し出した右手を握り返してくれるかと思えば、


「……ハァ……完敗」


 盛大に溜息をついて、そして差し出した右手を全力ではたいた。


「いいわよ、あんたはパールと一緒に、どこにでも行けばいいわ。

 ばーか。パールのこと大事にしなさい」


 そのまま逃げるように部屋を飛び出していった。


 握手を求めただけなのに、どうしてそうなったのか全くわからない武蔵だったが、しかし手のひらにじんわり感じる痺れと最後の言葉はなんとなく、気難しいくせに素直なカルナらしいなと思って、「ありがとう」ともういない彼女へもう一度感謝の言葉を送った。




 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




 舌を噛み切る。頭を打ち付ける。衣服で首を括る。

 監視のない牢屋ではいくらでも死ぬ手段はあった。

 クリシュナがそうしなかった理由はたった一つだった。


『――オレは、オマエの姉を見捨てたんだ!!』


 一矢報いてやろう。クリシュナが姉を超えた証明は、もうそれでしか示せなかった。

 食事に付いてきたフォークを服の下に隠し、クリシュナはいつかヨーダが牢屋にやって来るときを虎視眈々と待ち受けていた。


 果たしてそのときはようやくやってきたことを、クリシュナはいつもと違う二つの足音で気付いた。


「クリシュナ――と呼んでもいいかな?」


 足音の一つは、クリシュナが拘留された牢屋の前に立つや否や、そう訊いた。


「呼ぶのは構わないっすけど、まずは自分から名乗ったらどうっすか?

 それとも有名人だから知られてて当然って感じっすか?」


 少ながらずクリシュナは驚いていた。しかし究めて興味ない振りでクリシュナは答えた。


「オイオイ……」

「いいの、ヨーダ。

 確かに、無礼は詫びるわ。私はムングイ王国国王代理のサラス。私のことは気軽にサラスと呼んでいいわ」


 足音の一つはてっきりカルナだと思っていたが、そうではなくこの国のお姫様直々の面談だった。

 運がいいと、クリシュナは思う。

 ムングイ王国に攻撃を仕掛けたクリシュナは良くても処刑は免れない。だからこそ事を成すには、その瞬間しか機会はないと考えていた。しかしヨーダ相手では分が悪い。クリシュナに同情を寄せる彼の娘のカルナならばと考えていたが、彼女もまた戦士である。いくら油断を突いてもあの綺麗な顔に傷を負わせるのが精々になってしまうのではと危惧していた。

 クリシュナの元々の目的はムングイ王国を滅ぼすことだ。それはヨーダに対しての報復にもなる。ムングイ王国のお姫様なら、これ以上の獲物はない。


「んじゃ、気軽にお姫様って呼ぶっすよ。

 ねーねーお姫様、ウチをこんな鳥かごに閉じ込めて、優しく飼育してくれるっすか? そして肥えて油の乗ったところで鳥の丸焼き(アヤム・ブトゥトゥ)にして食べてくれるっすか?」


 何をしに来たのかわからないが、クリシュナとしてはこの場で処刑という運びになってくれる方が好都合。なるべく挑発になる言葉を選びながら、慎重に服の下に隠したフォークに手を伸ばす。


「なあ、ホントにいいのかよ……?」

「今更反対するの? ヨーダだってそれもありだって言ってくれたじゃないの」

「もう少し時間が経ってからの方がいいとも言ったぜ?」

「それまで本当にここで飼育するって言うの?」


 ――……えっ、まさかホントに丸焼きにして食う気っすか?


 コソコソと不穏な雰囲気で行われる二人の相談事が、自ら口にした挑発に同意するようにも聞こえ、クリシュナは予想外の反応に慄いた。


「と、とにかく!! 処刑するなら、早くすればいいっすよ!!」


 そんな臆病風を吹き飛ばすつもりで、クリシュナは大声を上げる。

 なんとも雑な長髪になってしまった。それでも効果があったのかサラスとヨーダは顔を見合わせて、最後にヨーダが諦めたように溜息混じりで「……どうぞ」とサラスを促した。


「……クリシュナ、貴女にはこのムングイにおいて、建物を壊し、住民を脅かした責任があります」


 クリシュナの罪を口にするサラスに、ようやくかと言う気持ちと共に覚悟を決める。

 つまりはこれはサラスが国王として、罪状を言い付け、処刑を実行する場なのだ。


「その責任を果たすべく、ムングイ王国国王代理サラスより、貴女に責務を言い渡します」


 クリシュナを処するためにヨーダが牢を開け近付いたときが、彼女にとっての最後の好機である。

 ヨーダの脇を抜けて、サラスに迫り、そして彼女の胸にフォークを突き立てる。そんな段取りを思い浮かべながら、その瞬間を今か今かと待つ。


「貴女に、これより、ムングイ王国騎士団副団長を任じます。以上」

「……えっ?」


 カランと乾いた音が響いて、それが自分がフォークを落とした音だと気付くまで、しばらくかかった。

 サラスは音の発生源に目を向け、一瞬だけ困った顔を浮かべながらも、


「じゃ、じゃあ、ヨーダ、あとは任せるの」


 それを見なかったことにするように、ヨーダに手短に告げて、そそくさと牢屋から出ていこうとする。


「ちょっ! ちょっと、待つっす!! ふ、副団長!? 副団長ってどういうことっすか!?」

「どういうこともなにも、言った通りだよ」

「ありえないっしょ!? 普通どう考えても処刑っすよね!?」

「それも考えたけどね……海に残ったままのあの巨大ゴーレム動かせるのも、貴女だけでしょ? あれがあのままだと国民がみんな怖がるの。とりあえずあれを城まで運んで欲しいかな」

「そんな理由っすか!?」

「うちってほら、人手不足なの。だから使える人は一人でも欲しいなって思って」

「だからって敵だった人間をこんな簡単に引き抜くんすか!?」

「諦めろよ、コイツ言い出したら聞かねぇから。すでに裏切り者が団長やってる時点で、あと何人入ろうが一緒だろ」


 さすがに見かねたのか、ヨーダが横から口を挟むと、サラスはこれ幸いとばかりに「任せるのー」と言って逃げ出してしまった。

 残されたヨーダは、今度は盛大に溜息をついていた。


 やや毒気を抜かれてしまったが、それで本来の目的を思い出したクリシュナは、取り落としたフォークを慌てて拾うとそれをヨーダへと構えた。


「ああ、ああ、それがいいさ。オマエの姉ちゃんを見殺しにしたのはオレだからな。狙うならサラスでもカルナでもなく、オレを狙えばいいさ」


 どうやら最初からフォークの存在には気付いていたようだ。

 ただまだ鉄格子越しだからか投げやりな言葉をかけると、その場で胡坐をかいて座り込んだ。


「……余裕の態度っすね。ウチじゃ相手にならないってわけっすか」

「アルクじゃねぇんだから、オレだって不死身じゃねぇよ。確かにそんなフォーク一本で殺されたりしねぇけど、オマエの持ってたコレなら当たり所が悪きゃ死ねるさ」


 そう言ってヨーダが取り出したのは、クリシュナが所持していたピストルだった。

 確かにフォークなんかとは違う。鉄格子の隙間からでも相手を殺すことのできる殺傷能力の高い武器だ。

 クリシュナは一歩後退りながらそれが使われることを警戒した。素人が使ったところで簡単に当てられないことはわかっているが、それでも自分の持ち物だっただけにその脅威はわかる。


「……それも今じゃ旦那に奪われてるっすよ」

「後で返してやるよ。オマエがオレの頼み事を聞いてくれんならな」


 既にサラスから副団長を命じられている。その上でさらに何を頼むと言うのか。


「……返してくれたら、お礼に弾だけは差し上げるっすけど?」

「オウ、オレの頼み事を聞いてくれた後ならそれもいいぜ」


 これも相手の様子を覗う挑発のつもりだったが、ヨーダは笑って受け流していた。

 とりあえず聞いてみる価値はあるかと、クリシュナはフォークを置いて座った。もちろんいつでも手に取って襲い掛かる心構えだけはしておく。

 その様子を見たヨーダは、良しと太腿を叩いて話を始めた。


「実のところ、オマエを騎士団に入れろとサラスに提案したのはオレでね。ウチの騎士団の連中はもうてんで腑抜けばっかりでな、オマエがあの巨大ゴーレムで街をぶっ壊して回ってるってのに、誰も戦いに出やがらねぇ。情けないね、まったく」


 それで戦力として入団して欲しいでは、先ほどサラスからは言われた「人手不足」と全く同じ話である。改めて頼み事がそれでは拍子抜けだ。恐らく続きがあるだろうと、クリシュナは続く言葉を待つ。

 しかしヨーダは突然ピストルをクリシュナ目掛けて構えた。

 心臓が凍り付くほどの恐怖を感じて、クリシュナは身を屈めて射線上から逃げる。


「オっ、いい反応だ」

「……ふざけないで欲しいっすけど。頼み事が死んでくれって言うなら、こんな遊び事はやめてとっとと処刑してもらいたいっすけど」

「悪い悪い。けどな、別に遊んでるわけじゃねぇよ。オマエがコイツから逃げたってことは、これの脅威を知ってるってことだ」


 何を当たり前なことをと、ますます訝しむクリシュナにヨーダは続ける。


「それをウチの騎士団共に教えて欲しい」

「……ああ、そういうことっすか」


 ようやく合点が言ったと、クリシュナは皮肉な笑みを浮かべる。

 つまりヨーダはこう言っているのだ。

 ムングイ王国騎士団にピストルの扱い方を教えて欲しいと。


 魔王と戦おうとしているのだろう。

 そのためにも騎士団の底上げは必要不可欠だ。

 その点で言えば従来の剣や斧と言った近接武器から、誰でも簡単に扱えるピストルに鞍替えするのは手段として近道だ。


 魔王を倒す手を貸しつつ、その実でヨーダの背中を狙う。

 それは今までムングイへ魔法の杖を運びながら魔王を裏切るきっかけを伺っていたのと何が違うと言うのだろう。

 立場を逆にしたところで、やることは全く同じである。


 皮肉な笑みは、ヨーダに向けたものではない。

 クリシュナは結局、またこういう役割を与えられるのかと、自分自身に対して笑ったのだ。 


 だけどそれも良しとクリシュナは思った。

 今度は姉を見捨てたヨーダは見限り、それを以って姉を超えたことを証明するのだ。


「――いいっすよ。ウチが魔王を倒すための武器の使い方ってのを教えあげるっすよ」

「あー、いや、違う違う。別にアルクを倒すのが目的じゃねぇ」

「うん?」


 話の意図が読めずに眉を顰める。

 この島にはムングイと魔王の二つの勢力しかない。

 相手がアルクじゃないとするのなら、一体誰と戦うと言うのだろう。


「騎士団の増強をしたら、サラスを(・・・・)国王の座から(・・・・・・)引き摺り降ろす(・・・・・・・)

 オレは今のこのムングイに反逆して、オレが王になる。その手を貸して欲しい」

「―――――」


 別に悩むことなんてなかった。


 この島にはムングイと魔王の二つの勢力しかない。


 戦う相手が魔王でないのなら、必然的に相手はもう片方しかいない。


「――ふ、ふふふ、ふふふふふふ」


 クリシュナは思わず笑いが込み上げてきた。


 姉を見捨てたヨーダに一矢報いてやろうと思っていた。

 それさえできれば死んでも構わないと考えていた。


 しかし今はそんなこと一切考えられない。


「いいっすよ。その頼み、確かに聞き受けるっす」


 ヨーダがムングイを占領した暁には、そのヨーダを殺して自分がムングイを乗っ取る。

 そうすれば姉だけではない。この国の全てを超えた存在だと証明できる。


 これは面白い想像だと、クリシュナは笑いが込み上げてくるのを止められなかった。

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