表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
111/239

第110話 サブスチュートの心

「Wake Up,ケイ」


 意識が浮上していく。

 誰かに無理やり起こされるとは、こういうことなのかとサキは思った。

 頭が重いだとか、身体がだるいだとか、そんな症状はない。それでも憂鬱感はだけは覚えた。

 起きたくないと思うのは、きっと嫌なことが待ち構えている予感があるからだ。


 それでも言われた通りに目を覚まし、そして目の前にいる愛しい人に朝の挨拶を返す。


「――おはようございます。お兄様」


 ”あの人”は微笑み返していた。

 その笑顔がとても怖いと感じた。


 その恐怖の理由は、すぐに気付いた。

 起き上がろうとしても腕を動かそうとして――両腕がないことに気付いた。

 両腕だけではない。両足もなくなっていた。

 上体くらいは起こすことはできるだろう。だけでこれでは芋虫のように這うのがやっとだ。


「君には悪いのだけれどもね。簡単には動けなくさせてもらったよ」

「――そうですか」


 それに対して特に抗議するつもりもない。

 これが”あの人”に黙って勝手をした報いなのだと言うのなら、サキは甘んじてそれを受け入れる。


 だから恐怖したのは、手足をもがれたことではなく――


「一応訊いておこう。どうしてムングイに侵攻したのかな?」

「――わたくしは……」


 自分の気持ちを知られて、”あの人”に愛想を尽かされることが何より怖かった。

 答えることなんてできるわけがない。


「バリアンを殺して、元の世界に帰る手段を絶とうとしたのかな?」

「―――――」


 しかし黙した気持ちさえあっさりと暴かれる。

 全て知られていた。

 バリアンがあの壁を越える鍵なのだと――。

 バリアンさえ殺してしまえば、もう”あの人”は帰ることができない。

 ”あの人”を帰れなくするために、サキはロボク村に核爆弾を運ばせ、ムングイに攻撃を仕掛けたのだ。 


 帰りたいと望む”あの人”の気持ちを、サキが裏切っていたことを知られていた。


 それに驚きはない。

 ただ今更ながら隠し切れていると思い込んでいた自分が情けなく思う。所詮は偽物であることを強く意識する。


「いつから……お気付きになられてましたか?」

「可能性の話しなら、最初から考えてはいたさ。

 ”ギフト”で分類するにしても、バリアンとレヤックの二つだけがあまりに突出してるからね。そこに可能性を見出さないわけがない。

 私がどうしてレヤックの研究を始めたのだと思う? たまたまレヤックの娘が先に手元に来たからさ。

 ヨーダ団長にしたって、好きにニューシティ・ビレッジとムングイを出入りさせてたのは、いつかバリアンの娘との仲介をお願いするためだよ。

 そう言った意味では、今回、君の行動のお陰で、私の計画は数年縮んだ。感謝しているよ」


 これにはさすがに驚いた。


 全て水面下で動いていたつもりが、結局は”あの人”の手のひらの上だった。

 しかし例え”あの人”の手のひらの上だったとしても、サキにとってそれはそれで構わなかった。


 サキが何よりも驚いたのは、


「わたくしが、元の世界に帰りたくないと考えていたのは、どうでもよろしいのですか?」


 その点に一切に触れないことだった。

 バリアンが元の世界に帰る手段だということは、この際サキにはどうでもいいことだ。

 ただ心を痛め、恐怖していることは、自分のことをどう思っているのか、その一点のみだった。


「なにを言ってるんだい? 君がサキに会うことを臆しているのは最初から知ってるよ」

「え――」

「でも、それでも会って話をしたいと言っていたのは、君じゃないか、ケイ(・・)

「―――――」


 ――ああ、そうでした。


 一瞬だけ期待してしまった。

 もしかしたら偽物でも構わないと彼は言ってくれたのではないかと。

 子供さえ生むことのできない、機械の身体でも構わないと――。


 だけど、そもそも彼は、サキが生まれてから一度として、彼女のことをサキとして見てはいなかった。


「――わたくしは、サキです。ア――アルク! 貴方の妻、サキの代用品(・・・)です!」

「……………」


 彼を愛するように造られた。

 彼の妻の代わりとして造られた。

 彼が元の世界に残してきてしまった妻の代わりに、彼を愛するようにと造られた。

 だけど代用品は所詮は代用品で、本物がいては意味なんてない。


「しかし貴方が元の世界に帰れば、本物のサキが待っております。

 わたくしは、この世界だからこそ、存在価値があるのです。

 わたくしは、貴方に元の世界へ、帰って欲しくないのです。

 わたくしは、貴方とここで、ずっと、暮らしていたいのです!」

「……………」


 この想いも造られたものなのかもしれない。

 だけどそれはサキの本心だった。

 知られるのが怖いと、乙女のように抱え込んできた、人間らしい恋心だった。

 張り裂けるような心臓はないけれども、それでもサキはないはずのそれが痛むのを感じながら、アルクへ告げた願いの回答を待った。


「……そうか、君は……」


 微笑んでいたアルクは今はいない。ただ前髪で顔を隠すように俯いた。


「君がバリアンに攻撃を仕掛けようと考えられたことが一番不思議だった。

 本来はそれは君自身が定めたアンドロイドたちの原則に反するからね」


『バリアンに危害を加えてはならない」


 それだけがアンドロイドたち全てに与えられた、たった一つの決まり事だった。


「君は……人間に(・・・)戻りたかったんだね(・・・・・・・・・)

「―――――」


 アンドロイドはバリアンを決して殺せない。

 逆説的に言えば、バリアンを殺せればアンドロイドではないということだった。

 それはアルシュナに頼った計画だった。しかし例え自ら直接手を下せなくても、自らの企ての中で殺すことができるのであれば、それは本物のサキになり得るかもしれないという可能性を見出せる。

 ――サキにとっての希望になり得た。


「君のラボを見たよ。私が見限ったレヤックの研究を引き継いでいたんだね。ウェーブの遺体を冷凍保存していたけど、もう一人パールを造ろうとしていたのかな?

 頻りに精神転送の実験をしていたのは、人間の記憶をアンドロイドに転送できるのなら、逆もまた可能ではないかと考えたといったところか。実に迂曲なやり方だね」

「わ、わたくしは――」

「君はケイだよ」

「――っ!?」


 アルクは泣き出しそうな顔のまま、サキを見据えて繰り返した。


「君は間違いなくケイだよ」

「――ち、違います! わたくしは貴方の妻のサキです!」

「私が今まで一度でも、君たち二人を間違えたことがあったかな?」

「あ――」


 それを否定したくなかった。

 サキは自分でもわからなかったが、アルクが口にしたことだけはどうしても否定したくなかった。だからサキはただ口を閉ざす他なかった。


「――大丈夫だよ、ケイ。何も心配いらないよ。

 約束通り、君と二人で、サキのところに帰ろう。

 だからそれまで、おやすみ(・・・・)

「――待って下さい! あな……」


 起こされたとき同様に、急激に意識が遠退いていく。

 死にも近い恐怖を感じる。

 もうこれで彼と話をすることができないのではないかという想いに駆られて、必死でその意識を手放すまいと歯を食いしばる。


「――ああ、でも、もし本当に君がケイとしてそれを望むなら、私はそれでも構わなかったのだよ」


 それは懺悔のような呟きだった。

 サキはその言葉の意味を考える暇もなく、抵抗空しく虚無のなかに落ちていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ