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第107話 挿し木の条件

 驚きよりもやっぱりかという気持ちのほうが強かった。

 サラスでさえ、魔王と会ったことがなかったと言う。

 それが今になってムングイに訪れた理由は、それまでになかったものがそこにあったからだ。


 サラスも、ヨーダも、二人して武蔵の顔色を伺った。


 それは以前、武蔵が魔王に(くだ)ろうとしていたからだ。

 帰るためにサラスたちを裏切ろうと考えていた。


 しかし、今は――


「……俺に近付いたのは、俺を仲間に引き入れるため?」


 武蔵は判断を保留にした。

 武蔵自身、今となっては帰りたいのかそうじゃないのか、自分の気持ちがわからなくなってしまっていた。


「君には悪いが、君が私のそばにいたところで、私の目的に大した意味を持たないよ」


 しかしロースムの返事は、武蔵からしてみれば意外でもあり――ショックなものでもあった。またショックを受けている自分に驚きもした。それはまだはっきり帰りたいと自分が望んでいる証だった。


「君は、この場所がどこなのかわかるかな?」

「……この場所?」


 ロースムの問いは抽象的だった。

 短絡的に答えてしまえば、ここは「ムングイ」という場所だ。あるいは武蔵からすれば現実の世界とは違う「異世界」だった。

 だけど抽象的な問いかけとは別に、そこには具体的な答えがあるように思えた。

 それはつまり、この場所が武蔵も知っている場所なのだ。


 ――つまり、ここは地球で、俺も知ってる場所で……つまりは未来……?


「君の考えは間違っているよ」

「えっ?」


 まるでレヤックのようだ。武蔵の心を読んだかのように、ロースムは断定口調で武蔵の考えを否定した。

 そして続ける。


「私は知っているよ。この場所がどこなのか。

 ――そして元の世界に帰る方法も」


 ――帰る方法を、知ってる? それは……。


「――異世界転移実験……魔法の杖?」


 だけどそれはサキが否定した。

『異世界転移実験は二十七回を数え、最早なんの意味もなかったことを十分証明しました』

 そして魔王自身も諦めかけていると――。


「……確かに、魔法の杖も手段の一つではある。

 私たちはあれによって、この場所にやってきたのだからね。条件さえ揃えば帰ることは可能さ。

 ……しかしあれはあくまでも確実性の薄い一つの手段でしかないからね」

「――一つの手段?」


 ――それはつまり別の手段があるってこと?


 そのとき――。


「――サラス?」


 サラスが何かに驚いたように、椅子を蹴って立ち上がった。

 そこにあるのは怒りなのか、それとも絶望なのか――顔面を蒼白にさせ、目を見開いて魔王に見つめていた。


「――大丈夫か?」

「……え、ええ……大丈夫よ」


 武蔵の問いに我に返ったのか、サラスはそのまま何事もなかったように、大人しく椅子に座り直していた。

 変な質問をしてしまったと思う。その表情はどう見ても大丈夫じゃなかったし、そもそもそれは無理もないことだと思う。自分たちを苦しめていたことが「確実性の薄い一つの手段」と切り捨てられたのだ。今までの自分たちの苦しみは何だったのか、怒りに我を忘れたって不思議じゃない。


「……………」


 ロースムはそんなサラスの様子を、まるで値踏みするように見つめていた。

 僅かばかりの沈黙が過ぎて、そしてやっぱり口を開いたのはロースムだった。


「……私もいつまでも確実性の薄い手段に固執するつもりはないさ。

 さて、バリアンの娘――そこで提案なのだけれども」


 いつまでもサラスを見据えていた。

 サラスはそれに怯えて身を竦めながら、それでもロースムの続く言葉を待った。


「武蔵君と、パールの身柄を預からせてもらえば、今後一切、魔法の杖を使用しない。

 それが私から君たちへの交渉材料さ」

「――魔法の杖を――使わない?」


 それはサラスたちにとっては願ってもないことだった。

 今までどれだけの犠牲を強いられてきたのか。

 今までどれだけの悲しみを背負ってきたのか。

 それは全て魔法の杖と呼ばれる核兵器によるものだ。

 それを止めるために、サラスたちは戦ってきたのだ。


 それが、今、ここで終わる――。


「――ムサシ」


 サラスが武蔵を見つめた。

 小刻みに動く瞳孔には、明らかに葛藤の色が見えた。

 武蔵とパールを魔王に差し出せば、彼女の悲願は達成する。何を迷う必要があるのだろうか。

 だけど、そこにもし疑念があるのなら――


「オイ」


 今まで事の経緯を黙って見守ってきたヨーダが、ここに来てようやく口を挟む。


「どうしてオレらが、そんな甘言を信用できると思うんだ?」

「どうしても信用できないと言うのなら、アンドロイドたちの命令権をバリアンの娘と武蔵君に与えてもいいけれども?」

「……正気か、テメェ?

 ……いや、そういう話じゃねぇ。テメェがさっき言ったばっかりだろうが。ムサシがいたところで、テメェには意味ねぇんだろ。なら、どうしてムサシを欲しがる?

 娘のパールだって、テメェは一度見捨てたんだろ。それを今更、なにが目的だって聞いてんだよ」


 至極、当たり前の疑問だった。

 武蔵としても、ロースムからパールの名前が出たのは意外だった。

 パールは、父親だと言うのにロースムの容姿すら知らなかった。その他の言動から見ても、パールが生まれるよりも前に母娘揃って捨てられたとみて間違いない。

 ヨーダがあえて「娘のパール」と協調して言ったのも、きっと同じように娘を持つ父親として、それが許せないことだったからだろう。

 しかし武蔵は昨晩、既にロースムとパールの話をしていた。そのときの会話にも、今までの魔王の印象にはない、魔法の杖の毒に侵された娘を気遣う父親の姿があった。

 母娘を捨てたことには間違いはない。だけど娘を想う姿にも、やはり嘘はないように思えた。


「一つだけ訂正させてもらうと、パールは私の娘ではないよ」

「は――」


 しかしその父親は、その姿をあっさりと否定してみせた。


「そもそもあの子には父親なんていないよ。

 それはもう亡くなっているという意味でもなく、文字通り最初から(・・・・・・・・)あの子には(・・・・・)父親がいないのさ(・・・・・・・・)


 意味がわからないとサラスとヨーダが顔を見合わせている隣で、武蔵はロースムの言葉に言い知れぬ寒気を感じた。

 それ以上は聞いてはいけないと直感が告げている。しかしロースムの口を止めることはできなかった。


「あの子は、レヤックの能力を最大限に高めるために私が作った、レヤックの女の複製人間さ」

「―――――」


 毎朝「起きて」と声を掛けていたのだ。思い返す必要もないくらいに、その顔は脳裏に浮かぶ。

 パールとウェーブとサティの三人はよく似ていた。誰がどう見ても母娘なんだと分かるくらいによく似ていた。

 ウェーブもサティもアンドロイドだ。娘であるパールに多少は似せた可能性もあった。

 しかしロースムが口にした技術はもっと別のもので――武蔵はそれを聞いたことくらいあった。


「――クローン」

「おや、どうやら思っていたよりも博学だね。いや、君の時代には一般化されてるのかな?」

「……だ、だけど、ウェーブは、お腹を痛めて産んだって……」

「ホムンクルスと混同しているね。クローンがフラスコの中で育つと勘違いしている人もいたが、君もそれと同種の人間かな?

 クローンだって胚を育てるための子宮が必要さ。

 それが体細胞の提供者と同一である必要はないのだけれども、今回はたまたま同じだったというだけの話さ」

「―――――」 


 背筋に悪寒が走る。それがどんな感情から生じたものか、武蔵は自分でもわからなかった。


「――ムサシ!?」


 しかし気付けばテーブルを乗り上げて、ロースムの襟首を掴んでいた。


「君が怒る理由も分からなくはないよ。

 しかし生まれ方はどうあれ、あの子はそうやって作られた命だ。そうやって作られなければ生まれてこなかった命だ。

 それに怒りや嫌悪を覚えるということは、今すでにあるあの子の命を否定することだと私は思うけれども、君はどうだろう?」

「―――――」


 それは詭弁だ。

 しかし武蔵には否定することができなかった。

 パールのことを否定するなんてできなかった。

 武蔵は無言のまま、ロースムを引き寄せていた手を離した。


「ありがとう。

 私もあの子が一つの命としてあることを認めよう」

「……………」


 自ら魔王だと名乗られても、どこかではロースムのことはやっぱり気のいいお兄さんではないかと信じていた。

 しかし武蔵は今ようやく実感した。こいつは魔王だと。


「だから、私はあの子のことを救いたいと思う。

 魔法の杖の毒を治療する術を、私は持っている。

 パールの身柄を預かりたいのは、あくまでも私があの子を治療したいからさ」

「……………」


 それは縋りついてでも手に入れたい願いだ。

 パールが助かるのなら、悪魔に魂を売っても構わない。


 サラスが言っていた。パールはもう助からないと。

 だけど魔法の杖の毒が武蔵の考えている通り白血病なのだとすれば、それは決して治らない病気ではないことを武蔵は知っている。

 元の世界よりも優れた技術を持つ魔王が、それを持っている可能性は確かにあった。


「……オイ、オレの質問には答えてくれねぇのか?

 パールを治療して、どうするつもりだって聞いてんだが?」

「どうもしないさ。人を救うのに理由がいるのかい?」

「テメェがそれを言うのかよ!?」

「強いて言うなら、これも私の利己心に由るものさ。

 武蔵君とパールの在り方は、私と私の妹を思い出す。

 私は妹を救えなかった――とても後悔しているよ。

 だから似たような境遇の二人を救いたいと考えたのは、ただ単に私の我がままさ」

「……………」


 昨晩、武蔵に語ったように、そこには本当に憂いの顔があった。

 そこに嘘はないのだと思う。

 ロースムと妹の間になにがあったのかはわからないが、彼が妹を大切に想っていて、悲しい別れがあったことは疑いようがなかった。


 ――だけど、どうしても受け入れられない。


 武蔵やサラスたちにとって、全てが望む条件だった。

 何一つとして首を縦に振らない理由がない。

 だけどどうしても信用できないのは、今までの彼の行いを知っているからだ。


 今まで魔法の杖によって犠牲になった者たちを想う――その絶望と怒りを抱えたサラスの気持ちを考えれば、武蔵はロースムの提案に対して容易には結論を出せなかった。

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