第104話 報い
実を言えば、巨大ロボットを倒すこと自体はそれほど難しいことではなかった。
それは"勝利の加護"による恩恵が多大にあったとは言え、それでもアンドロイドを相手にするよりもずっと簡単だった。
三度の転倒を経て、すでに満身相違だ。
動きに最初の清廉さはなく、見境なく振り回される質量に脅威こそあれ、躱すことは容易だった。
『人が乗れるぐらい大きなロボットを人型で作る必要性がない』
『これに人が乗って動かしたら乗り物酔いがすごい。遠隔操作した方がいい』
『関節部分が壊れやすい』
『巨大二足歩行ロボットは姿勢制御が難しい。すぐに倒れる』
今更、倉知の見識に驚く。
全て彼女の言った通りだった。
あんなものに人が乗っていられるわけがない。
関節は一太刀で軋み、まともに動かなくなる。
派手に動けば、すぐに転倒する。
それで武蔵はようやく気付いた。
それはきっと戦うために作られたわけではない。せいぜい荷物を運ぶ程度の――いいや、それにしたって平地では車の方が都合がいい。恐らくほとんど暇潰しに近い、きっと壊れても惜しくないくらいの気持ちで作られた粗悪品だ。
だからこそ、時間を稼ぐだけであれば何の苦もなかった。
策はいくらでもあった。
二人掛かりであれば、執拗に関節を狙って足を止め続けることだってできた。
ロープで罠を張って、転ばすことだってできた。
問題なのは、簡単にやり過ぎないことだ。
圧倒的な巨体でもって挑んでいるのに、まさか既に脅威を感じていないなんて知られれば、次の脅威に打って出る可能性が高い。
次の脅威とは即ち、最終兵器である。目盛りが壊れたように極端な振り幅だが、事実それを見せつけられては白旗を振るしかない。本来それの使用方法は抑止力なのだ。本来は使う前に決着をつけるための兵器なのだ。
だからこそ武蔵とヨーダはギリギリのところで逃げる体で移動していた。あくまでまだそれを使用するような局面ではないと思わせるために、こちらが苦戦していると思わせるために。
家々は倒壊して、大地は陥没して、木々は薙ぎ倒されて、徐々に追い詰められていると見せかけながら、着実に目的地へと誘導していく。
そして――
「師匠! 海が見えた! どうする!?
これ以上は、引き返さなきゃいけないけど!?」
「いいや!! あとはカルナとパールを信じる!! 全力で走れ!!」
勝てなくていいと言ったのはヨーダだ。
だから武蔵はもう自分の"勝利の加護"を信じていない。
その代わりにヨーダの判断に従ったし、何よりも「カルナとパールを信じる!!」と叫んだ言葉に、武蔵は強く背中を押された。
これは剣道の試合なんかじゃない。だからこそ一人で戦う必要はない。
仮に武蔵が負けるのだとしても、誰かが代わりに勝てばいい。
武蔵は二人が今何をしようとしているのか知らない。だけど、一人で戦っているわけではないという事実だけは、とても心強かった。勇気付けられる事実だった。だからこそ武蔵もカルナとパールを信じたのだ。
全力で走れという指示通り、武蔵はヨーダと並んで全力で走った。
目指すは海へ。これ以上、逃げることができない陸地の境界へ。
「ようやく追い詰めたっす!! 覚悟するっすよ――!?」
障害物もなにもない、広い砂浜。隠れることも、ましてや歩幅の違うロボットから逃げられるはずがないのだが――
「――っ!?」
巨体は砂浜に沈み、ちょっとした隆起に足を滑らせる。
バランスを崩したロボットそのまま転倒する。
「――えっ? えっ? なんでっ?」
手を着いて立ち上がろうとすれば、やはりその重みから砂に沈み込み、さらに巨体は傾く。勢いをつけて立ち上がろうにも、足を着けばやはり流砂はロボットを逃さない。
「……思った通りだ」
武蔵は考えていた通りの結果に、とりあえずの安堵の吐息を漏らす。
「なんで、この程度の砂浜で――!?」
クリシュナが困惑の声を上げながら、それでもどうにかロボットを立ち上がらせようと悪戦苦闘していた。
しかしもがけばもがくほど、その巨体は砂地に足を取られて、起き上がれないでいた。
確かに普通の人間であれば、この程度の砂地を歩くのは造作もないことだろう。
そしてまた両足がまだ無事の状態であれば、ここまで滑稽なほど、のた打ち回ることもなかっただろう。
しかし人間でさえも片足で杖を着いて歩くのも、砂地では難しい。それが巨大ロボットでは尚のことだった。
これであれば時間だけは十分に稼げる。
現に、もがくだけではどうにもならないと判断したのか、クリシュナは慎重に慎重を重ねて、時間をかけてロボットを立ち上がらせることにだけは成功していた。
しかしそこまでである。
「おりゃよっ!」
「――っ!?」
せっかく立ち上がったロボットは、ヨーダの馬鹿力による一撃でもって、簡単に腰砕けとなり、再び地面に突っ伏すことになる。
「クソっ! なんなんすかっ!? なんなんすか、これ!?
この程度で負ける!? こんな簡単に、呆気なく、ウチが負けるって言うんすか!?」
自棄を起こしたロボットは手足をジタバタさせるが、倒れ伏した体勢ではそれもただその巨体を砂地に埋めるだけでしかない。
立ち上がれなければ反撃することもできない。
その巨大な鉄くずはすでに脅威さえ感じず、むしろその姿に哀れささえ感じた。
「――終わったな」
勝負あったと、ヨーダはその大剣を鞘に納めていた。
「――はは、はははははは。あはははははははははっ。
まさか、コレで勝ったと思ってるんすか!? コッチには魔法の杖があるんすよ?
残念っすけど、アンタらが勝つことなんて、絶対にないんすから!
今すぐにでも爆発させたっていいんすよ?」
その通りである。
武蔵たちでは魔法の杖に勝つことは絶対にできない。
しかしその勝負はすでに諦めたことだ。
武蔵はあくまでも巨大ロボットにさえ勝てばよかった。
だって魔法の杖に勝たなくてはいけなかったのは、武蔵たちではなく――
「――それは嘘ね。だってあんた、魔法の杖を止める手立てはあっても、爆発させる手立てはないんでしょ?」
「えっ――?」
それは勝利宣言だった。
辺りに突如響いたカルナの声は、この場から発せられたものではなく、クリシュナと同じロボットから聞こえてきていた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
クリシュナに近付くことは容易だった。
カルナには到底理解できない機械の数々に囲まれて座るクリシュナは、頭全体を覆う大きな兜のようなものを被って、高笑いをしていた。そんなものを被っていては、近付く人間がいたって気付きようがない。
彼女は街からやや離れた位置にあった、廃墟同然のような家屋の奥にいた。パールがいなければ、探し出すのにもっと時間が必要だっただろう。
役目を果たしたパールは、今は家の外で休んでいるが、必要なことは既に聞いていた。
魔法の杖はすでに起動状態にあること。
しかしまだ止める手段があること――
「今すぐにでも爆発させたっていいんすよ?」
――またクリシュナが意図的に爆発させることができないこと。
そして彼女がピストルを所持していること。
大剣をムサシに渡してしまい、無手だったカルナは、クリシュナにゆっくり近付くと、腰に携えていたピストルを奪い――
「――それは嘘ね。だってあんた、魔法の杖を止める手立てはあっても、爆発させる手立てはないんでしょ?」
「――!?」
実のところピストルの使い方はよくわかっていない。
しかし以前、クリシュナから向けられた通りに構えてみせる。それが脅しの役割にはなるだろうと推測する。
案の定、兜を外したクリシュナは、カルナにピストルを奪われたと知ると、明らかに苦渋の表情で睨んできていた。
「――なんで嘘なんて言い切れるんすか? ホントに爆発させてやるっすよ?」
「無駄な脅しは止めなさい。こっちにはレヤックがいるのよ」
「……チッ、あのとき助けてやらなきゃよかったっすね」
それが何のことを言っているのかカルナにはわからなかった。
だけど、これでクリシュナの優位に立ったことはわかった。
「さあ、魔法の杖を止めなさい。でないとあんたも巻き込まれるんでしょ?」
「―――――」
おずおずとクリシュナが取り出したのは、ロボク村でも見た棒状の機械だ。見た目はほとんど同じだったが、それが魔法の杖の停止装置なのだろう。
クリシュナはそれをカルナに差し出すように前へ突き出す。
渡そうとしてるのかと思い、カルナもまた手を伸ばすと、
「――誰が渡すもんすか。これはウチが姉ちゃんを超えた証っす」
「――クリシュナ!?」
クリシュナはそれを突き出したまま、両手で掴んだのだ。
それがどれだけの強度があるものなのか、カルナにはわからない。しかしそうしてそれを壊そうとしているのだとは察する。
「――ウチは別にコレが爆発しようがしまいが、どうでもいいっす。
だけど、それを決めるのはウチっす!
魔王を出し抜いて、誰でもない、ウチが、姉ちゃんを超えた証として、コレを――!!」
「クリシュナ……あんた、アルシュナを超えてどうしたかったの?」
「えっ――」
アルシュナとクリシュナ。
どうしようなく似たもの姉妹だと気付けば、クリシュナが本当はどうしたかったかなんて、すぐにわかった。
「ウチは……ウチは……姉ちゃんを、見返すために……」
「……そうじゃないでしょ?
あんた、ほんとは、アルシュナのこと助けたかったのよね?」
「―――――」
それはカルナがサラスの助けになりたいと思って、強くなろうとし続けたように――
アルシュナがクリシュナを助けたいと誓ったように――
クリシュナもまた、アルシュナの助けになりたいと思って、強くなろうとし続けたのだ。
姉に助けられてばかりではなく、姉を助けられるように、強くなろうとし続けたのだ。
「――あ」
でも、それは果たせなかった。
無力だった自分が許せなくて、だけど諦めることはできなくて、いつかもしかしたら助けになれたのじゃないかと抗い続けてきたのだ。
「……あたしも、アルシュナのこと、助けたかったわ。
あんたと、三人で……助け合いたかった」
「ああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
慟哭。
どうしようもなかった後悔と、懺悔が辺りに響く。
「ごめんなさい」「助けられなくて、ごめんなさい」「助けてもらってばかりで、ごめんなさいと叫ぶような声で、クリシュナは泣いた。
カルナもまた初めてできた友人を想って涙を流す。
クリシュナの気持ちは痛いほどわかる。クリシュナの悲痛は、カルナのものでもあった。
「クリシュナ――」
「――近付くな!!」
慰めでも、同情でもなかった。ただ分かち合いたかった。
その気持ちでクリシュナの肩に触れるも、それは振り解かれる。
そしてクリシュナは再び魔法の杖の停止装置を握る。
「そうっすよ!! ウチは姉ちゃんを助けたかった!!
でも、姉ちゃんはもういないっす! こんなものに意味なんてない!!」
そのままへし折ろうと力を籠めて――
「――意味ならあるわ。
だって、あんただって強くなろうとしてきたんでしょ? その結果がそれなんでしょ?」
「……………」
「アルシュナのことは助けられなかったかもしれない。
でも、それであたしたちのことは助けられる」
「――――ー」
「あんたがやってきた結果で、あたしたちのことを助けてよ」
「――――ーっ!」
クリシュナは、停止装置を力いっぱい握り締めながら、その釦を押した。
『The explosion sequence has been activated.
Detonate in 5 minutes.
Repeat, Detonate in 5 minutes』
「―――――えっ?」




