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第103話 大丈夫の証明

 魔法の杖を爆発させると脅しているが、クリシュナにはそれを起爆させる権限を与えられていなかった。


 ムサシがゴーレムの内部に入り込んだとき、本当はとても焦っていた。

 本当に何がきっかけで爆発してしまうのか、クリシュナにもわからなかったからだ。


 今、魔法の杖に爆発されれば、クリシュナだって無事では済まない。

 クリシュナがゴーレムを操っている場所は、それほど離れた場所ではないのだ。


 クリシュナに任されていたのは、ロボク村のときと同様、あくまでも定刻までにゴーレムをムングイ城に送り届けて、逃げることだった。


 そう――魔法の杖はすでに起動しているのである。

 時間が来れば、否が応でも爆発する。それはもう誰にも止められない――はずだった。


 ――まっ、どうするかはウチが決めるんすけどね。


 魔法の杖の停止装置を手の中で弄びながら、クリシュナはこれからどうするべきかじっくり吟味していた。


 即ち、このまま魔王の手下を続けるのか、それともここで魔王から逃げ延びるのか。


 それは姉にはできなかったことだ。

 いつまでも自分を子供扱いし続けた姉が最期の最期に失敗したことだ。

 親に捨てられようとしていた妹を庇ったばっかりに自分まで捨てられた姉が、大怪我を追いながらも魔王から妹を逃がそうとしたばっかりに自分が殺されてしまった姉が、できなかったことだ。


 自分が助けてあげなきゃなにもできないんだと思い込んでいた。そうしていつも妹を見下してきた。

 クリシュナはそんな姉が大っ嫌いで、いつか見返してやろうと思っていた。


 ――姉ちゃんがいなくても大丈夫。


 しかし見返す前に姉は死んでしまった。

 魔王から逃げようとして、失敗したのだ。

 ――ざまあないと、クリシュナは本気でそう思った。


 だけど困ったことに、クリシュナは姉を見返したいという気持ちは消えなかった。


 クリシュナはどうしたら死んだ姉を見返すことができるのか考えて、一つの結論を出した。


 ――姉ちゃんよりうまく、魔王から生き延びてみせよう。


 そのためには何だってやった。

 魔王の奥さんに取り入って、信頼を勝ち取った。

 大勢の人を殺すものだと知りながら、魔法の杖だって運んだ。


 その結果が今、手の中にあった。


 魔法の杖の停止装置。


 これは本来、クリシュナの手には渡るはずのないものだった。

 何か不足の事態が起きて、魔法の杖の効果範囲から逃げきれなくなった際に使えと、出撃前にサキから渡されたものだった。

 魔王と――その奥さんであるサキに信頼されたという証である。

 そもそもクリシュナはゴーレムに魔法の杖が搭載されていることを知らされることだってなかったはずだ。

 現に過去、同じような役割を果たして消えていった人たちを、何人も見てきた。


 クリシュナもまた、使い捨ての駒のように、何を運ばされているのかわからないまま、ムングイ王国と共に消し飛ぶはずだった。


 そうならなかったのはまさに姉よりもうまく立ち回ったという結果だった。

 

 ――姉ちゃんがいなくても大丈夫。


 クリシュナはようやく姉を超えたのだ。


 あとはクリシュナ自身がどうするか決めればいい。

 このまま任務を果たして、魔王の下に帰るもよし。

 魔王を裏切って魔法の杖を止めてしまい、そのままどこかへ逃亡するもよし。


 魔王城の暮らしは、存外に快適だった。

 清潔な空間に、なに不自由することない衣食住の環境。

 恐らくこの島で暮らしていくには、これ以上の場所はない。


 しかし明確に姉を超えたという事実も欲しい。


 クリシュナは自分で自分の今後を選択する権利があるという事実に、心を躍らせながら、それをたっぷり味わうように吟味に吟味を重ねて、そして――


「聞け! クリシュナ!」

「――ん?」


 魔王たちがモニターと呼ぶそこに映されていたのは、これからゴーレムに踏み潰されるか魔法の杖に吹き飛ぶかしてしまう弱い人間だ。

 その弱い人間が何かを叫んでいた。

 何を叫ばれてもクリシュナは今まで適当に受け流してきた。弱い人間とまともに話をする理由なんてない。

 しかしその言葉だけは、クリシュナは無視するわけにはいかなかった。


「――オレは、オマエの姉を見捨てたんだ!!」

「―――――」


 それはどこから湧き上がる感情なのか、クリシュナにはわからなかった。

 しかし、ヨーダのその言葉で、これからどうしようかだけは決まった。


「――殺す!」




 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




「聞け! クリシュナ!

 オレにはオマエの姉を助ける機会があった!

 けどな、オレはカルナを助けるために、あえてオマエの姉を見捨てた!

 オレは、オマエの姉を見捨てたんだ!!」


 ヨーダに作戦を伝えると、彼は躊躇なくクリシュナを挑発してみせた。


「――師匠、それは――」


 それはカルナから聞かされた話通りだった。

 天国に一番近い場所と呼ばれた魔王の施設を衝撃した大男。その大男は、アンドロイドに斬り付けられたアルシュナを置いて、カルナ一人を連れ出したのだ。

 カルナ自身がそれを否定していたが、やっぱりそれはヨーダのことだった。


 ――だけど、ならどうしてカルナは?


「今は詮索すんな……それよりも、来るぜ」

「――殺す!」


 言うが早いか、ロボットはその全身でタックルをするかの如く襲い掛かったきた。

 斧や足を使われたほうがまだマシだった。何せ有効範囲が段違いだ。確実に人間をミンチにできる、見境のない攻撃だった。


 武蔵はそれをどうにかロボットの足元をすり抜けることで回避する。

 しかしそれは元々武蔵を狙ってなかったからこそできたこと。


「師匠っ!?」


 振り返るとちょうどヨーダはロボットのタックルを受けて吹っ飛ばされていた。両手足でガードを取っていたが、いくらそこが機械でできているとは言え、死んでもおかしくない。


「――クソっ!」


 しかしヨーダの安否を確認するより先にやるべきことがある。


 クリシュナはもうヨーダを殺すことに夢中で、武蔵のことなんか眼中になかった。

 カルナの話から、まさかここまでアルシュナのことを想っていたなんて思いも寄らなかったが、しかし再び巡ってきたチャンスでもあった。


 武蔵は無謀にも曝されたロボットの背中に向かって全力で駆け付けると、先ほど刀を突き立てたほうとは逆――右の膝裏目掛けて剣を振り抜いた。


 何かに引っ掛かる確かな手応え。

 そして左足に続いて、右足の故障で、三度、ロボットはバランスを崩すが――


「――っ!?

 ――邪魔っす!!」

「なっ――!?」


 壊れかけているはずの右足で地面を踏み抜き、逆立ちするようにロボットが回転する。

 当然、ロボットは背中から激しく地面を叩き付けられ、大地が盛大に陥没するのを、武蔵は空中から目撃する。


 そう、武蔵は空を飛んでいた。

 ロボットの回転によって、突き立てた剣は抜き取られ、それどころか武蔵はその勢いで地上十数メートルまで打ち上げられてしまった。


 当然待っているのは、数十メートル上空からのフリーフォールである。

 しかも体勢は立て直せられない。このままでは地面に叩き付けられる。

 一瞬、死を意識するが――


「テメェも大概に無茶しやがんな!」


 叩き付けられる直前、ヨーダに抱きかかえられる。


「――よかった、無事だったのか」

「鍛え方が違ぇんだよ――とは言いたいが、こりゃまた直してもらわねぇとなんねぇな」


 見た目はどこにも負傷がないように見えるが、やはりあれだけの巨体にぶつかられては無事では済まなかったようだ。

 武蔵を降ろしてから、その場で跳ねて見せるが、どうにも感覚が合わないのか首を捻っていた。


「それにしても――オイ、あれで壊れちまったんじゃねぇだろうな?

 自棄を起こして爆発なんてされたら、それこそ堪んねぇぞ」

「挑発したのは師匠だからな」

「ここまで過剰反応するとは思わなかったんだよ!」


 あくまでもムングイ城へ向かわせないための挑発だったが、どう考えても悪手だった。

 最悪、この衝撃で爆発していた可能性もあったと考えると、下手に刺激するのもよくない。


「あー、でも、だいぶ動きは鈍くなったんじゃねぇの?」


 動かなくなってしまったかもしれないという心配を余所に、ロボットはゆっくりと立ち上がろうとしていた。

 明らかに今までの機敏さはない。

 ハラハラさせられたが、結果的にはこれでさらに時間を稼ぐこともできた。


「方角もまずまずってところだし、一丁、がんばって走るとするか」


 先ほどみたいな大立ち回りをするのもよくない。試合に勝っても勝負に負けてしまう。

 適度に攻撃を躱しつつ、なるべく時間を稼ぎながら、目的地まで向かうのがベストだ。

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