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第101話 せめて負け戦だとしても

「……倒したのかしら?」


 ロボットが倒れ込んでからしばらく経つ。

 先ほどとは違って、すぐには起き上がってこない。


 やはりムサシはすごいと思う。

 自分はあの巨体から逃げるだけで精一杯だったのに、すでに二度も転ばしていた。

 猫とネズミのようだと感じていた体格差も、ムサシからすれば大したことないのだろう。


 ――出る幕がない。


 そこにちょっとばかりの不満を感じつつも、ムサシが強いことには少なからず誇らしさを覚える。

 以前はその卑怯とも言える能力に嫉妬すら感じていたのに――。

 今では彼が勝つことを信じて、ただ遠くから見守るばかりだった。


「カルナっ!!」


 自分を呼ぶ声に振り返る。


「団長と……パール?」


 馬で駆け寄って来たのは、父と――ある意味で恋敵とも呼べる少女だ。

 ヨーダはまだわかる。騎士団長である彼が真っ先にこの事態に駆け付けなければならない人物だ。しかしどうしてパールが一緒に?

 疑問を口にする暇もなく、ヨーダは馬から飛び降りると、カルナの肩を掴んで捲し立てる。


「オマエはすぐに城に戻れ! 他の団員と一緒に住民の避難誘導だ! はやく!!」

「えっ? えっ? えっ? ちょっと、ちょっと待って、なにをそんなに焦ってるわけ?」


 ヨーダの剣幕も気になったが、それよりもパールの様子もおかしいことに気付く。

 馬の首にしがみ付くようにして、ぐったりしている。魔法の杖の毒に侵されているパールだ。無理に遠出して倒れたことも記憶に新しい。本当なら城で安静にしていないといけない人物だ。


「あのゴーレムなら、今、ムサシが戦ってるわよ。

 ううん、さっき倒れてから全く動かないから、もしかしたらもう倒しちゃったのかも。

 だからもうそんなに焦ることないじゃない。

 そんなことよりも、団長はなんだってパールを――」

「このままじゃムサシでも勝てねぇんだよ! いいからオマエは城に戻って、サラスも連れて一刻も早くここから離れろ!」

「――なに言ってんの?」


 ――ムサシが勝てない? ムサシが勝てないって言った!? そんなわけないじゃない!


 父の不謹慎な言葉に怒りすら覚えて、カルナは思わず言い返そうとして、


「あっ――」


 か弱そうで、それでいて妙に響くパールの呟きによって止められる。


「ヨーダ……やっぱり、ヨーダの言う通りだった。

 あれ、魔法の杖だって、ムサシくんが……」

「クソっ! アレが無人だって聞いてから、そうじゃないかって思ってたが、やっぱりか!」


 先ほどから話に置いてきぼりにされていたカルナだったが、そのやり取りにはさすがに気付くものがある。


「アレが魔法の杖って……アレが!?」


 思わずゴーレムを見る。未だに倒れ伏したそれを、カルナたちの場所からでは視認できない。急激に恐怖心が沸き上がるのは、あれだけ巨体なものが見えないという心理的なものか、それとも単純にそれが魔法の杖とわかったからか。


「わかったんなら、指示通りに城に戻れ!!

 サラスには逃げんなって言っちまったが、アレが魔法の杖だってわかれば話は別だ!

 全力で逃げろって伝えろ!」

「ちょっと待って!

 アレが魔法の杖だったとして、でも戦ってるのはムサシよ?」

「――ハァっ!?」


 ヨーダはそれは呆れ半分、怒り半分の声だった。顔にもその通りの表情が出ている。

 カルナは父親のそんな顔を見たことがなかったが、それでも譲れないものがある。

 だって戦っているのはムサシなのだ。”勝利の加護”を持った、英雄なのだ。

 確かに魔法の杖と聞いて、反射的に恐怖心が浮かんだが、それでもムサシに勝てないわけがない。だって――


「だって、ロボク村の魔法の杖だってなんとかしたんだから。

 ムサシなら、魔法の杖相手だって、なんとかしてくれるでしょ?」

「――オマエ、それ本気で言ってる?」


 本気も本気だった。確認された理由もわからない。

 ムサシに勝てないものなんてないのだから。


 ヨーダはぼそりと「……こんな思い込みの強いとこまで母親譲りかよ」とギリギリ聞き取れる声で呟いてから、カルナの肩に置いた手に力を込め、諭すように続ける。


「いいか。”勝利の加護”は絶対の力じゃない。勝てない相手には絶対に勝てない。

 魔法の杖に勝てる人間なんていないんだよ。絶対にいないんだ」

「そんなわけないわ。ムサシなら勝てる。あたしはそう信じてる」

「オマエが信じたってどうにもできないこともあんだよ!」

「あたしが信じてあげなくて、じゃあ誰が信じるって言うのよ!」


 こんなことを言い合っている場合ではない。

 そんなことはわかっていたが、どうしてもムサシの強さを否定されることだけは譲れない。

 だって、あたしはそれに救われたのだから。


「カルナ――」


 それを――


「ムサシくんは、カルナの英雄なんかじゃない」


「―――――」


 それを一番、言われたくない相手に、一番言われたくない言葉で否定されて、カルナは――


「―――――っ!

 そうねっ!! あんたの英雄だもんね!!」


 思わずパールに詰め寄って、彼女の胸倉を掴む。

 パールは酷い顔をしていた。顔面蒼白で、冷や汗が浮いていて、呼吸も絶え絶えだ。

 可哀想だと思う気持ちもある。それでも、それを否定されることだけは我慢できなかった。

 自分の生き方はすべて無駄だったと泣きながら命を落とすはずだったのに、それを全て救ったのがムサシだ。

 だけど先に彼が助けたのはパールだった。それも誰でもないカルナを相手に救ってみせたのだ。


「あたしはっ、あんたを殺そうとして、ムサシを傷付けた!

 こんな風に想ってることも気付かれなくて!

 あんたみたいに愛されたりしない! 絶対に!!」


 それはカルナにとっても傷だった。

 彼の襟首から時折大きな傷跡が見えてしまう度に、自分がやらかしたことを思い出す。

 それがきっかけでパールとの距離が急激に縮まったこともわかっている。

 だからこそ、余計にカルナの心の傷は深いのだ。


「……ムサシくんは、そんなこと気にしてない。

 それに……ムサシくんは、わたしの英雄なんかでもない」

「……………」


 それは勝者の余裕だ。弱者の気持ちなんてわかるわけがない。

 そう一笑に付してしまうこともできた。しかし、続くパールの言葉に、カルナは驚く。


「だってね、ムサシくん、今、すごく怖がってる」

「えっ――」

「本当はすごく怖くて、逃げ出したくて、泣き出しそうで、目の前にある脅威に、絶望感を抱いてる。

 それでもすごく頑張って、立ち向かってる」

「―――――」

「ムサシくんは、誰かの英雄なんかじゃない。

 怖いことに泣き出して、すぐに逃げ出したくなる臆病者で、すぐに絶望しちゃうような弱虫。

 でも、それでも頑張ろうとするかっこいい人。わたしはそんなムサシくんが、大好き」

「―――――」


 ――ああ、そっか。


 初めてムサシに会って、彼を見ていると妙に苛々していた。

 何かと突っかかって、彼と衝突していた。


 今にして気付いた。

 それはきっと弱い癖に強くあろうとする自分を見ているように感じていたのだ。


 ――ムサシもあたしと同じなんだ。


 今にして思う。

 ロボク村から魔法の杖を運び出すカルナに怒ってみせたのは、きっとムサシ自身が自分と重ねたのだ。


 ――そんなムサシを、あたしは一人で送り出した。


 それが一番正しいと思い込んでいた。


「クリシュナのこと、ムサシくんに任せていいの?」


 パールの言う通りだ。


『弱いやつが弱いわけじゃないんだって、カルナを見て思ったんだ!

 挫折ばっか経験して、泣いてばっかいるけど、でも強くなろうとし続けた! 自分が弱いって自覚しても、それでも強くなろうとしてた! 俺は本当に強いってのはそういうことなんだって思って――そんなカルナをカッコいいなって思ったんだ!!』


 今の自分は決して強くない。

 強くなろうともしないで、ムサシの丸投げしてしまったのだ。

 ムサシの強さに頼って、強くなろうとすることを止めてしまったのだ。


 とてもカッコ悪いことだった。


「――パール」

「……うん」

「あんた、あたしの心を見たわね?」

「……うん。ごめんなさい。今は抑えてないから。全部入り込んできてる」

「そう……あたし、やっぱりあんたのこと嫌いだわ」

「うん。わかってる」

「ほんとに……大っ嫌いよ」


 きっと今どう思っているかも、パールには筒抜けなのだろう。

 悔しくて涙が出る。

 同時に狡いとも思う。

 こんなのに勝てるわけがない。


「……オイ、いい加減、痴話喧嘩してる場合じゃねぇぞ。

 納得したんなら、カルナはそろそろ城に戻れ」


 気付けばゴーレムは再び立ち上がっていた。

 ヨーダの言う通り、納得はした。

 どうあっても勝てないものがあることも重々理解した。それでも――


「い、や、よ!」


 そこまで理解してなお、ヨーダの命令を拒絶した。

 さすがのヨーダも怒りの形相を見せ始めるが、彼よりも先にカルナが口火を切る。


「お父さんはあたしとサラスに逃げろって言ってるんでしょ!?

 お父さんも、ムサシも、この街も、全部諦めて逃げろって、そういうことでしょ!?

 そんなことできるわけないじゃない!」

「―――――」


 それだけは絶対にできなかった。

 ここでさらに逃げるような真似をすれば、それこそ本当にムサシが「カッコいい」と言ってくれた自分はいなくなってしまう。


「パール、クリシュナのこと、ムサシに任せていいか聞いたわよね?

 でも、クリシュナはアレに乗ってないんじゃなくて?」


 先ほどヨーダが「無人」とも口にしていた。

 ロボク村で会ったクリシュナは生き残ることに強く執着していたことも踏まえて、わざわざ魔法の杖であるゴーレムに乗り込んでいる可能性は低い。


 案の定、パールは神妙に頷き返した。


 ヨーダがパールを戦場に連れ出したのもそれが理由だろう。

 レヤックの力を使って、クリシュナの居場所を探そうとしていたのだ。なら――


「クリシュナを見つけて取り押さえるのは、あたしがやるわ。

 お父さんはムサシと一緒に時間稼ぎして。お願い」

「あっ――おい!」


 返事を待たず、カルナはヨーダが乗って来た馬に跨り、パールと一緒に走り出す。


 パールに諭されたからというのは癪だったが、でも、だからこそ決意する。これもまた負け戦なのかもしれない。だからって戦わないわけにはいかない。


 ――もしムサシに勝てない相手がいるなら、あたしが代わりに戦ってやる。


 それこそがムサシが言っていた「カッコいい」カルナの姿だ。

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