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第100話 中に誰もいませんよ

 ”宮本武蔵”と言えば二刀流のイメージがあるが、武蔵は剣道において一度も二刀流を試したことがない。

 それは単純に公式試合で二刀を認められるのが大学生以上という縛りがあったというのもあるが、だだでさえ名前に対してコンプレックスもあるのに、スタイルまで寄せてなお負けてしまっては、その傷の深さは致命的になりかねないと考えていたからである。


 そんなわけで武蔵は二本同時に剣を握ることはないと思っていたが、


 ――思っているより、しっくりくるか。


 折れてしまった刀と大剣の二本で構えてみれば、これが自分でも不思議なほど違和感がなかった。これもまた”勝利の加護”による効果なのだろう。


 ――まあ、今後も二刀流なんてしないだろうけど。


 あくまでも大剣の鞘をカルナから受け取り損ねたから二本手に持つ結果になったが、本当なら大剣はしまっておきたかった。


 ――そういえば、こっちの刀も最初は鞘がなかったんだっけ。


 もともとはサティが携行していた刀を、パール誘拐事件の際には譲り受けた。鞘は持ち運ぶのに不便だからと、後から用意したものだった。

 あれから一年。手入れの仕方をヨーダから教わり、面倒を見ながら常に携えていた。

 日本刀の寿命なんて一度でも使えば終わりだが、酷使し続けたはずのそれは通常のそれよりも長持ちした。

 それなりの愛着もあったが、それもここまでだ。


「最期の一仕事、頼むよ」


 なんとなく口に出して愛刀を労いながら、もう片方の手で大剣を握り直して、隠れていた建屋から顔を出す。


 ロボットはちょうど武蔵に背中を向けて、彼を探すように適当な民家を壊して回っていた。

 コックピットスペースである背中の突起物は今なら丸見えだった。

 取り付いた後の問題として、ハッチが開かない事態というのが考えられる。操縦者になにかあった場合を思えば、外からでも開けられる仕組みはあると思うのだが、武蔵にそれがわかるのか問題だった。いざとなれば壊して開ける他ない。


 ――さて、やるか。


 ロボットが斧を振り下ろし始めた直後、覚悟を決めて武蔵は家屋から勢いよく飛び出した。


「うおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」


 わざと大声を上げながら、ロボットに肉迫していく。


「ようやく出て来たっすね! もう少しで全部の家を壊すところだったっすよ!」


 当然、クリシュナも武蔵に気付いて振り返る。


「隠れてたと思えば、今度はやけっぱちの特攻すか。

 ほんとつくづく考えることが単調っすね」


 武蔵はクリシュナの挑発を無視して、とにかくゴーレムの足元に入り込むように走る。


「まっ、意味ないのはわかってんすけど、好きにされるのも気に入らないっすからね。

 潰れちゃいな」


 武蔵が足元に入り込むと同時に、ロボットは右足を上げる。

 クリシュナの趣向として、斧を使うよりは踏み潰したいという気持ちが強いのはなんとなく感じていた。先ほどみたいにその場でジャンプされたら、また逃げるしかなかったが、


「――今だ!」


 ”勝利の加護”によって強化された武蔵の身体であれば、ロボットの膝丈くらいまでなら余裕で垂直飛びできる。

 狙いは振り上げられた足ではなく、残った軸となっている左足。

 その膝裏目掛けて、


「せーの!!」


 全力で折れてしまった刀を刺し込む。

 膝裏を覆っていたゴム材は簡単に裂ける。中には大型の歯車のようなものがいくつか見えていた。その間に武蔵の刀は引っ掛かった。武蔵の愛刀は歯車によって拉げ、巻き込まれていくが、


「――!?

 ありゃ? ありゃりゃ!?」


 それに合わせてにロボットも崩れ落ちていく。

 片足立ちしていたのに、もう片方の残った足を叩かれれば、倒れるのは必須。

 そう、武蔵はロボットに対して膝カックンをしてみせたのだ。


 しかも今度は先ほどのバランスを崩して倒れたのとは訳が違う。

 回転する機械に何かか挟まって止まる光景を見たのは、果たしてなんの映画でだったか。

 壊れるところまでいかなくても、これで多少動きも鈍くなろう。


「――あーあ、こりゃ、ちょっと遊び過ぎたっすね」


 軽い口調で反省の弁を述べるクリシュナを無視して、武蔵は倒れたロボットの背中によじ登る。

 目指すはコックピットただ一つ。


「いや、お兄さんすごいっすね。カルナがべた褒めしてただけのことはあるっすね。

 正直舐めてたっすわ」

「――今更なにを言っても無駄だよ。宣言通り、そこから引き摺り出してやる」


 コックピットハッチまで辿り着き、そこにいるクリシュナに向けて宣言する。

 実質上の勝利宣言だった。


 無理やりこじ開けようと大剣を構えて、


「ああ、でも、お兄さん、それは無理っすよ」


 扉が拉げて開かなくなっては元も子もないと思い直して、駄目元でハッチに手をかける。


「言ったじゃないっすか。やれるもんならやってみるっすよって」


 ハッチコックは何の抵抗もなく動いた。

 そもそも鍵さえかかってなかったようだ。それだけで勝手にハッチは開いてしまった。


「なっ――」


 その中身に思わず驚愕する。


「最初からできるわけないがなかったわけっすよ」


 何やらよくわからない計器類の数々に、訳のわからない操作パネルやレバーもいくつもあった。

 わからないものばかりだったが、武蔵のイメージしていたコックピットが確かにそこにあった。

 しかしそこには武蔵の考えていたものだけはなかった。


「だって、中には誰もいないっすもん」


 人が座れるであろうスペースも確かにあった、しかしそこには誰の姿もない。

 ロボットは完全に無人の状態で動いていたのだった。

 スピーカー越しで聞こえてるクリシュナの笑い声だけが、コックピット内にやたらと響いていた。


『これに人が乗って動かしたら乗り物酔いがすごい。遠隔操作した方がいい』


 そうだった。

 倉知も確かにそう言っていた。


 タイヤで走る車でも乗り物酔いを起こす人間が、巨大ロボットの中で激しくシェイクされて、まともに喋れるわけがない。ましてやこのロボットは派手に転げ回っている。中に人が乗っていて、無事であるはずなんてない。


 ――なのに、どうして中に人が乗ってるなんて勘違いした?


 それはイメージだ。

 遥人が言っていた。

『男の子なら乗ってみたいだろ、ロボット』

 巨大ロボットには必ず操縦者がいるものだ。

 武蔵は最初から何の疑いもなく、これにクリシュナが乗ってると思い込んでいた。


「ホント、バカばっかすね、アンタら。

 勝てるなんて勘違いして。最初からアンタらに勝てる可能性なんてなかったのに。

 笑っちゃうっすね」


 馬鹿だという点では反論の余地もない。

 だけど――


「あんたを引き摺り出すことはできなかったけど、でも勝ちは勝ちだ」

「へぇ。それはどういう意味っすかね?」

「これを壊せば俺の勝ちだ」


 コックピット内にある訳のわからない機器類に対して大剣を構える。

 そう、ここにパイロットは乗っていなかったが、ここがロボットの心臓部分であることは疑いようがない。いくら外が頑丈でも、中身が壊れればどうしようもない。

 これらの機器を破壊尽くせばロボットは止まるのだ。


「あー……それは確かに困るっすね。そんなことしたらここで爆発しちゃうかもしれないっすもん」

「……爆発?」


 嫌な響きだった。

 この世界で爆発なんて聞くと、どうしても一つの事象しか思い浮かばない。


「ホントは城まで運んでからって言われてたっすよ。だからここで爆発させちゃったら、きっとすっごく怒られると思うんすよ」


 本当に、馬鹿だという点において全く反論できない。

 これだけ巨体なものを動かす動力なんて、この世界には一つしかないはずなのだから。


「まさか……」

「はい、そのまさかっす! このゴーレム自体が巨大な魔法の杖だったわけっす!

 お兄さん、大正解!!」

「―――――」


 武蔵は今、核兵器の中にいるのだ。

 いつ爆発してもおかしくない、核兵器の中に――。

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