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第99話 勝利条件、成立せず

 大剣は慣れない重さであったが、それでも扱えないほどではない。

 刀とはまた違った足運びを要求されるが、それでも二度、三度と振れば、重心の持っていき方がすぐに馴染んでいく。恐らく”勝利の加護”による恩恵だ。しかし――


 ――やっぱ硬いな!


 足へ向かっての三度の斬撃はどれもちょっとした擦り傷は付けられるものの、ほとんど意味を成していない。それどころか弾かれた衝撃に手が痺れる。下手をすれば手首を捻ってしまう。刀であれば恐らくもう折れていた。


「なに足元でチョコチョコしてんすか?

 踏み潰しちゃうっすよ!」


 雄叫びのようなモーター音と共に巨大ロボットが片足を上げるので、急いでロボットの下から逃げ出す。

 すぐさま襲い掛かるロボットの四股踏みが、地面を陥没させ、地震を起こす。

 バランスを崩して、立っていることもままならない。

 そこに――


「はい、もらったっす!」

「――っ!?」


 間髪入れずに巨大な斧が振り下ろされる。

 大剣で受けようなんて考えられない。刀で受け流せたのはそれこそ神様の気まぐれで、そんなことをすればいくら大剣でも武蔵ごと拉げてしまうだろう。

 倒れることも厭わずに、なんとか転がって躱す。


「ありゃ、案外素早い。ゴキブリみたいっすね」


 できれば他のもので例えて欲しい。

 それに武蔵も巨大ロボットに対して似たような感想だった。


 案外素早い。


 巨大な敵に対しては足元が視覚になっているとか、あるいはその巨大さゆえに俊敏性に欠けるというのが相場だが、あの巨大ロボットにはそういった弱点がない。

 足元にいる武蔵を正確に踏み潰そうとしていたし、動きは人間並みに機敏だ。マリウスのようなタイムラグもない。

 それどころか近付いたせいで視界が悪くなるのは武蔵の方だ。足元に入り込んでしまったせいで、斧を振り上げる動作が完全に見えていなかった。騒音を上げながら動いているので気付けそうなものだが、ちょっとした動作でもとにかく煩い。気配だけでどんな動きをしているのか感じ取るのは至難の業だ。

 そもそも武蔵を倒すためだけなら、ロボット自体はそれほど大きな動作は必要ない。ちょっと足を横滑りさせて当ててしまえば、それだけで武蔵は全身複雑骨折だ。

 クリシュナがそれに気付いていないのか、それとも気付いているのにおちょくるのを優先しているのかわからないが、とにかく不可抗力でも巨大ロボットにぶつかってしまえば、ダンプカーに轢かれたかのように武蔵は死ぬ。


 ――近付くだけで危ないか。でも……。


 目下、武蔵には遠距離から攻撃を仕掛ける手段はない。レールガンを回収して来なかったことを悔やまれるが、そもそもあれは移動に使っていたジープ共々、核弾頭を破壊した後に全く動かなくなってしまった。サティだって壊れたままだ。倉知じゃあるまいし、修理なんて武蔵にはできるわけがなかった。


「――倉知」


 機械弄りの大好きな女の子のことを思い出すと同時に、武蔵は慌てて走り出す。

 それは巨大ロボットから距離を取るような、ともすれば逃げ出したようにも見える疾走だった。


「おやおや? もう諦めちゃったっすか?

 諦めは肝心っすけど、逃げるのは感心しないっすね。諦めるならその場で跪くっすよ!」


 もちろんそんなつもりは毛頭ない。

 巨大ロボットの全景を確認したかったのだ。

 ただ今のままでは近過ぎる。

 武蔵は壊れた民家の瓦礫を巧みに飛び移りながら、商店の屋根へとよじ登る。


 振り返れば、巨大ロボットも近付いて来てはいたが、それでも多少の距離は取れた。


『人が乗れるぐらい大きなロボットを人型で作る必要性がない。関節部分が壊れやすい』


 武蔵だって男の子だ。プラモデルの一つくらいは作ったことがある。

 あまり器用ではない武蔵は、出来上がる寸前、ロボットのプラモデルの腕を嵌めようとして、関節部分からへし折った。

 人間だって関節部分はとても脆い。

 それを思い返せば、倉知の言葉はとてもわかりやすかった。


「首は胴体とほぼ直結……指は三本あって……手首はあまり動かなさそうだけど……肘はある……腕も足も振り上げてるし……下半身は近付いたほうがわかりやすいけど、少なくとも膝はあるか……」


 武蔵が口にした場所が、巨大ロボットの可動部分だ。可動域まではわからないが、そこが弱点であることは間違いなかった。

 少なくとも今述べた部分に関しては、他の部位と違って金属では覆われていない。黒いゴムのようなもので隠れているが、少なくとも斬り付けることはできそうだ。


 ――あとはコックピットの位置だけど……。


「距離を取って一休みってわけっすか? そんなことさせないっすけどね!」

「――えっ!? ちょっ、ちょっ、ちょっ――!?」


 商店の屋根から慌てて飛び降りる。

 巨大ロボットがジャンプして来たのだ。

 ほとんど落ちるように地面に着地――とも言い難いくらいに全身を強く打ちつけながら倒れる。今度こそ本当に逃げるつもりで、大地に手をついて起き上がろうとするが――


「はいっ、ドーンっす!」

「――っ!?」


 先ほどまで武蔵が立っていた商店をロボットが踏み潰す。

 それと同時に、巨大な地震のような揺れが街を襲う。

 パールは地震を知らないと言っていた。この島はほとんど地震なんて起きない場所なのだろう。当然、建物の耐震設計なんて概念はない。踏み抜かれた商店だけではなく、近くの建屋もいくつか崩落していく。

 武蔵自身も足元がふらついて立っていられない。そこに――


「あれ、あれれれれ!?」

「――マジふざけんな!!」


 着地の際にバランスを崩したロボットが武蔵目掛けて倒れ込んでくる。

 焦るクリシュナの声を聞くに、狙ったものではなく完全に偶然だろうが、あんな巨体の下敷きにされたら一溜りもない。

 四つん這いのまま移動して、どうにかロボットの影から脱出する。傍目から見れば本当にゴキブリのようじゃないかと嘆きながらも、


 ――チャンス!


 ロボットが俯せ倒れたのを確認して反転。背中に取り付こうと、今なお鳴動する大地を蹴って横這いになる巨体へ肉薄する。


「うーん、やっぱ無茶はよくないっすね……よっと!」

「――!?」


 しかしそんな時間も与えてはくれない。

 ロボットは地面をその拳で叩きつけ、その反動で一気に上体を起こしていた。またしても大地は揺さぶられ、叩かれた大地は陥没し、その土砂は嵐のような勢いで辺りに吹き荒れる。


「クソ! 一々派手に暴れやがって!」


 舞い上がる砂ぼこりが目に入らないように気を付けながら、砂嵐に紛れて狭い路地へと逃げ込む。恐らく向こうもこの砂煙の中で武蔵を見失ったに違いない。それで無暗矢鱈と暴れられても困るが、それでも隙を伺う機会が出来たのは助かった。このままあの巨体に追いかけ回されていては、逃げるだけで手一杯だった。


 ――これで勝機は見えた。


 ロボットが倒れた際、人間で言うところの肩甲骨付近が大きく盛り上がっていて、そこにハッチのようなものが見えた。恐らくそこがロボットの搭乗口だ。


 ――あとはどうにかもう一度転ばして、そこに取り付ければ勝ちだ。


 勝利条件が見えてきた。

 あとはそれに目掛けて動けば、必然的に"勝利の加護"が武蔵の味方をする。


 恐怖と絶望しかないと思えた戦いも、存外にやってやれないこともないものだ。

 武蔵は最後の一押しに向けて、ロボットの動向を気に掛けながら、仕掛ける機会を窺う。


 ――これで勝利だ。




 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




「……だめ、ムサシくん……それじゃあ、勝てない……」


 ヨーダが操る馬に乗りながら、パールは確かに武蔵の心の声を聞いていた。

 かつてない広範囲でのレヤックの力の発動は、パールに多大に負担をかけていた。

 色々なものがパールの中に入り込んでくる。

 精神的な負担はかつて暴走状態にあったときの比ではない。

 それでもパールはその力を振わなければいけないと感じていた。


 このままではムサシは勝てない。

 

 一つ、ムサシは大きな勘違いをしている。


 それを正さないと、”勝利の加護”は彼に微笑まない。


 ヨーダの操る馬は、初めて経験する大地の揺れに戸惑い、慄いて、なかなか街へ近付いてくれない。


 パールは未だ勘違いを抱えたままでいるムサシの心に焦りを感じながらも、一旦彼の心から離れ、レヤックの力をさらに街の外へ外へと広げていった。

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