表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/239

プロローグ 第27回異世界転移実験

 ――帰りたい。


 その思いだけで生きてきた。

 大切な人がいて、また会うために必死に帰る方法を探した。

 そのためなら魔王になることも厭わなかった。




 モニターを見上げる。そこにはコンクリートの柱に縛り付けられた女性が映し出されていた。

 遠方から撮られたそれは、しかし女性の恐怖に歪む表情までしっかり捉えていた。

 今から何が起こるかわかるはずがないのに、恐ろしいことが起こることだけは感じるのだろう。

 半狂乱になりながら、必死に拘束を解こうとしている。


 罪悪感を感じないわけでない。

 ただ、その感情は目的よりも後ろにいる。

 今更その目的がどれだけの意味を持つかもわからないのに、それでも諦めきれないでいる。


「始めろ」


 途端、モニターはホワイトアウト。


 ―――――。


 さらに数秒遅れてブラックアウト。

 そしてさらに数秒後、室内を地震のような揺れが襲った。

 それが一分程度続き、揺れが収まるのを待って、彼は部屋を出ようとする。


「お待ちください、まだ……」

「いや、いい。大丈夫だ」


 止める声を拒絶して、そのまま部屋を後にする。




      ◇




 二時間ほどかけて、女性を磔にしていた場所までやってきた。



 そこには何もなかった。何も残っていなかった。

 圧倒的な暴力により木々は燃え尽き、岩々は薙ぎ払われていた。



 男はその中心で深く息を吸う。

 未だに熱を孕んだそれが肺を燻る。しかし男が望む異物感はなかった。 


 実験は失敗だった。そんなことはわかり切っていた。

 そもそもなにがどうなれば成功なのかわかっていない。

 ただの直感でしかない。


 しかし、あのとき感じた異様な空気は覚えている。

 白い靄に包まれて前後も上下もわからなくなる恐怖。

 自分のなかになにかが入り込んでくる異物感。


 それらがこの場にはない。

 だから失敗なのだと彼は思った。


「……記録を、回収しなくては」


 吹き飛んで残骸に紛れてしまったそれら――。

 いくつかは壊れてしまっているに違いないが、それでもいくつかは無事だろう。


「解析して、分析して、次の――」


 ホワイトアウトした映像と、ブラックアウトした映像。

 その僅かな時間で垣間見た女性の顔を思い出す。

 肌を溶かし、眼球を蒸発させて、骨を消し炭にして、消えていく、悲痛な、苦痛な、恐怖が、悲しみが。

 脳裏に焼き付いて離れない。

 

 もう、こんなことを27回も繰り返しているのだ。


 歩く。

 途中、記録係りを見つけては呼びかけ、壊れていないものだけを連れていく。

 

 ――そして、見つけてしまった。

 心臓が凍り付く。


 本来あったところから数百メートルは吹き飛ばされているが、そもそも破壊の中心にあったそれが残ったのは奇跡に近い。


 地面に突き刺さっているのは、女性を磔にしたコンクリート塀。

 

 そこに当然女性の姿はなく、しかし影だけがしっかりと残されていた。

 女性は影だけを残して消え去っていた。


「くはっ……くっ、くっくっくっ」


 思わず笑いが漏れた。

 なにが面白いわけではない。

 なにかが外れたのだ。それだけはわかった。


「あははははははははは」


 彼女は異世界へ行けたのだろうか? 影だけを置いて、異世界へ転移することができたのだろうか?


 雨が降り出してきた。

 黒い雨だった。


 この雨が自分の身体を溶かしてくれたら、どれだけ救われただろうか。

 それで死ねれば、どんなに楽だったのだろうか。


 独り遠い異世界に取り残された魔王は高らかに笑う。

 この異世界を嗤う。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ