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月下の狩人  作者: 岡崎佳凪
月の調停者たち
16/19

第十六話 おめでとう

 夏期講習も終わったので元に戻ります。

 第十六話、よろしくお願いします。


 山猫型の『獣』を狩ったあと、4人はランザス支部に戻って来ていた。時刻はもう夜になっている。

 支部の入り口、つまり酒場の前でイーゼルがファルスに声をかけた。


「もうずっと走ってたから疲れちゃったね」

「はは、確かに俺も師匠も走り通しでしたからね」


 笑っているファルスだが、本当にこの2人はランザスでルイン達の出発を聞いてからずっと走って来たのだ。山奥の悪路もずっと。

 イーゼルはもとよりファルスも鍛えられたおかげで持久力が格段に上がっていたので何とかなったが、あれだけ走ったあとに『獣』との戦闘など並の者には出来ない。



「いやそれはマジですまねぇ。お前らには借りが出来たな」


「そうだよね! 借りはファル君に何かあったら助けることで返してもらおうかな!」


 イーゼルは手に入れた貸しに対してすかさず提案をした。

 ルインは苦笑しつつも頷きをもって返す。


「わかった、彼に助けが必要ならば俺達が必ず馳せ参じよう」


 ラーイルにも異論はないようで、それをすんなりと受け入れた。




「それは……いいんですか?」


 ファルスはファルスでその提案に困り顔をしているが、イーゼルが問題ないとばかりにファルスの背中を叩く。


「いいんだよ、私たち『月の調停者』は持ちつ持たれつの関係だからね」



「その通りだぞ。命を助けられたら命を助ける。当たり前だろう?」

「そうですか……わかりました。その時はお願いします」

「うむ。任された」


 どんなタイミングでかはわからないが、自分の危機を助けてくれると言うのだから、とりあえずここは素直に受け取っておこうとファルスも判断した。




「よし! じゃあ155匹目の『獣』討伐の祝杯をあげようよ! みんな身体洗って着替えてきて!」


 言うやいなやイーゼルは店の真ん中を通って奥へと上がって行ってしまった。勝負服のまま。仮面をつけたままである。


「よっしゃ! 行こうぜ2人とも!」


 ルインも乗り気なようで店内を進んでいく。









 その晩、4人はテーブルで祝杯を挙げていた。ちなみに全員湯浴みをし汗を流して、普段着に着替えている。男3人はランザス支部の備え付けの服に着替えたため、全員白いシャツに黒いパンツをはいている。

 イーゼルだけはちゃっかり自分で用意した服に着替えていた。黄色いブラウスのような服に青色のパンツだ。以前ここに来た時に置いておいたらしい。本当にちゃっかりしている。

 そしてこの席で会話が多いのはやはりイーゼルとルインだ。



「そういやラーイルは休暇取るんだろ?」


 エールを一気にあおったあと、確認を取るように言うルイン。しかしあたかもそれが確定事項かのように話している。


「む……そうだな」

「お! いいねぇどこに行くのっ? ていうか何するの?」


 それを聞き逃すはずがないイーゼル。すかさず休暇の過ごし方をたずねた。


「家だ。家族に会いに行く」

「ほーん? ラーイルって奥さんいるの?」

「ん……」




 ラーイルは言葉に詰まった。このまま彼女に話していいのかどうか迷っているのだろう。話したらきっと喜んで根掘り葉掘り聞き始めることが目に見えている。

 美人ではあるがそれ以前にイーゼルは立派なおばちゃんなのだ。

 そう思ったファルスはイーゼルを止めようとした。


「この反応はいるね! 絶対! 私にはわかるよっ! なんて名前っ?」


 しかしイーゼルは素早さが売りだ。誰にも負けはしない。

 この後おばちゃんパワーで散々話を聞き出されたラーイルは本気で妻に会いたくなったらしく、翌日の朝に休暇を申請したらしい。


 凄い力だとファルスは感心してしまった。





「ところでファル君、私たちこれからしばらくランザスに留まることにするからね」

「わかりました。何か用事が?」


 飲み会もそろそろお開きかというタイミングでイーゼルが切り出した。


「まぁそうだね。本部に報告と、あとは私の用事かな」


 やることがあるというのなら異論もなく、ファルスはそれを了承した。

 ついでに個人的に気になっていたことを聞くことにする。



「そういえば師匠」

「ん、なに?」


「ルインさんとラーイルさんに『夜鷹』って呼ばれてましたよね?」



 言われてイーゼルはその話かとでも言いたそうな表情を浮かべた。


「あーそれはね、何か気付いたら呼ばれてたというか何というか……」


「二つ名ってのはな、これといった基準は決められてねぇが、『月の調停者』において優秀な者に付けられるものと思えばいい」


 ルインがイーゼルに代わって説明してくれた。



「つまりお前の師匠は優秀だってこった」


 そう言ってルインはイーゼルに目を向けた。ファルスもつられて目を向ける。彼女は照れ臭そうな表情を浮かべていた。


「あはは、ありがたいことではあるんだけどね」


 恥ずかしいからあまり言われたくはないらしい。





「俺やラーイルもそれなりに頑張っちゃいるが、二つ名にはまだ遠いな」

「そうでもないよ。見た限りだと2人ともまた腕を上げたと思うよ」


 自嘲気味に言うルインだが、2人の実力は上がっているとフォローするイーゼル。ファルスには知りようもないが、実際以前より強くなっているとイーゼルは語る。



「ふん。『夜鷹』に言われると光栄だな」


 ラーイルも満更でもないようで、エールを飲みつつ微笑みを浮かべていた。








 そんな飲み会も終わり、そこからさらに2ヶ月が経過したある日。


「ファル君、今日の練習は終わりでいいよ」

「え? もういいんですか?」


 町の外で日課の訓練をこなしていた2人だが、今日はもう終わりだと言われた。まだ太陽が真上に昇るか昇らないかという時間なのにだ。

 普段はわかりましたしか言わないファルスだが驚きを見せた。普段のイーゼルは訓練には非常に厳しいのだ。



「うん、最低限のことはやったしね。それよりも見せたいものがあるんだ! 着いてきて!」


 そう言って上機嫌に歩き出したイーゼルのあとを歩くファルス。




 今日は天気も良く、ランザスの風景がよく見える。ランザスは平原と山地の境にある大きな町だ。山を越えた先はファルス達のいる国とは違う国の領地となっている。ここランザスは東の隣国との最初の交易拠点となるため栄えているのだ。


 故に町は広く、ランザス支部の酒場から少々歩くことになった。



「ここだよ!」


 イーゼルに言われファルスは目の前の建物を見やる。

 2階建てになっている灰色の煉瓦造りの建物。大きな入口があり、木で出来た両開きの大きな扉がついている。扉が閉まっているため中の様子は伺えないが、隣接している建物を見れば何の建物かすぐにわかった。



 隣にある石造りの無骨な建物。入口はあるが扉がなく、そのまま中が覗けるようになっている。小さな窓がいくつもついていて、そこから熱気が流れ出ている。中からは鉄を打つ音が聞こえてくる。


「これ、どう見ても鍛治屋ですよね?」


 そう、鍛治屋だった。


「そうだよ。 ここの工房の親方に依頼をしてたんだ!」


 言いながらイーゼルは工房ではなく煉瓦造りの建物の方に入る。



「ごめんくださーい。親方いますかー?」


 店内に声をかけると、奥から若い男性が1人出て来た。

 20代前半だと思しき男性はここの従業員だと思われる。汚れた作業着にすすけたエプロンをかけており、恐らくだがここの親方に鍛治を教えてもらいつつ接客もこなしているのだろう。

 彼はイーゼルとファルスを見るとまず用向きを尋ねてきた。


「いらっしゃいませ。親方にどんなご用で?」

「頼んだものが今日には完成するって聞いたからね、来てみたんだよ。名前はイーゼルです」


 イーゼルはここの親方に何かの作成を頼んでいたらしい。

 何を頼んだのか興味があるので見せてもらいたいと思ったファルスだが、話の流れからすぐに見れると思い、ここは口を挟まず成り行きを見ていることにした。


「あぁ。少々お待ちを」


 そう言って男性は奥へ引っ込んでいった。

 しばらくすると隣の建物から引っ切りなしに聞こえていた鉄を打つ音が止んだ。どうやら奥に隣へと続く道があるらしく、そこから親方に声をかけたのだろう。




 奥から先ほどの男性と親方だろう、身長は175cmくらいでがっしりした体型の50代近くに見える男性が現れた。


「おう、そいつが使い手か?」

「そう。お願いしますね」


「あいよ。坊主、ついて来い」



 いまいち展開についていけないファルスだが、イーゼルとの付き合いは長い。こういう場合はとりあえず言われた通りに動いた方が状況が早く分かる。大人しく着いていくことにした。


 着いていった先は工房だった。熱気が凄いが、ここで待ってろと言われたので待つことにした。

 言われた通り待ってると親方が一本の剣を持ってきた。


「これだ。持ってみてくれ」


 それは片手剣だった。剣身が長めのようだが、自分がいま使っているのとほぼ同じサイズ。握りは短めだが場合によっては両手で持てるようになっていて使い分けが出来そうだ。


 しかも剣身が長い割に軽い。今の剣よりも軽く感じる。


「今のより軽くて使いやすそうですね、なんの素材を使っているんですか?」


「よく聞いてくれたね。これだよ」



 返事はイーゼルから来た。彼女は手に半球状のものを持っていた。本来は頭部大の球のようだが、半分ごっそりなくなっている。

 鉄とは違う。青みがかった銀色の物体だ。

 見ていて感じる。普通の鉱石ではない。


「これは私たちが狩った『獄の薔薇』から手に入れたんだよ」



 ファルス達が狩った『獣』。本部に詳細を報告した結果『獄の薔薇』と呼称されることになった。これはその『獄の薔薇』の体内から手に入れたらしい。


 イーゼルの話によると『獣』の体内には必ずこの不思議な鉱石があるらしく、それを武具の加工に用いると通常のものより非常に強力になるらしい。

 この鉱物のことを分かりやすく『獣石』と呼んでいる。



「それをこの剣に使ったんですか?」

「そうだよ、残りは修理や調整に使ってね」


 そう言われて先ほどの親方とイーゼルの会話を思い出す。


「師匠、俺のことを使い手って言ってましたよね?

 もしかしてこれを俺が使うんですか?」



 親方がファルスが使い手かと尋ねた際にイーゼルはその通りだと言っていた。つまりはそういうことだ。


「そうだよ。私からのプレゼント」

「そんな! どうしたんですか急に?」


 ファルスは改めて手にした剣を眺める。

 銀色に輝く剣身。根本の部分には青色の薔薇の意匠が施されている。それだけを見ると見た目重視の儀礼用かと思いきや、親方の説明によるとこの薔薇の部分には獣石が多く使われており、剣身の強化に一役買っているらしい。


 それに見ればわかる。

 この剣はそこらのものより遥かに強力な剣だ。


「あとは坊主の手になじむよう調整すれば完成だ」

「本当に、俺にくれるんですか?」



 イーゼルを見ると、優しい微笑みを浮かべていた。


「ファル君は『獣』狩りに同行するだけでなく、戦闘にしっかり参加したね」


 最終試験である『獣』の狩りには同行はしたが、足が震えて動かないといった事も少なくない中、ファルスは戦闘に参加していた。

 さらには『獄の薔薇』の討伐に十分な貢献をしたのだ。

 このことは本部も大きく評価している。


「もうこれで文句なく見習い卒業だよ。だから、私からのそのお祝い」



「師匠……」

「これで君は私の元を離れる。次はいつ会えるかも、そもそもまたこうして会えるかどうかすらもわからない」


 もしかしたら他国の支部に派遣されるかもしれない。

 そして、そこでどちらかが死ねばもう会うことはない。


「だから私からの精一杯の願いだよ。少しでもファル君の人生に幸福があることを願って、この剣の銘を決めた」




 イーゼルは剣を持つファルスの手に自分の手を重ねた。


「この剣の銘は『祝福の薔薇』。おめでとうファル君。これで君は、立派な『月の調停者』の一員だよ」





 こうしてファルスは、晴れて『月の調停者』となった。


 そして、人員不足が理由で、彼が生まれ育った国から、西の隣国カノセイドに派遣されることになった。

 ありがとうございました。

 感想、アドバイスあれば是非お願いします。

 

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