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愛したわけでは  作者: コトブキ
ふたりの話

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8/8

日々






 出立の日は晴天であった。




 古参は窓から空を見る。のんびり雲は浮かび、のんびり太陽は出たり隠れたり。そしてまたのんびり、鳥が鳴く。世界はずいぶん暢気(のんき)だった。


(眠ぃ)


 気を抜くとまぶたが落ちそうな、のどかな陽気である。不寝番をこなした身にはわりときつい。はふ、と漏れるあくびをそのまま、古参は目を擦る。

 城の整備場である。

 昼組との交代やら、巡回や護衛の打ち合わせやら、その任務で使用される人形の起動音やらが高い天井まで響き渡り、隅にいてもえらく騒がしい。慣れていないと隣にいる者の声すら聞き取れない。「視察団」のヤツラも嫌がり、おおかたは一度来たきり、二度と来なかった……。


(……よえーやつら)


 古参はまた、はふ、と息を漏らす。数ヶ月も前のどーでもいい話が出てくるあたり、頭はかなりぼーっとしている。

 人形が一機、立ち上がった。ずんぐりした胴に、腕が二本、脚も二本。外見は、闘技場の質の悪い人形と全然変わらない。ただ、頭からトゲのような棒をいくつもはやすのが、あちらの、オンナの故郷の人形だった(連絡を取るとかなんとかオンナは言っていた)。これまで一機だったあちらの機体は、今では数機、起動した人形の隣に座っている。


(結局、出てくんじゃねーかよ)


 古参は顔をしかめる。適当な資材に座ったら、角が尻にあたって痛い。本当はとっとと寝たいのだ。だが今日はオンナが出て行く日だから、顔を出せばツケはチャラにすると言うから、古参は仕方なしに、こうして不寝番明けでも整備場にわざわざいるのだ。

 数ヶ月前に「やめる」と言ったオンナは、すぐに「やめるのやめる」と言った。ヒトサワガセなクソオンナ、と言ってやったら「いろいろあんのよ」と流された。

 しばらくすると「出て行く」とオンナは言ったから、またか、と思っていたら今度は「出て行くのやめる」とは言わなかった。やっぱやめんじゃねぇかクソオンナ、と言ってやったら「場所変えるだけよ」と返された。

 城で古参のように山道を見回るのではなく、隊商に付く護衛らしい。しかも、そのまま隊商と一緒にあちこちを回ると言う、しばらく戻ってこないと言う。新参者が増えるから、城の人形乗りも増える。その分を他に回して稼ぐのだと、家臣(おっさん)からは聞いた……。

 古参は、場所を変えて働く、ということがよくわからない。

 闘技場は、出て行くのは死体か病人だった。

 この城は、出て行き、また帰る場所だった。

 今まで、生きている仲間は古参の見える所にいた。見えない場所で、遠くの地で、同じように飯を食って生きているヤツがいる、ということがよく思い描けなかった。そのうち自分もそうなるのだろうかと思っても、新しい場所など、新しい事など想像できず、頭が痛くなる。家臣(おっさん)に聞いても、「それはお前が決めて良いことだ」と返された、わけわかんねぇ……。

 起動した人形から降りてきたのは、オンナの故郷から新しく来た者だ。オンナと同じく能なしだが、人形の整備はなかなか上手い。オンナが乗っていく機体を担当していた。とはいえ、新参は新参だから、古参は用心している。機体を眺め、特に異常がないのを確認する。


(あのアマ、おせーじゃねーかよ)


 古参はまた、はふ、とあくびをした。かなり大きい。人形も準備できた、護衛としてオンナを連れて行く商人(ジジィ)もやって来た、というのに、オンナはまだ整備場に現れない。あれだ、どうせ化粧にでも時間をかけているのだ、しかしどうして女というのは化粧に時間をかけるのか、大して変わりはしないのに……。ガクリ、首が傾いた衝撃で、目を覚まし、首を振る。このまま座っていてはどうにも危ない、商人(ジジィ)が相手では面倒だが、話していれば寝ないだろう……。

 古参は立ち上がり、伸びをする。そうして、前へ向かって歩き出した。






「おや、暇ならば荷運びでもしますか? 駄賃は出しますよ」

「だりぃ」






 商人は笑みをかみ殺した。

 商会の者から報告を受けていたら、古参の青年が隣にやってきたのだ。何かと思えば、暇だと言う――眠そうに目をしばたかせて。ならば寝てくれば良いのに!、とは、口にしてはならぬことなのだろう。難しい年頃だ。構ってやりたいが、雑事がある。ぶつぶつ文句をつけていたが、そう言わずに、と押し切り、整備場を出る。

 家臣に確認することがいくつかあった。城にはしばらく戻らない。些事ではあるが、不明は潰しておきたい。城内の者と別れの挨拶を交わしながら、家臣の居場所を尋ねる。訓練場にいるらしく、足を回廊に向ける。

 歩くと血が巡るのか、なにかと考えが浮かぶ。

 次の取引の仕入れ、新しくあちらから来た者たちの要望、それを叶える物品の手配、そして、護衛として連れて行く彼女がこれから必要とする、細々とした物。


(しかし、ややこ(・・・)とは)


 自然と上がる口角を、商人は苦心して戻す。

 彼女が退職を申し出たのは数ヶ月前のことで、腹の具合を逆算できるのも数ヶ月前のことだ(しかし体つきはさっぱり変わりない)。長い人生、こういった類いは小耳に挟むが、目の当たりにするのは商人も初めてである。まあ、いろいろあったのだろう。結局、彼女の退職話はなくなり(護衛にはできた)、商人が用意した宝飾品は一組だけになったが、さほど損した気にはならない。長からは詫び代わりに別の取引を受けたし、端から見る分には面白い話だったのだ。孫娘なぞ今から準備万端、彼女の到着を待ちわびている。先日の手紙には、「ぜひ詳細を伺いたく!」云々の文字が、機嫌良く躍っていた。これは彼女も大変だ。


(土産話は、もっと面白い)


 商人はまた、笑いそうになって、口元を覆う。

 家臣からその話を持ちかけられた時、思わず「誰が、誰を?」と聞いてしまった。まさかまさかの想定外、何の冗談かと耳を疑い、しかし家臣の渋面を見て納得した。本気らしい。あの貴人は、本気でそうするらしい。そうでなければこみ入った細工など不要だ――一人ではなく、より広く必要とされる者に仕立てるなど。しかもこの土産話、なかなかの案件の様子。適当な素性ならば手間はないが、どうも手軽に済まない気配。護衛の名目で彼女は城から離れるが、なるほど、これは産むだけが理由ではない。それだけの時間が、この仕込みには、かの貴人の企みには、必要なのだ。


(尊い方は、怖い怖い)


 商人は、どうにも笑みを抑えられない。 

 皮算用はならぬと戒めるのだが、大口の注文にはなんとも昂揚してしまう。まだまだ先の話、口約束ではあるが、婚礼衣装の受注を取ったのだ。長からも、そして博士からも。婚礼は見世物、という魂胆の両者であるから、見積の天井はかなり高い。彼女を見る度すぐにでも寸法を取らせたくなるが、すんでのところでこらえる毎日。焦ることはない、身二つになってからでも遅くはないのだ、とはやる心に言い聞かせる。あまり先走ると家臣の不興を買いそうだ。あの顔つき、あの口調から察するに、諸々のこと、全て飲み込んではいないのだろう。まだ一波乱、二波乱もあり得る。

 回廊の先に、商人は家臣を見つける。そうして、今後の家臣の苦労を想像しては、ついつい笑ってしまうのだった。






「くれぐれも、良い旅路を」

「道中、皆に気を配りましょう」






 家臣は顔をしかめる。

 商人との打ち合わせはすぐに済み、訓練場での監督に戻る。出立の当日なのだ、あらかたの用意は終わっているもので、終わっていないのは肝心の人のほうだった。紐付きがまだ来ていない、と商人から聞いた時、家臣は心のうちで、一つ、ため息をついた。紐付きは、意外にも刻限は守る。支度も済んでいたようだから、来ていない、というのは理由があってのことだろう。誰かに引き留められているであったり、話し込んでいるのであったり。


(別れが長いとはいえ)


 家臣は眉間を揉む。

 最近、このあたりの皺が深くなった気がするのだ。どうされました?、と横から部下に問われたので大したことはない、と返し、ついでに確認のため走らせた――若君が執務室にいるかどうか。いなければ困るが、いないほうが安心できる。なにせ推測の範囲に収まるのだから。ここ数ヶ月、その範囲を越える事柄はたいそう多い。紐付き絡みは特にそうだ。


(あれが前言を翻(ひるがえ)したまでは良かったが)


 家臣は、今度は本当にため息をつく。

 単なる奥方であれば、こうまで頭を抱える必要もない。人ひとりの籍を繕うのもどうにかできる。しかし、そうはしないと、それだけにはしないと若君から聞いてから、家臣は大いに反対した。具申を重ね、若君とは幾度も論を交わした――が、またも諄々と利を諭され、やむなく頷いた。けれど今でも納得してはいない。紐付きを紐付きのまま、こちらの者にしないまま受け入れるのは、危険が大きい。中央に目を付けられるのも困るし、都市に介入されるのも面白くはない。


(いかにすべきか)


 頭をかいた家臣は指の間に白髪を見つけ、また、ため息をつく。

 時を占う者でなし、人知及ばぬ遙か先を悩んでも仕方ない。すでに悩みは多いのだ。どちらに似るのか、魔力はどうなるのか、そもそもまっとうに産まれるのか。……若君の子をあれが、という事実は諦めて受け入れた。まだまだ形になってはいないが、行儀作法を学ぶ紐付きの顔つきは、まあ、悪くはなかった。

 紐付きの他に、都市から新しく来た者たちも思案の種だ。商人から聞いてはいたが、技に長ける分、癖も強い。今は家臣の屋敷の近く、城下の集落にまとめて置いているが、いずれ慣れれば外も歩こう、声も交わそう。そうなれば見張り役を兼ねた案内も付けねばならず、では誰を、と振り返れば人手は足りない。獣の智者より協力の申し出はあれど、そも彼らは身内同士。毒を食らわば皿まで、と聞くが、節度と緊張感は必要だ。独自の警戒は怠れない。

 早く一人前を増やさなければ、と半人前の人形乗りたちへ家臣が激を飛ばしていると、部下が戻ってきた。肩には小さな獣が一匹。ご不在です、に続いたのは、お呼びくださるそうです、との言葉。獣の智者は尻尾を揺らし、後ろ足で立ち上がる。若君がどこにいるかは家臣も見当がつく。だが良い頃合いを見計らって声をかけるならば、確かに、城のすみずみに潜むこの獣のほうが向いている。


(やむを得まい)


 眉間の皺をほぐし、家臣は手間を詫びて智者に頼む。そうして、鍛え甲斐のある未熟者たち(指示もないのにへたり込んでいた)に手ずから指導を行うべく、訓練場の中央へ足を踏み入れた。






「気に病む必要はない。迷惑料の先払いにあたる。今後そちらには面倒を多数かける予定だ」

「今後も、であろうよ」






 博士は顔を上げた。

 厳密には、神経細胞を間借りしている小動物の頭部を持ち上げた。天井裏の隙間で耳を澄ます。扉が開く音はまだしないので、宿主の欲求に従い、雑穀をかじる。

 元部下の部屋、ではなく、部屋の前の通路である。

 氏が部屋に来ているのは、氏特有のカッ、カッという切れの良い足音で把握済みだ。元部下も「お茶でも飲む?」と迎え入れていた。家臣には頼まれたが、待つか、と博士は思っている。急かす必要が無い。博士も隊商に数個体を付けるから、移動予定は余裕を持ったものと知っていた。

 時間を潰すため、宿主達を何体か並べて踊らせてみる。四足の宿主に二足歩行の舞をさせるのは、意外と難しい。


 それでも思考が空くので、博士はこれからのことを考える。


 元部下がこのままこちらに居着けるのならば、都市はさまざまな利点を得るだろう。氏は現在、この地の立法、司法、行政を掌握している。その氏と、秘密裏ながら、より強固な契約を、縁を持てれば、都市が望む住人との交流は一段と進む。それは、種の存続を最優先とする都市には願ったりの話だ。

 また、氏の許可が得られれば交雑種の標本を入手できる。身体の致命的な欠陥が発生しても、事前にわかれば治療法を探せる。そのためにも母体の健康は必須で、だからこそ氏の抵抗を押し切っても元部下は引っ越すことを決めたのだ。

 とはいえ、氏も一筋縄ではいかない。本当は生育も商人の別宅で行いたかった――都市の医療機材が充実している――が、そこは氏が譲らなかった。この地でいかに中央の干渉を避けて安全を確保するか、が今後の互いの課題となっている。

 宿主達の前足がピタッ、と揃えて持ち上がった。出来映えに満足した博士は、また、耳を澄ます。部屋の扉はまだ開かない。むうぅ、と博士は髭を震えさせた。今度は後ろ足一本で跳ねる舞に挑戦させてみる。


 それでも思考が空くので、博士はこれまでのことを考える。


 元部下が「やめるの、やめるわ」と言うのは選択肢にあったので、博士はたいして困らなかった。産休・育休を取りたい、と言うのも実は選択肢にあったので、これも博士は困らなかった。交代人員の手配は止めていなかったのだ。ヒトとの付き合いも長いので、匂い――つまりは体表からの分泌物――の変化でいろいろ気づく。

 困った、というか難題だったのが、その産休・育休中の人件費を氏に認めさせることだった。お互い、これが次からの目安、と認識しているから、まあ譲らない。元部下のことだとちらつかせても、さっぱり、手加減されない。氏の手強さは相変わらずで、博士は都市の担当職員ともども資料の作成に追われた。精神的疲労により、宿主の毛は大量に抜けた。ひどい目にあったものである。

 当初は元部下に作らせるつもりだったのだが、かなわなかった。ここ最近、わずかではあるが、思考が低下しているのだ。個体差はあるようだが、体内に別個体を抱えると負荷がかかるのか、注意力が散漫になるらしい。期毎の費用精算をしている際に、「うそぉ、なんで二桁の計算なんか間違うのよ……」という元部下のぼやきが聞こえた時には、まずい、と博士も感じた。肝心の交渉資料で桁を間違われては、大変な悲劇である。

 宿主達が片足で直立し、ピタッ、と止まった。その偉業に博士は賞賛を送り、さて?、と耳を澄ます。部屋の中から茶器を片付ける音が聞こえたので、一個体を残して宿主達を解散させる。


 扉が開くのを待つ時間、思考が空くので博士は今を考える。


 元部下の部屋は、もうすぐ閉じられる。氏は交代要員に対し、城近くの集落、一軒家を用意した。家臣の屋敷も近い。それは、監視も受けるが、そこからも情報を収集して良い、ということだ。博士は遠慮無く宿主達を走り回らせている。

 元部下の部屋は、だいぶ片付いている。都市の機材もすでに交代要員の家に搬出された。部屋に残っているのは、こちらの家具と、元部下の私物ばかりだ(茶器は元部下に買い取られた)。

 元部下の部屋は、賃貸契約が結ばれた。住みはしないのに、氏は部屋を貸し、戻れないかもしれないのに、元部下は部屋を借りた。ふぅむ、と博士は感心したものだ。なんであれ、契約は契約だ。つなぎ止めるには、互いに良い手段だろう。元部下の給与から自動的に支払う形式(つまり自腹)にしたあたり、さすがに慧眼の氏であった。元部下もいろいろな意味で戻りたがるに違いない。


 扉が、キイと軋んで音を立て、開く。

 来たか、と博士は宿主に尻尾を振らせる。下からは足音が二種類。互いに合わせた歩調。通路に出て、扉を閉め、ガチャリ、鍵を閉める音。


「じゃ、これ、渡しとく」

「……予備か?」

「合い鍵。あたしが失くしても安心だわ。やー、渡す相手がいるっていーもんよねー」


 博士は壁を伝って通路に降りる。個体の歩幅は短いので、足音に追いつくには走ることに集中しなければならない。なので、足音が階段そばで止まった時、交わされた言葉は、よく、聞こえなかった。

 だが、博士には大した問題ではない。ヒトとも、この二人とも付き合いは長いのだ。何を言ったのか、互いに何を告げたのか、だいたい予想はつく。






「――――――」

「―――――」






 博士は勢いをつけ、ひょいと元部下の肩へ駆け上がる。

 階下から響くざわめきは、明日への活気に満ちていた。















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