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愛したわけでは  作者: コトブキ
それぞれの話
1/8

たぶん、なかった(女の話)






 見下ろすと、男がいた。



 

 華麗な男だった。

 高い背丈に締まった立ち姿。端正な顔立ちに輝く瞳は深い緑、その容姿を飾るのは艶のある金髪。陽の光を反射して作られる輪は、男の雰囲気とも重なってまるで王冠のよう。


 実際、そう思うのも間違いではない。廃棄されていたこの城をどさくさに紛れて占拠し、変異した動植物の駆除(こちらでは「魔物」と呼ばれる)を主な仕事とする武装組織を立ち上げ、そして男がその長に就いたのは、ここ2~3年の話である。ルオマにはさっぱりわからないが、権謀術数と調略の限りを尽くし、周辺国にその存在と有効性を認めさせた、そうだ。男の家臣が力説してくれた。

 土地を持ち、武力を持ち、住人がいる。

 ルオマが受けた教育では、それはもはや「国」だ。その長であるなら、無冠であれど、なるほど男は「王」であろう。


(エラくなっちゃってまあ)


 自室の窓からは、演習場へ通じる回廊が見える。男は客を伴ってそちらへ向かっているようだった。ときおり輝くのは客たちの装飾品か。布と飾りをたっぷりと使った装いは富の証だ。貴人らしく護衛の数も多い。


「うわー、ホント子ども。身分制社会って怖いわー」


 話には聞いていたが、「視察団」の実物を見ると「あんな年で!?」と驚いてしまう。客人たちは男と同じ系統だった。すなわち、受けた血によって見目麗しく、富と教育によって磨かれ、貴顕たる自覚によって上品に振る舞う、「イイトコの出っぽい」少年少女たちだ。こちらでは14~5歳で成人扱いというから、ルオマが思うほど子どもの立場ではないのだろう。けれども、得体の知れない集団(ルオマも女性ながらその一人)が占拠する、得体の知れない元廃城に、これまた得体の知れない「視察」という名目で子どもを長期滞在させる、というのは、ルオマが保護者だったら「ないよねー」と思うわけである。

 男に視察団の詳細を聞くと、団長はともかく、少年少女たちの出自は、どっかの貴族、どっかの大商人、どっかの宗教組織、どっかの騎士団などの子息子女だった――ただし、跡取り以外(・・・・・)。露骨過ぎた。疎いルオマでもわかった。失っても構わない者。代わりのきく者。おそらく、お付きの武官や文官による情報収集や分析のほうが、彼ら彼女らの実家にとって重要だろう。

 子どもたちは、絢爛(けんらん)なお飾りだ。その周囲の者が暗躍し、万が一子どもたちに危害が加わればそれを理由に男の組織に介入する。少年も少女もみな一様(いちよう)に美しいのは、あわよくば、男を籠絡させることを狙っているからか。


(エラくなっちゃって、まあ)


 今回は、選ばないかもしれない。

 けれど、そのうち選ぶのだろう。


 こちらは血縁による世襲が原則である。適性を必須とする都市とは価値観が違う。「王」の責務には子作りも入るだろう。そのためには、格式のある「妃」も必要だ。その「妃」が近隣の有力者であれば、組織の後ろ盾にも申し分ない。(さか)しい男だから、「妃」の実家からのちょっかいなど苦もなくあしらうに違いない。


 だから、もうすぐ男は選ぶだろう。男にふさわしい、男の組織をさらに大きくするために適した、誰かを。


 男と客の一団は回廊の角を曲がり、ルオマの視界から消える。


 ため息を、一つ。

 風呂に入ってほぐされた気分が、すっかりやさぐれてしまった。

 濡れた髪を、わしゃわしゃと拭く。






 ルオマは派遣職員である。

 最初は契約職員であった。故郷の都市が掲示した「『剣と魔法の世界』に行ってみないか!?」という募集の、厳密には高額な危険手当に釣られたのが事の起こりだ。借金で賄った学費の返済に追われていたので、渡りに船というやつだった。3年契約を2回した後、都市と男が契約を結び、男の組織へ派遣される形になった。合算すれば丸9年。十代の終わり、学生時代に臨時のつもりで始めた仕事が、思えば長く続いている。


 故郷の都市が諸事情によって長く引きこもりをしている間、外の世界は大きく変わっていた。大規模な災害でも起こったのか、それまでの文明と科学技術は消え失せ、土地と武力を基盤とした封建社会――都市担当者のざっくりとした説明では「法律より腕力がモノ言ってますねー」――に、「魔法」という眉ツバ技術が追加されていた。驚いた都市は調査に乗りだし、そこにルオマのような、金は無いが時間と体は空いている住人が引っかかったのである。

 物理法則を無視する「魔法」で作られたものはいろいろある。ルオマはその一つ、「魔導人形」の調査部門に雇われた。この「魔導人形」、外見は都市が大昔に使っていた二足歩行重機(建築用)によく似ている。人が乗り込むところまで同じなのだが、小屋ほどもある巨体が、跳躍し、走り、自重と重力で潰れることもなく軽やかに動き回る。歩行がやっとだった重機とは別物だ。引きこもり前に都市が廃棄した重機と「魔法」を混ぜて作ったのではないか、というのが都市の技術者の推測。

 外の世界は「魔法至上主義」のため、こういった機械系の扱いは悪い。普段は闘技場で見せ物として戦わせ、「魔物」と呼ばれる動植物が大量発生した際には盾として使い潰す運用である。乗り手も、「魔法」が上手く使えず社会から落ちこぼれた者が大半。「魔法」なんぞ全く使えない都市の住人――ルオマが潜り込むには最適だった。とはいえ、衛生環境まで大昔並みに戻っていたのは閉口した。




 窓から離れ、自室を見渡す。

 こちらの伝統的な手作り家具と、都市から送られた機材がまみれた、混沌とした部屋である。男がこの城を拠点として得たため、都市からの提供備品も充実した。今では自然光や風力などによる発電・蓄電で、電子機器も運用できるほどである。

 寝室と応接間、として続きの二部屋をあてがわれているが、応対する相手は男くらいだ。本当は城の下部にある整備場近く(理想の職住一体!)に欲しかった。風呂場も近い。けれどもルオマの希望は、故郷の思惑と男の指示で儚くも散った。ルオマの故郷の都市は、こちらでは「魔物の巣」「不毛の地」などと呼ばれ、人外魔境の認識である。事情通の多い城内はまだしも、城外でばれると無知と偏見でたいそう悪いことが起こる。万が一を考え、城で一番警備が厚い場所、つまりは男の居住区域の隣に部屋を据えられた。男の側からの信用の表示、といった側面もあったから、ルオマも仕方なしに諦めた。

 ちなみに、上階のため風呂場からはかなり遠い。後日「私も使う」と男が近くに風呂部屋を作らせていたが、ルオマは利用したことがない。都市では、自分のことは自分でするのが当たり前だ。下働きに湯をくませてまで入るのは、気が引けた。


(そっちも都合がいいもんね)


 長椅子に寝そべる。応接間としたので、長椅子の向かいには、脚の低いテーブルを挟み、こちら製の優美な椅子を置いていた。なめらかな椅子の曲線を、ルオマは横になったまま眺める。


 男は、よく、その椅子に腰掛ける。


 華やかな男が、少し疲れた顔をのぞかせて、椅子に座る。そうして、ルオマが出した茶(都市産)を飲み、「不味い」と言う。


 ルオマは、その光景を、何度も見てきた。

 何度も見ても、決して飽きはしなかった。


 執務を終えた男がふらりとやってきて、とりとめもない話をする。こちらの貴族階級での流行だとか、あるいは城近くに立つ市場で人気の芝居だとか。もちろん仕事の相談もする。機体の調整だったり、都市とこちらの技術交換の話だったり。

 会話が途切れた時、男が、ルオマを見つめることがある。何を言うわけではない。ただ、緑の瞳がけぶるように瞬き、ルオマを見つめる。刻一刻と深みを増す緑をいつまでも見ていたくて、ルオマは黙っている。そのうち、男の眉間に皺がよる。不機嫌な雰囲気がにじみ出る。つい噴き出してしまい、男がにらむ。詫び代わりに、「いく?」と寝室に誘う。


 断られたことはなかった。

 たぶん、都合が良いのだ。


 亡国の貴種、場末の闘技場に身を隠していた流浪の男も、今ではひとかどの立場だ。娼婦にしてもそれなりの者が必要だし、そう頻繁に呼ぶのも手間である。こちら出身ではないルオマは、後腐れもなく都合の良い相手のはずだ。それもあって、男の居室と同じ階に部屋を置かれたのだろう。


 別に構わなかった。ルオマにとっても都合が良い。こちらの衛生観念はお世辞にも高いとは言えない。うかつに関係を持てば病気をもらう。昔、酔った勢いで男との関係が始まった(しかもあの狭い操縦室で!)が、慎重な男は当時から身持ちは固かった(が初物ではなかった)。結果としては良い選択だった。


 お互い、都合が良いだけなのだ。

 だから、一緒にいるだけなのだ。


 ため息をつき、顔を上げる。

 視線の先で、鉄製のかんぬきが鈍く光る。ルオマはそれが嫌いだった。男が自室をよく訪れるから、組織の鍛冶屋に頼んで作ってもらったのだ。自分だけなら身を守る術もあるが、立場のある男が不用心では困る。男が来ている間はかんぬきをかけ、帰るときはそれを引き抜き、男が部屋から出たら扉を閉めて、また、かんぬきを落とす。その、ガコン、と落ちる音が、ルオマは嫌いだった。耳に、障った。それが本当に嫌だった。はじめのうちは男が戻った後もかけていなかったのだが、とうの男に不用心さを指摘された。それも腹立たしかった。


 男が朝までいることは、ない。


 礼儀知らずの野蛮人め、とルオマはいつも思う。都市とこちらの常識は違うことのほうが多いが、もとは同じ人間、このへんはこっちも同じはず、と憤慨してしまう。寝台は、わざわざ大きめのものを入れたというのに。労力を無駄にされるのは気分が悪い。だから、ルオマも言ってやるのだ。睦みあって、星が傾いて、闇が最も深い、夜明け前でも――「戻らないの?」と。


(潮時ってやつ?)


 契約更新の話は、まだ、ない。

 都市が男と結んだ契約は、3年毎に改められる。あと1~2ヶ月ほどでその時期だが、そんな話は男の口から一言も出てこない。だからルオマは、そういうことよね、と思うのだ。都市から派遣される協力者はルオマでなくとも良いのだ。ルオマも組織の事務作業を手伝いはするが、もっと向いている者など都市にはいくらでもいる。闘技場のようなひどい環境ではなくなったぶん、希望者も出るだろう。言われるのは悔しいから、自分から言い出すのも良いかもしれない。退職届って1ヶ月前が常識?、とルオマはぼんやり考えている。

 契約が切れても、食べていくには困らない。こちらでは都市の給金など使う場もない。学費を返済しても、故郷の口座にはずいぶんな金額が貯まっている。都市に戻っても、とうぶん生活には困らない。


 寝返りを打ち、ルオマは長椅子の上で丸くなる。


 今日の午後と明日は休みを取った。そういう時に男は来るから、たぶん、今夜も男は来るだろう。部屋を片づけておきたかった。何か、温かい、食べやすいものを用意しておきたかった。あるいは、男が「美味い」と言った酒でも。

 しておきたいことはいくらでもあった。けれども、動きたくなかった。


 何も困らない、とルオマは自分に言い聞かせ、腹をおさえて丸くなる。








 愛したわけでは、たぶん、なかった。








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