「言っただろ。皆――殺されたんだ」
欧州―第13地区。8日目。
ウラカは、山の麓にある。この辺りでは一番大きな集落である。
集落というよりは、町という表現の方が正しいのかもしれない。住人の数も、そして出入りする人間の数も、テト村やセゲド村などに比べると遥かに多く、物流も盛んである。
景観にしても、山の集落のような野暮ったさは見られない。
家々の間を縫うようにして不規則な形の石畳が続いており、その道幅は車両が離合できるほどに広い。
石畳の両脇には、二階建ての建物が並ぶ。いずれも古い乳白色の煉瓦で造られたもので、屋根には茶褐色の方形石が規則正しく敷き詰められている。幾つかの建物には、錬鉄で作られた小さな看板が吊り下がっており、靴の形を模したものや牛乳瓶の飾りがついたものなど、それぞれが店の個性を巧みに表していた。
――そう。ウラカには店が立ち並んでいるのだ。山の集落との最も大きな違いは、そこにある。
ゆったりと流れる時間の中、人々はそれらの商店で、自分たちの生活に必要なものを買い揃える。野菜の売買をしながらも気が付けば長時間立ち話をしていた、そういったことは、この町ではさして珍しくない光景だ。
さらには、日用品店や食料品店はもちろんのこと、食堂や酒場までもが軒を連ねている。それがウラカの町なのだ。
山の集落に住む人間も、わざわざこちらまで下りてきて、買い物や娯楽を楽しむ。中には、利便さや快適さを求め、山の方からわざわざ引っ越してくる者までいるほどだ。自然、ここは様々な村の出身者が集う町となった。
実を言うと、ウラカの町にある店舗のほとんどは、そのように山の集落から越して来た人々によって経営されている。特に、セゲド村出身者には商才や話術に長けている者が多いため、ウラカにある商店のうち、半数近くがセゲドの人間によるものである、というのが現状だ。
そして。
ウラカの中でも最も山肌に近い南区域、そこにも一軒の、セゲド村出身者による店舗があった。錬鉄で作られた円形の看板には、「香辛料」の文字が並んでいる。
ミトは、その香辛料店の娘だ。今年で十九になる。
彼女たちの出身地であるセゲド村は、その地質上、珍しい香辛料が取れることで少し名を知られている。香辛料が取れる、しかしそれだけでは不十分だ。収穫した物を売って、利益を得る必要がある。村の人間の中には、遥か遠方にまで出稼ぎに行き香辛料を売りさばいている者もいるが、ミトの家族は故郷から近いウラカの町を商いの拠点に選んだのだ。
その日も、ミトは店の準備をするために早起きをし、朝食を済ませたところだった。
両親は数日前から首都の方に出かけている。首都で開かれる大型市場には、定期的にセゲド村の香辛料も出品されるのだ。その市場でセゲドの香辛料を売り、反対に他の地域で取れる香辛料を得て帰ってくる。だからミトの店には、欧州各地の香辛料が揃っているのだ。品揃えのよさが評価されているのか、ウラカだけでなく、山の集落にも得意先は多い。
ミトには、四歳離れた兄がいる。「ジャーナリスト」を自称している彼は、二ヶ月前に家を飛び出したきり、未だ帰ってきていない。どうせまた、どこかで取材でもしているのだろう。いつものことだ。
ともあれ、今日はミト一人で店を切り盛りしなければならない。
細身のジーンズの上からエプロンを腰に巻きつけ、手際よく紐を結ぶ。女性がズボンを履くなんて、と眉をひそめる者も多いが、ミトはそんなことは気にしない。ひらひらしたスカートよりもこちらの方が動きやすく、仕事に差し支えがないのだ。それと同じ理由から、髪の毛も短く切ってある。幼い頃から兄とばかり遊んでいた影響だろうか、ミトには女らしさと言うよりは少年のような雰囲気が定着してしまっている。
「今日も一日、がんばるで」
気合を入れるために、声に出して呟いてみた。
母屋から店の方へと続く廊下を通り、会計カウンターの裏に出る。
店内は母屋の居間と同じくらいの広さしかない。カウンターから見て真正面にはガラス張りの扉があり、外の通りが見えるようになっている。これが店の入り口だ。
ミトはまず、入り口の鍵をはずして店の扉を開ける。上からぶら下げた大きな風鈴が、リン、という澄んだ音を響かせた。この風鈴も、亜州贔屓の父が骨董市場で買ってきたものである。鈴が風に揺れると同時に、外からは朝晩特有の少し湿った涼風が店内に流れ込む。
「うぅー、冷やっこいなぁ」
半袖で過ごすには肌寒い季節になってきたようだ。
扉を開け放したまま、ミトは店の中に戻る。左右の壁には床から天井まで届く高さの棚が備え付けられており、そこには様々な大きさの瓶が陳列されていた。もちろん、中身は全て香辛料だ。粉末状のものもあれば、葉の状態のまま保存されているものもある。その一つ一つを丹念に確かめながら、不足しかけている香辛料は足元の樽から取り出し、継ぎ足しておく。それが終わるとカウンターに戻り、その上に置かれた大きな秤をきれいに磨いた。
店の準備が整い、ミトは息をつく。
時計を見ると、八時を指していた。開店までには時間がある。
そういえば、とミトは思い出す。昨日空になったばかりの樽を洗わなければいけない。香辛料が入っていたものだから、時間を置くとその匂いが強く染み付いてしまう。慌てて母屋に戻り、家の裏口から店の表まで大きな樽を転がしてきた。店先にある蛇口の前に樽を置くと、しゃがみこみ、一緒に持ってきたブラシを手にする。
「あーあ、面倒いわぁ。なんでこういう時に限って兄貴はおらんのよ、ホンマに……。いっつもウチばっかり樽磨いてるん違うのん? 何やしら、ごっつ不公平な気ぃするわ」
ぶつぶつと呟きながら、恨んでも仕方ない、要領のいい兄を恨む。
「ま、ええわ。ぱぱーっとやって、ぱぱーっと終わらせよ」
蛇口をひねると、勢いよく水が飛び出す。それに負けないくらい、ミトは力強く樽を磨いてゆく。目を寄せ、一心不乱にブラシを動かした。何だかんだ言いつつも、磨き始めると自分がその作業に没頭してしまうことを、ミトは知っている。意地になって、どうせ磨くならと、板と板の隙間にさえもブラシの歯を滑り込ませる。外面を一通り磨き終えると、次は内側だ。ふう、と小さく息をついた。軽い眩暈を感じながらも、立ち上がる。
そして顔を上げ、動きを止めた。
ミトの店は、ウラカの中でも最も山辺に近い南区域に位置する。そのため店先からは、テトやセゲドへと続く林道が確認できるようになっている。
その、林道の方から、誰かがやってくる。遠目にもその人物がかなりの長身であることが伺えた。何かを、抱えている。
ブラシを手にしたまま、ミトは眉をひそめた。
山の集落の人間だろうか。
しかし、こんな朝早くから彼らがウラカに降りてくることは滅多にない。降りてきたところで、ウラカの店はまだ一軒も開いていないからだ。
遠方にでも出かけるのだろうか。そんなことを思いながら、淡い朝日の中をこちらに向かってくるその人物を見つめた。
男だった。この辺りでは珍しい金色の髪をしている。俯きがちに歩いているので、風貌はよく見えない。戦場の兵士が着ているような野戦用ジャケットを、大きな背丈に羽織っていた。腰には、一振りの剣が無造作に下げられている。
――山の人やない。
ミトは直感的に思った。雰囲気で分かる。あれは、この土地の人間ではない。少しだけ警戒心が頭をもたげる。一体誰だろう、こんな早朝から。
息を詰めて、男の動向を見守る。しかし彼が両手で横抱きにしているものを見て、ミトは瞠目した。
「デュカくん!?」
思わず上げたその声に反応し、男が顔を上げた。男の碧眼と彼女の鳶色の目。視線がぶつかる。
ミトは僅かにひるむ。男の目には、深い陰りが射していたからだ。大きな悲しみを湛えた目。まるで他を全て拒絶しているような、そんな空気を身に纏っていた。しかしミトは手にしていたブラシを樽の上に置き、エプロンで手を拭うと、躊躇いがちに男のもとへ駆け寄る。男も、それを認めて立ち止まった。
男が両腕で抱えていたのは、デュカスという名の少年だった。
デュカスは山の集落の一つ、テトという村に姉と二人で住んでいる。ミトより三つ年下だが、よく働く上に幼い子ども達の面倒もよく見るため、大人からも子どもからも慕われる存在である。背格好の割に剣の腕が立つということもあり、ウラカの町にも彼を知る人間は多い。ミトはそんなデュカスと、もう数年来の友人だ。
ミトはデュカスをそっと覗き込む。今の彼には、いつものような元気はかけらも見られず、男の腕の中で目を閉じたまま動かない。服は泥だらけだし、顔にも腕にもあちこちに引っかき傷が走っている。彼の身に何か起こったのだということは一目瞭然である。
自分の知らない人間が、衰弱したデュカスを抱えて山を降りてきた。事態が把握できず、ミトは困惑して男を見上げる。
「なんで、こんな……。デュカくん、どうしたん? 何かあったんですか?」
彼女の問いに、男は目を閉じ、首を横に振った。それが何を意味するのかは分からなかったが、男がその質問を拒んでいるような気がしたので、ミトは口をつぐんだ。
言葉を選びながら思案しているミトを見つめ、男がようやく口を開いた。
「こいつの、知り合いか?」
ミトは顔を上げ、頷く。
「そう――ですけど、あなたは?」
しかしそれにも男は答えなかった。
「悪いが、こいつを手当てできる場所を提供してほしい」
その瞳に、先ほどの暗澹たるものは浮かんではいなかった。嘘のように表情が改まっており、声音もしっかりしている。
自分が最初に見たのは錯覚だったのだろうか。少々戸惑いながらも、ミトは再び頷いた。デュカスは手当てを必要としている。そしてこの男自身にも疲労の色が濃い。何があったにせよ、まずはこの二人を休ませてやることが先決だ。話は後で聞けばよい。
そう思ったミトは、振り返り、自宅と店を兼ね備えた建物を指差して見せた。
「ウチん家、あそこなんです。ついて来てください」
ミトの示した先を見やると、男は頷き、ミトの後に続いた。
先ほど開けたばかりの店の扉から、ミトは男を中に招き入れる。男はデュカスを抱えたまま入り口で立ち止まり、林立する香辛料の瓶や天井からぶら下がる麻袋などにぐるりと視線を巡らせる。
ミトは会計カウンターの所から彼を手招いた。
「こっちです。母屋の方に」
男は言われるがままにカウンターの裏に回り、長身を屈めて母屋への廊下へと足を踏み入れた。
廊下の両側には、居間や台所がある。しかしミトはそれらを素通りし、廊下の最奥にある階段を目指す。
二階まで上ると、兄の部屋へと向かった。床に散らかる書籍類を脇へどけながら、足の踏み場を作る。勝手に触ったと後で怒られるかもしれないが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
「そこのベッドに寝かせたげてください」
ここ二ヶ月間、持ち主の帰ってきていないベッドを指差し、男を誘導する。男は抱えていたデュカスをそっとベッドに横たえた。そして自らの腰に下げた剣を、壁に立てかける。恐らくはデュカスのものであろう。ミトにも見覚えがある拵えだ。
ミトは腰を屈め、眠っているデュカスの様子を確かめた。今のところは穏やかに寝息を立てており、苦痛の表情も見られない。ミトはひとまず安堵する。しかし。不意に自分の視界にちらりと映ったものに対し、戦慄を覚えた。
「ちょっ…、これ、血ぃと違うん!?」
デュカスの体を指差して、思わず悲鳴を上げる。
彼の着ている白いシャツには、明らかに血痕と分かる染みが付着していたのだ。それは脇腹の辺りから背中へと続いている。恐る恐る、ミトはデュカスの体を支えて横臥させた。そして目の中に飛び込んできた色彩に、息を呑む。
既に乾燥してはいるものの、赤黒い血の塊が背中全体に広がっていたのだ。
男はミトの視線の先を辿り、心得たように「あぁ」と呟いた。
「ベッドが汚れてしまうな」
「違う、そういうこと言ってるんやなくて!」
ミトは半ば呆れ顔で男を見た。
「デュカくん、背中怪我してるんですか?」
「いや、一応確かめてみたが、そうじゃないらしい。恐らくは他の人間の血だろう」
事もなげに、男は言い放つ。そしてデュカスの靴を脱がす作業に取り掛かった。ミトは無意識のうちに自分の服の胸元を握り締めた。
「他の人間の血って……どういう事ですか? 一体、何があったんですか?」
押し殺した声で、問いかける。男はちらりとミトの顔を見、そして、
「テトの村が襲撃された」
再び目を伏せ、抑揚のない声で呟いた。手は依然として、デュカスの靴を触っている。
あまりに自然な口調だった。
ミトは男の言葉の意味を図りかねる。眉をひそめたミトには構わず、男はさらに続ける。
「オレはその場に居合わせたわけじゃないが、こいつを残して村人は皆――殺された。家も畑も、燃やされた」
淡々と、男は語る。脱がし終えた靴を床に向かって無造作に放る。次に片膝を立ててしゃがみこみ、自分の担いでいた背嚢をまさぐり始めた。
ややあって、ミトはかすれた声を絞り出す。その口元が不自然に引きつった。
「え、嘘やろ……? だって、そんなん…みんな殺されたって……意味分からへん。ねぇ、嘘でしょ?」
「嘘じゃない」
「え、じゃあ、あの子は? ほら、デュカくんと仲良かった男の子。それとか、ほら……あの人らは大丈夫なんでしょ? もうすぐ結婚する、言うてた二人組。だってあの人ら、めっちゃ幸せそうやったんよ? 殺されたなんて、そんなん…嘘やんね? みんな無事なんでしょ?」
よそ者であるこの男が、彼らのことを知るはずもない。しかしミトは、男が自分の言葉を肯定してくれることを期待した。しかし男は依然として黙したまま、背嚢を探る。
ミトの表情に悲愴なものが浮かぶ。
「じゃ、じゃあ、この子の……デュカくんのお姉さんは? ……カヤさんは?」
ミトの問いにも、男は振り向かない。こちらに背を向けたまま、背嚢から薬品や包帯を取り出す。
「言っただろ。皆――殺されたんだ」
そう言い捨てた男の声からは、感情が読み取れない。ミトの方を見ようとしないので、その表情も分からない。
ようやくのことでミトは理解した。デュカスの身に、一体何が起こったのかを。胃の奥が重いもので満たされる。吐き気がこみ上げた。かたかたと、手が震えだす。
「なんでよぉ。なんでそんなことになるんよ…。そんなひどいこと、一体誰が……」
涙声で言葉を漏らしたミトを、男が一瞥する。そして苛立たしげに大きな溜息をついた。
「オレは襲撃の現場にいたわけじゃない。何が起こったかを正確に知っているのは、こいつだけなんだ。だからと言って叩き起こして尋問するわけにもいかない。ともかく今は、こいつの傷を手当てすることが先決だ」
「それは、そうやけど……」
男の言っていることはもっともだ。しかし、ミトは感情がついていかない。
デュカスとその姉のカヤは、両親を亡くしてから、たった二人で支えあって生きてきたのだ。カヤはデュカスに対して母親のごとき慈愛を注ぎ続けていたし、デュカスもまた、そんなカヤをいつもいたわり、よく働いて姉を助けていた。何年も前から彼らを知るミトは、そのことをよく理解している。唯一の肉親である姉を失ったデュカスの悲しみは、想像に難くない。
それなのに、目の前のこの得体の知れない男は、憐憫の情など持ち合わせていないかのようだ。淡々とデュカスの手当てに取り掛かる。
そもそもこの男、一体何者なのだ。どう見ても地元の人間ではないのに、何故テト村を知っているのだろう。何故ミトの話すセゲドの言葉が分かるのだろう。――何故、彼がデュカスを抱えて降りてきたのだろう。ミトの中で、混乱は募るばかりだ。
警戒の目で見つめていると、再び男が振り返った。
「タオルはあるか?」
男の声に、ミトは我に返る。
「え、あ、うん。ちょっと待っとってください」
慌てて階下の台所に走り、棚からタオルを取り出した。すぐさま部屋に戻り、男に手渡す。男は無言でそれを受け取ると、まずはデュカスの左腕を捲り上げた。
ミトは思わず小さく悲鳴を上げた。
デュカスの二の腕は、火傷で赤く腫れ上がっていたのだ。
「このバカ、ずっと放ったらかしにしてたな」
男が一人呟く。確かに、火傷の度合いはひどくないようだが、ちゃんとした手当てが施されていないため、周りの皮膚までもが腫れてしまっている。
タオルを腕の下に敷いてやると、男は早速消毒を開始した。
慣れた手つきで薬品を扱いながら、目はデュカスの火傷から離さずに、話を切り出す。その横顔に表情は見られない。
「襲撃について、あんたは初めて聞いたんだな? この町で話題になったりもしていないのか?」
「……はい。きっと、このウラカの人らもみんな、知らんと思います。そんな大きい事件、もし誰か知っとったら、絶対大騒ぎになってるはずですし」
「村は焼け落ちていた。誰かが火を放ったことは明らかだ。山火事に至るほどではなかったようだが、それについても、誰も知らないということか?」
ひどく事務的な口調。まるで尋問されているような心地だ。少しだけ不快感を抱きながらも、ミトはちゃんと答えてやった。
「え、あ、はい。ウラカとテトは結構離れてますから。途中、二つほど山があるでしょう? せやから火ぃとか煙とか出ても、よっぽど大きい火事やない限り、ここからは見えへんと思います」
「じゃあ、テトの村がいつ襲撃されたかは、不明か……」
依然として感情の宿らない声で呟き、男はデュカスの腕に包帯を巻き始める。デュカスが微かに呻き声を上げたが、そんなことはお構いなしだ。乱暴に、しかし手際よく、巻きつけてゆく。
「この町に警察機関のようなものはあるか? こういった、地元の問題を管轄する組織なら何でもいいんだが」
「自警団やったら、ありますけど」
ウラカも含め周辺の村々を統括するために、町の男衆が集まって組織している集団である。有事の際は勿論のこと、祝祭が行われるときや土木工事を進めるときにも、皆を代表して立ち回ってくれる人々である。あくまで町の人間が自主的に集まっているだけなので、第十三地区の政府や軍隊とは何の関係もない。単なる地元の民間組織だ。
ミトがそう説明すると、男は頷いた。そして包帯を最後まで巻きつけ、きちんと縛り上げる。一通りの応急処置は済んだようだ。男は使い終わった薬品を再び背嚢の中へと戻す。
「あとの傷は、こいつが目を覚ましてから手当てすればいいだろう。――で、その本部はどこにある?」
「え?」
「自警団の本部だ。代表者に会って話がしたい」
何の話を、というのは愚問だろう。彼は自警団にテト村のことを報告し、処置を頼むつもりなのだ。確かにそれが一番適切な判断だ。自分達だけではどうすることもできないのだから。
ミトは、自警団をまとめている男の家の場所を教えてやる。男はミトの言葉を反芻し、場所を頭の中に記憶した。そして立ち上がる。
「こいつ――デュカスのことを、しばらく看てやってくれるか。オレも、用が済めばすぐ戻ってくる」
「はい、デュカくんのことはウチに任せとってください」
頷いてから、ミトはふと心に引っかかるものを感じた。軽く首を傾げ、頭の中で今の会話を反芻する。そして気付いた。
この男は、「デュカス」という名前を知っている。それは、つまり――。
困惑して、ベッドに横たわるデュカスと、その傍らで包帯の様子を確かめている男を交互に見やる。
――彼は、最初からデュカスのことを知っている。
「ありがとうな」
男はこちらに向き直ると、少しだけ目元を和らげてミトに礼を言う。
ミトはこの時改めて、男の顔を見た。
整った顔立ちをしている。素直にそう思った。と同時に、脳裏をかすめるものがある。
自分も、この男を知っている。いや、直接面識があったわけではない。セピア色の写真。――いつも、カヤが大切に持っていた。
ミトの双眸が大きく見開かれる。
「あ、あのっ……」
扉に向かって出て行きかける男を、ミトは呼び止める。男が振り返った。
――あなたは、もしかして。
喉元まで出かかった言葉。しかしミトはそれをぐっと飲み込む。
「あ、その。ウチの名前、ミトっていいます。自警団の人に伝えてください。協力してくれはるはずですから」
その言葉に、ハルトはもう一度目元を和らげる。頷くと、無言のままに部屋を出て行った。
しばらくして店の方から、風鈴が揺れる音、それに続いて扉の閉まる音が聞こえた。
ミトはデュカスの傍らで一人、自らの胸元を握り締めた。