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美樹さんはアニメ好きのコスプレイヤーだ。
イベントがあるとはるばる東京方面まで出張していき彼女の美貌は会場に華を添えていた。僕はきわどい衣装を着た美樹さんの写真をいくつか見せてもらったことがある。
アニメ好きのコスプレイヤーであることが彼女の思考や思想になんらかの影響を与えているのかもしれない。
だけど、単なるコスプレイヤーなのだ。美樹さんは自分のことを巫女だといったりすることもあるが、彼女に特殊な能力があるわけではない。
なのに、こう続ける……
「あの種類の人間はね、自分が酷い目にあわされるなんて少しも考えてはいないのよ。一度、思い知らせてやらないと!」
逆に自分があわされるかもってこの人は思わないのだろうか……
「海パンと偽警官にどうやって……」僕は瞬きをくり返した。「連中が次にいつあらわれるかなんて、わかりっこないですよ」
「ふふふ、ワトソンくん」薄ら笑いを浮かべつつ、美樹さんは颯爽と推理を展開。とんだホームズ気取りだ。「奴らは愉快犯よ。つまりは目立ちたがり屋の芸人──そんな人間が出没する日にちなんて決まりきっているじゃない」
2012年の特別な日程なんて僕にはなにもわからない。僕にとって土日も祝日も平日もなにも変わりばえしない一日なのである。
「まったくわからないんですけど……」
僕はビールの泡を飲み干した。口のなかに苦みが広がる。ますます思考回路は閉ざされていく。
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時計の針は夜の12時をまわっていた──汗にお酒の香りが混じりやがて溶けあうその瞬間。夏の夜の蒸し暑さの所為で僕は自暴自棄になり泣きじゃくる──自分なんてもう駄目だ。どうにもこうにもならない──そんな風に僕は思ってしまう。
アルコールが入るといつもこうだ。
だけど、なにか言葉をもらったぐらいで、この状況が改善されるわけでもなく──美樹さんに慰めてもらいたいだけ──ただそれだけのことなのだ。が、こういうときの彼女の反応は至って冷静で、論理的かつインチキ臭い。
「恭司くん、言霊って知ってる?」
口に出した言葉は、やがて意志を持ち物事を具現化してまわる──そういった現象のこと。サブカル好きの美樹さんがいうにはこの地域は特に霊的な現象が起こりやすい属性なのだそうだ。
「だから、そういうこといわないの」
母親じゃあるまいし、そういった類いの言葉が欲しいわけではなかった。僕の恋心は飲み屋の閉店時間とともに、今日も空まわりしたまま終わってしまうのである。




