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夏に僕らかしでかした奇行──白いナースの役は真紀子がやるはずだった。
でも、彼女はあの夏、確かに死んでいた。8月14日の早朝に……
いまだに原因は不明のままだ。本当なら、文化祭でやる曲は全部、真紀子が歌うはずだった。元々洋楽好きなので、歌詞なんて見なくても耳が音を覚えているんだ。
彼女の声はビックリするぐらい綺麗で、とてもバンドの音にはあっていた。練習が終わり、例の計画を誰からともなくいい出した。
10年後の8月14日の金星食。その約束を忘れない為に、例の奇行を実行するというものだ。
「なんで日食じゃなくて、金星食なんだ」
「あんなの面白くないよ。絶対金星食」
「どんだけひねくれてるんだよ」
「まあ、俺らも8月の方が、休みを取りやすいだろうから」
10年後──今、この瞬間の──自分たちを忘れないこと。そう誓いあい、再会すること──それを真紀子はとても楽しみにしていた。なのに彼女はその夏に突然死んだ。
真紀子との約束を忘れない為に、その奇行は白昼のアビィ・ロードで実行された。
「待て──逮捕だ──逮捕する──」
「自分──ただの──変態ですから──」
ラストソングは誰にも歌わせなかった。真紀子が一番好きといっていたその曲だから。歌のない伴奏だけの演奏は場内を鎮めさせた。事情を知っている一部の女子のなかには涙ぐむ者もいた。
三人の横には真紀子がいてその曲を一緒になって歌っていた。そのときから、心のなかには真紀子がいた。そう、いつも、彼女は僕らの側にいた。
今まで、それを、ずっと忘れていた──そして三人のラストソングは終わった。
*
どこまで走れば、そこにたどり着けるのだろう。たぶん碌な答えは用意されていないはずだ。僕はそんな気がしていた。それでもただひたすらに走るしかなかった。街を包む夜の碧と霧の白が一つに重なり、やがて溶けあい混ざりあっていく。
気がつけば時計は夜の12時をまわっていた。あと2・3時間もすれば、この難解で論理性を欠く方程式の解は導きだされているはずだ。その答えを僕は知りたくない。それでも、彼女とふたりで走った。アビィ・ロードを目指して。
(了)
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