12-3
「私ね……恭司にね……謝らないといけないことがあるの」
マキがいった。強い力で押し返す。ふたりの身体は二つに分かれた。
彼はなにもいえなかった。
マキの目元は涙で濡れ、パンダみたいにメイクは崩れていた。
「私……東京で……お付き合いしてる人がいるんだ……夏休みになる前に……正式にプロポーズされたんだけど……その人の実家ね……凄いお金持ちでね……私……将来、社長夫人かなって……浮かれてたんだけど……でもさ……私、まだ、若いし……色々……試してみたかったんだと思うんだよね……そんな時に恭司と出会って……楽しくて……つい、今日まで、ずるずる、曖昧な関係を引き延ばしちゃったんだよね……」
「そんなこと、今はどうでもいいだろ──」
街の方向から煙があがっていた。なにかの陰謀により、彼の住む街は滅ぼされてしまったのであった。
「どうでもよくないよ!」マキはいった。「だいたい、この道を登って、恭司はどうするつもりなの?」
「金星食──」彼はいった。なにかに魅入られたように、その瞳は妖しく輝いていた。「僕らがアビィ・ロードって呼んでる場所があるんだけど、そこから金星食を見るんだ。見ないことにはなにも始まらないじゃないか──」
彼はマキをもう一度強引に抱きしめた。
だけど、マキは、彼を受け入れはしなかった。
「駄目なんだよ、もう、私たち……私ね、恭司の愛が怖いの……」マキはいった。「東京でお付き合いしている人は恭司みたいに私のことを強く愛してはくれない。でもね、私のこと、恭司みたいに束縛したりしないよ。恭司とお付き合いして、最初は楽しかったけど、どんどん怖くなっていったの。今日だって、楽しんでいるフリをしていたけど、本当は恭司のことが怖かったんだ……手錠とロープ……あんなもの用意してどうするつもりだったのよ……」
「う……それは……」
彼が返事に困っていると、突然、車が大きな爆発音とともに燃えあがった。




