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〔Side.A 一人称〕
死神の背後から、大きな木製のしゃもじが大きく振りおろされていく。
突撃・隣の晩ご飯・ヨネスケ──が、いつも使っているそれだ。
これがコメディ映画なら最高の出来あがりなのだが、人間こんな状況に追い込まれると笑いを堪能している余裕はどこにもない。
ぶっ飛ばされる白塗りの死神を尻目に、その人は髪を風になびかせていた。
そして、その人はいつものように僕にニッコリ微笑みかける。
美樹さんなぜ?──まるでドラキュラ退治よろしく──な、黒いマント──しゃもじの他には十字架と五寸釘──チョットだけニンニク臭い──もしかして餃子食べましたか?
これが現実だとは到底思えない。
だが美樹さんのことだから、盗聴器やGPSの類いを僕に渡したお守りに仕込んでいたとしてもなにも不思議ではなかった。
「恭司くん……その娘……」
まるで浮気の現場を妻に見つかったような錯覚に僕は陥っていた。
本当はまったくの逆で、他人にはいえないふしだらな行為を隠れてこそこそやっている人間を、恋人に直に会わせてしまったことの勘違いな訳なのであるが……
なにをどう表現したらいいのかわからない。
愛情と同時に強烈な憎悪が周囲には漂っていた。
ヤキモチを焼いているとかそういうレベルではない──まるで獲物を捕獲寸前に横取りされた──美樹さんはそのような雰囲気を醸しだしていた。
死神はもだえ苦しむ。あんな一撃を背後からまともにくらわされたら、脳みそはおかしなことになっているに違いない。
仮面が縦に割れていた。そいつの顔。僕が今までに見たことのない獰猛な顔が覗いていた。
「カー・コー・ゲ──ÀÀÀÀÀÆÆÆÆÆĒĒĒĒĒ」
まるで壊れる寸前のアンプのようなノイズを発して、死神は街のなかを走り去っていく。仮面は割れていた。知らない顔だった。
奴は逃亡する先々でまた人を殺めるかもしれない。だけどもそのことを、ここにいる三人は誰もとめることはできなかった。
街のなかを奇妙な奇声が、ループしながらずっとこだましている。僕の頭のなかでは、ずっとその悲鳴が鳴り響き続けている。
とにかく僕ら三人は命を取り留めた。




