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〔Side.B 三人称〕
彼はミニバンを道路脇に停車させた。今日の為に、無理をいって自宅の車を借りてきたのだった。マキを連れて金星食を見に行く予定だ。
金星の前を月が横切ることにより表面を覆い隠す金星食──ニュース解説によると今回の金星食は、ほぼ全国で目撃することができらしい。
日食でなくトルコ国旗のような金星食を選んだのは、当時四人が相当ひねくれていたのと、8月の方が休みを取りやすいだろうという祐介の提案だった。
約束通り、学と真紀子はアビィ・ロードに姿をあらわすだろうか?
その日のストリートは人は疎らにいるのだけれども、どこか物静かで悲しげだった。これは祭りの後の寂しさなのだろうか……
静けさが夏の終わりを暗示していた。まだ8月ではあったが、田舎の夏はなぜこんなに短く終わっていくのか?
曲をひと通りやり終えると、彼はマキにこういった。「ご免……僕、もうやめるよ……歌うのをやめにする」
ずっと前に決めていたことだった。
才能を認められないアーティスト役を演じるのは正直ウンザリしていたし、そんな才能最初から持ちあわせていないことに一番気づいているのは彼自身なのだった。
今はなにも持ちあわせていないけど、必ず君を幸せにする……だから僕と……彼はそう思っていた……しかし……
「あんたからギターを奪ったら、一体なにが残るのよ……」マキは彼にそう言い放った。「誰もそんな人のこと、好きにならないよ……」ある意味とどめを突き刺された。
「それは……マキちゃんも?」
もう、それは、絶望的な響きであった。
そう、なにも、残らないのだ……彼にはなにも……。ドラマや映画の主人公が夢を諦めたとしても、ヒロインはその人物を愛するものだと彼は信じて疑わなかった。
だが、どうやら、彼はマキの人生の主人公になることはできなかったようだ。いや……わかっていたんだ……そんなこと……
絶望と悲痛──二人の孤独は複雑に交差する。その時──不自然にストリートに悲鳴が鳴り響いた。
「キャ──助けて──!」




