1-3
〔Side.B 三人称〕
金魚屋の二階に彼は住んでいた。
年齢は25歳。ギターの腕はなかなかのもの──20歳をすぎる頃までは本気でプロのミュージシャンを目指していた。
音楽では飯は食えないと今では家業を手伝っている。要するに負けて帰ってきたわけだ。
彼は金魚屋を継ぐ気にもなれず、遊ぶ金欲しさに、やれ工場の詰め込みだ、路上の草刈りだ、と、人手の足りないときに都合よく使われ、その日暮らしの生活を送っていた。
食うに困って飢え死にすることはないが、日々の暮らしに流されていくうち、閉塞感に押しつぶされそうになる──悶々とした気持ちがいつも神経を圧迫し続けた。
ボチボチつるんでいた音楽仲間も立派に家庭を持ち、子供のひとりやふたり、産んで育て始める状態なのだが、彼にはまったく支えになる存在がいない。
だから無意味に自問自答をくり返す──以前と比べてなにも変わっていないのか?──それともなにかが変わってしまったのか?
彼は暇な男と思われていた。けれど忙しいといえば忙しい。
不定期な日雇い労働は肉体的にも精神的にも辛く、拘束時間の割には大した金にはならなかった。
けれども地元の連れに頼まれて、ライブのローディを手伝ったときその女性に出会ってしまっていた。
彼女の名前は神崎美樹。
美樹の実家はこの辺りでは有名な名家で、山の麓にある神社で巫女の行事を務めていた。年の暮れになる頃には、地方の議員や偉い方が足早く参拝してくる。それぐらいご利益があるらしい。
彼は彼女のことをとても大人のように感じる反面、穏やかなその顔立ちを、とても可愛らしいと感じてしまっていた。
神崎美樹は怪奇的分野の才能に秀でていた。
実家が神社であること。彼女が巫女をしているということ。それらの事柄が多少関係があるのかもしれない。
巷では霊感を持ちあわせていると噂されているし、一部の信者のなかには本当にそうであると信じている者さえいた。
最近では世界の終わりが見えるとか、見てはいけないものをその目で見てしまったとか、不可思議なことをなんの躊躇もなく美樹は彼にむかっていってくる。少しあからさま過ぎて、頭がおかしいのではないのかとさえ思うことすらあった。
もしかすると神崎は自分が特別な存在であるかのように振る舞い、そのような特殊な能力者を演じることに快感を覚えているのかもしれない。
きっと、ただそれだけのことなのだと、彼は勝手に納得していた。