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「それで……どうなったんです……」
「すっかりと取り乱してしまった、私の後方から誰かが肩を叩いた……振り返ると……大きなしゃもじが振りおろされていた。私は奇声をあげたが、まわりには誰も人間がいない。しゃもじは振りおろされて、私の頭上でバウンドした。そのまま、私は数時間もの間、意識を失っていたというわけさ」
「よく逮捕されませんでしたね……」
「ご都合主義だと思うかもしれないが、絶対にありえないと君は言い切ることができるかね?」医者はいった。「人生は奇妙なバランスの上に成り立っているのだよ。私が目覚めた時には誰も周りにいなかった。無事生還というわけさ」
「なるほど、よくわかりました」彼はいった。「先生が偽警官を演じ、先生の自我がこの小説に干渉したということまでは理解いたしました。ですが、だからといって、一人称と三人称をごちゃ混ぜにした小説を書いていいという道理はまかりとおりません」
「いや……それはだね……君……」
「読者を混乱させることがその目的なのかもしれませんが、最近の読者は数ページの間にカタルシスを得ないと読むのをやめてしまいます。死んでしまった人物が次の章になると復活しているのも意味不明です」
「いや、それが、この小説の特徴なので……」
「第一、矛盾が多すぎる。このままのクオリティーでは出版することはできません。プロットから書き直しですな、これは」
「いや、あの、その、これは……」
「Q.E.D.」彼はいって、鞄から名刺を取りだす。「証明終了」
名刺には出版社の名前が記されていた。彼は自主出版についてかかる料金を医師にむかって説明し始めた。




