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「そんな……バカな……僕が……この僕が……」
「Q.E.D.」医者はいった。「証明終了」
推理を展開し、満面の笑みを浮かべる医師にむかった彼はいった。
「ひと言だけいいですか……」鞄から400字詰め原稿用紙を取りだす。「先生、あなたの小説、本当に面白くありませんね……」
〔Side.A 一人称〕
食後、美樹さんと暫くの間、他愛のない会話を楽しんだ。
彼女の話は健康に対するアドバイスにはじまり、最近のお気に入りの食べ物や雑貨、休日の過ごし方やストレスの発散方法、挙げ句の果てには初恋の話まで聞かされる始末だった。
こうやって接していると、彼女は至って普通の女性なのである。食後の珈琲を飲み干して、なにか探るような上目遣いで美樹さんがいった。
「ねえ、私ばっかり喋ってるけど、恭司くんのこの夏のご予定は?」
「いや……僕は……特にないですねえ……」
喋るようなことはなにもなかった。
休みなんてあってないようなものだし、マキちゃんとストリートで演奏していることなど美樹さんに知られてはマズい。
最近はSM嬢に扮した美樹さんに縛りあげられ痛めつけられる夢ばかり見るのだが、そんなことをこの場でいうわけにもいかなかった……
「え、それちょっと寂しくない?」美樹さんがいった。「せっかくの夏なんだよ。なんだか、恭司くんって人生損してる感じだね」
「まあ……そう……いわれても……ですねえ……」
「それじゃあ、こうしない」突然、美樹さんは僕の両手に手を乗せる。「休日出勤の代休でさ、私、お昼過ぎたら、休みなんだよね~。恭司くんさえよければ、私とどっか行かない?」強烈な吸引力を持つ、美樹さんのお言葉に僕はひと言も逆らうことができなかった。彼女はこう続ける。「ねえ、私、海に行きたいなあ~」




