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〔Side.B 三人称〕
彼は面会室にいた。付き添いの警官が腕を組んでこちらを観察していた。先に祐介の家族から預かった差し入れを渡す。
寡黙に祐介はなにも話そうとはしない。脱法ハーブの使用。ある事故を引き起こしていた。
「なあ、らしくないんじゃないか……」と彼はいった。
「会社に知れたら、確実に首だろうな……」祐介は続ける。「ここに来る前にたまってた有給を使って、長い休暇をもらったんだ。休職ってヤツ……このままドロップするのも悪くないかも」
「まあ……そうかも……」彼はいった。「でも、薬なんてなんで使った?」
「すうっと……抜けていくんだよ……嫌なことがなにもかも……」
「僕には、ちょっとわからない……」
「恭司、お前にはきっとわからないよ……会社で働いたことないだろ……」
「まあ……そうかも……」彼はいった。「でも、僕を呼んだってことは、理由をきちんと説明してくれるんだろう?」
「嗚呼……そのつもりだよ……」
祐介は、吐きだすように言葉を紡いでいった。
*
「これは個人のプライバシーに関することだから、仮にその人物をミフネさんと呼んでおこう。俺はその人物に大変世話になった。直属の上司であり、仕事のやり方はミフネさんの真似をして学んだといえる。
ネット全盛期の現在の状況でも、全てのITが儲かっているわけじゃない。実際に、安い給料で扱き使われている人間が大多数だ……
そういう意味では、うちの会社はかなりやり手だった。給料は高いし、他の会社が真似できない独自性も充分あった。
うちの会社を引っ張っていたのは、間違いなくミフネさんだった。浮き沈みが激しいこの業界で、ミフネさんの奇抜なアイデアがあったからこそ、うちの会社は急成長することができた。
だけど決算で赤字が出て、責任を取らされる人間が必要になった。ミフネさんを含むうちの会社のプロジェクトチーム。生贄にされたのはミフネさんだった。会社の幹部連中からすると、ミフネさんが目障りだっただけかもしれない。
俺が人事部に移動になって一番最初に手がけた仕事──それはミフネさんに解雇を言い渡すことだった。
本人はけろっとしてたよ。40歳にして新しいチャレンジだってね。新しい仕事を見つけて、ひとヤマ当ててやるって強がってたよ。
でも知ってるだろ……40歳過ぎの再雇用って……なかなかないんだ……後から調べてわかったんだけど……だいぶ生活はすさんでたみたいだ……俺が最後にあったときは……あの人は死んだ魚のような目をしていたよ。
ミフネさんには奥さんも子供もいたっけな……
新居を購入したばかりで、まだ何年も住宅ローンは残ったままだった。子供の為に教育資金も必要だったし、なによりも生活の質を落とすことがあの人にはできなかった。今まであんな高い給料をもらっておいて、今更、他の仕事をやっていけると思うか?……なにもかも八方ふさがりだったはずだ。
ミフネさんは……この7月に自宅で首を吊って死んだよ……断っておくが、ミフネさんは決して弱い人間じゃなかった……それなのに……自殺したんだ。
俺は精神や肉体を鍛えれば、人間は強く生きることができるとは思わない。そんな理屈で物事が割り切れるなら、なんで、この国はこんなにも自殺者が多いんだ。
俺はミフネさんに責任を押しつけて生き残った側の人間だ。どんなに高い給料もらっても俺の仕事は碌でもない……俺は……」




