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不思議と、10年前となにも変わっていない。住宅地に住む人間の数が増えただけだ。
だが違和感──なにかが違う。
変化を感じるのは、彼の心境の変化なのかもしれない。
10年前に、確かにこの場所にいた。
行った奇行──今は、何者かにその行為を奪われてしまった。
急に目の前の風景が回転し始めた。
幻なのかその場所には黒衣の女。長い髪。サングラス。帽子。夏なのにトレンチコート。全てが黒一色だった。口元を覆った大きなマスクを取る。唇が笑ってる。
不気味な震えをもたらし共振している。それはメロディーのない不協和音の旋律を思わせる。次々に欠陥だらけの音程を移動する。
直感的にこの女にはなにかあると彼は思った。
アビィ・ロードを走った。
10年前の記憶。肝心なことが抜け落ちたままの記憶。重要な箇所を思いだせない。
歩道を抜けていく。
閑静な住宅街。
自分の欠落した記憶にたどり着けそうな気がしていた。
だが、曲がり角で──黒衣の女は一瞬にして消え去った。
なにが起こったのか。わからない。電話。着信。相手は学。
「おい、大変だ、ユースケの奴が──」
〔Side.A 一人称〕
リンリンと携帯電話の着信音──僕はふたりだけの世界から、現実の世界へと引きずり戻される。こんなときにどこの誰だ。死ねばいいのに……
マキちゃんはというと、ご機嫌な様子で、愛らしく僕のことを見つめ続けている。
「ご免ね」携帯を確認した。早く彼女と喋りたい。
彼女も同じ気分だったようで、服の袖をつかんで待ちきれない様子。
「ねえ──早く──ねえ──」そう耳元で囁く。
着信の相手を確認するとそれはユースケであった。
「はい──今──取り込み中でして──」
後から電話する──と、僕がいうのを強引に振り払い、ユースケのやつはそのまま会話を続けた。昔から空気を読まない人間ではあったが、今日の感じは特に酷い。
電波の状態は頗る悪い。所々に騒音とノイズ。雑音が耳に刺さる。
こんな夜中に一体なんの用件だ?
「約束を覚えているか?──今年で丁度──10年目だ」




