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「あなたには死相が出ています」唐突に彼女はいった。
なんの脈略もなく一体なにをいい出すんだ。壷でも、聖水でも、なにか売りつけるつもりなのか?
だけども、彼女のその表情は真剣で、目の奥には涙がたまっていた。彼女がいうには──人間が生きていく為には生命体を作り出さなければならない。
その為には、
栄養を摂取する肉体的行為と──脳を刺激する精神的行為を──
バランスよく配合して行わなければならないそうだ。
なんらかの原因でこのバランスが崩された場合、必然的にその人間は死に近づく。
科学的であるようで宗教的──彼にとっては説明のなにもかもがちんぷんかんぷんだった。もしかして過労で死ぬということなのだろうか?──それとも呪いに祟られるのか?
「恭司くん。無理だと思うけど、元気出してね。今日、明日、死ぬわけじゃないんだから」
そんなことを美樹にいわれても、なんの慰めにもならなかった。
本当に死ぬのかどうかも疑わしい。
こんなカルト的な教養を信じろといわれても無理がある。
だが最近、身体の調子は頗る悪く、さらに美樹の真剣なまなざしがよりいっそう、彼を不安な気持ちにさせていった。
*
すっかり辺り一面を深い闇が覆い隠していた。
時刻は既に夜の10時をまわっていた。彼の心は奈落の底に引きずり落とされていた。なにも解決はしていない。わかったことといえば──緊急事態──彼が死に取り憑かれているということだけだ。
彼はこの悶々とした気持ちを抱えたまま、ただ家路につくしかないのである。
帰り際、暗い参道をふたりで抜けていくと、灯籠が仄かにひかりを放っていた。そこを通り抜ける間も、美樹は彼を質問攻めにした。
内容は主に初恋の人に対してだ。彼はなぜだが、悲しい気持ちで心がいっぱいになる。
階段をくだって鳥居を抜けた場所。美樹は彼にお守りを渡した。そしてそのまま彼を抱きしめると、突然、唇と唇を重ねあわせた。
彼女は説明する──彼が死ぬことを防ぐおまじないのようなものなのだと。呆気にとられている彼を尻目に、照れくさそうに彼女は微笑んだ。
肌と肌を隔てる衣服を飛び越えて、柔らかい身体の感覚が伝わってくる。
本来、身を清める為のこの場所で、彼の精神は確実に犯されてしまっていた。




