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〔Side.B 三人称〕
彼は暗室にいた。物置を改造した部屋──水道がないので、まめに水を交換しなければならなかった。薬品の匂い。引き伸ばし機の露光を調整する。少女が写っている。中学生ぐらいだろうか……。フォトグラフィックペーパーを現像液に放り込んだ。浮きあがる白黒の写真。停止液、定着液の順に浸し、最後に水洗い。少女はどこか悩ましげな顔で、焦点のあわぬ目線をどこか遠くにむけていた。彼は思いだす。中学の夏の出来事を……
彼女を最初に見たのは、入学式にむかう坂道でのことだった。
オフセットホワイトの小型のヘットフォン使い彼女は耳を塞いでいる。
ソニー製のMDウォークマンにプラクの先端を突き刺し、周辺の雑音が聞こえない音量で音楽を聞いていた。
彼女が聞いている音楽が、ビートルズだと彼が知ったのはずいぶん後になってのことだ。夏休みになるまで、クラスの違う彼女と接点を持つことはほとんどなかった。
ただ窓際でたたずむどこか遠くを見つめるシルエットや、図書館で本に食い入るように目線を送る仕草などは、強烈に彼の印象に残っていた。
中学になってこの街に引っ越してきた理由は、どうやら彼女の家庭の問題であるらしい。今は親戚を頼り、そこからこの中学まで通っているそうだ。
学と祐介が、部活で真っ黒に日焼けしている夏に、彼は彼女と図書館にいた。
クーラーの効いた公共の施設内で、彼はいつも睡魔と戦っていた。
そのときから彼は彼女に夢中だった。なので読みもしない本を借り、読書好きを装っていた。
今から思えば、そのときすでに、彼が読書を苦手なのは彼女にバレバレだったのかもしれない。居眠りしてしまい、よく彼女に起こされていた。
夏の終わりの図書館休館日。彼と彼女はその場所にいた。
新興住宅地の横断歩道──アビィ・ロードと最初に名付けたのは彼女の方だった。
彼は家から持ちだしたフィルム式のカメラを使い、彼女の写真四枚と一枚の風景写真を撮影した。四枚の写真から彼女を切り抜いて、一枚の風景写真に張りあわせた。
ビートルズのアルバムみたいな構図。彼女はアビィ・ロードを、MDに録音して彼に渡した。彼はわけもわからずギターを弾き始めたのだ。
思いだしたくない記憶だった。
彼は数枚の写真を本に挟み、ネガを捨てる為に家をあとにした。




