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〔Side.A 一人称〕
重力が僕を引きずりおろした。
海面に着地すると僕の足元は割れた硝子のように弾け飛び、底なしの沼底に何者かが僕の身体を導いていく。
僕はこのまま死んでしまうのだろうか?──僕はカナヅチで泳げないのだ──僕は目を閉じた──無音ではなかった──ごぼごぼと耳や鼻などの身体中の穴という穴から空気が漏れだし──代わりに塩辛い海水が浸入してくる──僕は初めて死を間近に意識した。
だけど、
僕は目を開けた。海のなかは青色ではなかった。少し淀んだ緑色の水。
それはイルカのように素早い動きで僕の方へ近づいてくる。
もしかしたら、人魚姫を書いた童話の原作者たちはこんな風に恋をしていたのかもしれない。今なら、あの御都合主義のハッピーエンドも理解できるような気がする。
上下する美樹さんの柔らかな曲線──その身体──触れる──海面へと僕の身体は導かれるように浮きあがっていた。空気を吸い込み僕はいった。
「美樹さん……僕……本当はカナヅチなんですよ……」
「そうだとは……思ってたんだけど……恭司くん……よく頑張ったね」
嗚呼……と、言葉ではない音を僕は発していた。全身から力が抜けていく。
すると海面の浮力で僕の身体はいとも簡単に持ちあげられた。
なんだ、これは、簡単なことじゃないか……
空はなにもなかったように青々として、雲は時間を忘れたように流れていく。
このまま、美樹さんと僕との時間を止めていたかった。人生にはバカンスが必要なのだ。だけど、そうはいかなかった。崖から声が聞こえてくる。




