第1章 -対策-
大規模な学園都市の襲撃から一夜明け、焔の同盟の面々は日本支部(焔の自宅)で今後の方針について話し合っていた。
「では、焔様はもう今回のような襲撃は以後起きないと?」
「ああ。その可能性は高いと思うぞ」
「あのゲス集団が大人しく引き下がるかな〜?」
「………」
「引き下がりはしないだろうな」
「どういうことですか?」
「要は、今回はあくまで“下準備”ってことだよ」
焔は懐から、例の洞窟で見つけた護符の切れ端を取り出した。
「それは…!」
「あえ?なんて書いてあるの?」
「え〜と、風…?」
「だいぶ掠れてるが、“風”と“帝”という文字が見て取れる。こいつは日本史上最強の魔法使い、“風の剣帝”太刀帝雹護のものだ」
「なあっ⁉︎」
「何故そんなものが⁉︎」
「さあな。その理由は奴らが持ち去った箱にあるんだろうよ」
「なるほど、ではもう学園に用はなくなった、と」
「言い切るには不充分だが、不自然な襲撃には合点がいく。ザック、リーグに戻ったらジャスティンに過去のアッフェルの事件とこの街のことを洗い直させろ」
「ああ。全く、何をするつもりなんだか…」
「よくないことだけは確かだ。それからウェイロンに諜報隊を預けろ。国外の動向も気になる」
「やはりアルベルト・ムーンは国外へ逃亡したのでしょうか?」
「恐らくはな。奴よりも霧島と影士の方が日本の活動には向いてる」
「片っ端からとっ捕まえて尋問してやればいいのよ」
「そう一筋縄で行けばいいがな。マグナス、帰るぞ」
「(コクン)」
それまでずっとぼーっと話を聞いていたマグナスを連れて、ザックは本部へ戻ることにした。
「マグナス」
部屋を出ようとしたマグナスを焔が呼び止める。
「また強くなったな。本部も頼むぞ」
焔に声をかけられたマグナスは、目をキラキラさせ、僅かに口角を上げて鼻からふんすっと息を吐いた。
親しい人間にしかわからない変化だったが、任せておけということだろう。
「あらあら」
セリーナはころころと笑い、サファイアは何故か対抗するように焔に密着してきた。
「さて、俺らも学校へ行くとしよう。京、すまないが0課に報告書を」
「了解です」
焔の同盟は、立ち込める暗雲をものともせずに拳を固めていた。
「ぶあ〜っ‼︎」
「ぜえ、ぜえ……」
「み、水…」
放課後、またいつもの面々に稽古をつけていた焔は、リングの上でダウンする4人を見て小休憩を告げた。
「ちょっと休もうか」
ハークとミラはバイト先から休みをもらっているらしく、トーナメントまで日もないので皆気合いは十分だ。
「燿子、無理せず座れって」
「う、む…」
唯一ダウンしなかった燿子だが、その場で剣を支えにフラフラとしている。
「ほら、燿子も水。ちゃんと飲んで」
「ありがとう、瑛里華」
その場にぺたんと座り込むと、浴びるように水を煽った。
「まったく、みんな昨日の今日でよくやるわよ」
「もう時間ないしなー」
「それに、昨日あんなもの見ちゃうとね…」
「そんなに凄かったんだ、鬼城君の仲間たち」
「そりゃ、もう」
それぞれ昨日のことを思い出しているのか、身体は疲れているようだが、強く何かを見据えている。
「効果はあったようだな」
「というか、なぜ昨日あんなに魔力を使っていたお前は平気なんだ…?」
「刀那先輩と刹那先輩ですら疲れた顔してたのに、焔とフェリシア先輩だけケロっとして…」
「やっぱ化け物だね。レプトルなんか可愛く思えるよ」
「どういう意味だ」
ちなみに、何も影響がないわけではない。いつもより身体は重いし少しぼんやりしている。
「要は、この学園でトップに立つならそれくらいは出来て然り、ということだろう」
「なるほどね。わかりやすくていいわ」
「……」
勝手な解釈だったが、本人たちがそれでやる気を出しているならまあいいかということにした。
「さあ、腰を上げろ。最後にもう一本組手をしたら今日は終わろう」
「っしゃー!次こそ一本取る!」
「やれやれね」
しかし、焔が膝を着くことはなく、結局今度は4人全員がリングに突っ伏したところでこの日の稽古は終了した。
「おかえりなさい」
「ただいま。京、状況は?」
「ザックとマグナスは本部に戻らず、そのまま任務地へと向かいました。パナマです。ジャスティンは現在新型の最終テストで手が離せないとのことですが、連邦記録保管所の知人に連絡を取ったそうです。少なくとも北米での記録は揃うでしょう」
「ウェイロンは?」
「部隊を預けています。4時間前に香港でムーンの目撃情報があり、こちらも本部には戻らずそのまま向かってもらいました。それと、教会も資料を提供してくれています」
「まったく、俺がこんなところでふんぞり返ってる場合じゃないのにな」
「それは見方次第でしょう。貴方は最重要ターゲットをマークしているんですから」
「俺を動けないようにするためのトーナメント決行か」
「かもしれません。しかし、それだけこちらを恐れているということでしょう」
「セリーナとサファイアのことも昨日の防衛戦でバレてるだろうし。何のために学生服なんか着てるんだか」
「まあそう言わずに」
「シャワー浴びてくる」
「はい」
京はさも当たり前の動作で焔からブレザーと鞄を預かると、焔は頭をぽりぽり掻きながらバスルームへ向かった。
「これが頼まれていたものです」
「ありがとう」
京と夕食を食べながら貰ったメモには、とある住所が記されていた。
「なんだ、関東に住んでいたのか」
「ええ。出生地だそうです」
「俺が生まれた頃にはとっくに引退していたんだもんな…」
その住所は“風の剣帝”こと太刀帝雹護の現住所だ。
大戦の英雄は戦後間も無く世間の目に晒されることをよしとせず、聞いた話では国内外を転々としていたらしい。
所帯を持っていたという話もあるが、いずれにせよもうかなりの高齢だ。
「痴呆を患っているとの話もあります。大丈夫でしょうか?」
「健康だろうが不健康だろうが、老人てのは食えないもんだ。行くだけ行ってみるさ。京、次の休みは?」
「明後日です」
「悪いが、1日あいつらの修行を見てもらえないか?」
「私が、ですか?」
「組手をしてくれるだけでいい。あ、殺すなよ?」
「貴方の頼みを断る私ではありませんが、私でそんな役が務まるでしょうか…?」
「俺は京がなにかをできなかったところを見たことがないけどな。それに、燿子のことも気になってるんだろ?」
「まあ、少し…」
「頼むよ。京に任せたい」
「わかりました。引き受けましょう。その間に剣帝にお会いになると?」
「そうだ。1人で行ってくる。なるべくなら、政府の人間とは思われたくない」
「承知しました」
生ける伝説との邂逅。まさかこんな機会があるとは思わなかった焔は、不安と期待を半々に抱えながら封印の手掛かりを得るために帝の庵を訪問することにしたのだった。