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第一話 決戦、憤怒のサタン

汗も涙も流血もない平凡日常小説を目指します。

爆音、崩壊、落下。

幾重にも連なる轟音が突如止み、崩れ落ちる瓦礫と立ち込める粉塵の向こうに、三色の人影が立っている。


義を為すもの、赤きミカエル。

道を拓くもの、黄きラファエル。

愛を敷くもの、青きガブリエル。


人々にトリニティアークと呼ばれる彼ら。彼らは人々の安穏な日々のため、世に蔓延る悪を滅すべく、天より遣わされし聖なる戦士たちだ。まさしく今、彼らは戦の渦中であった。蛇のように鉄骨が剥き出しになったコンクリート片が、いとも容易く爆発四散し、黒い影が立ち上がる。

「まだ立ち上がるか…憤怒のサタン!」

その影は筋骨隆々にして巨漢。そして邪悪。人の欲のうち、怒りを司る悪の権化。悪しき龍を象った肩飾りはしかして今は砕け散り、その顔色は名前のごとく憤怒の色に染まっているものの疲労の色は拭えない。しかしながらその邪悪なるオーラは、未だ衰えず。

「無論よ。貴様ら正義の代行者を殺すまで、己れは死なん…死なんぞ!」

轟と瘴気を噴き上げて、サタンは尚も吼える。黄きラファエルがその瘴気を受けながらも、油断なく手に携えし聖銀の錫杖を再び構える。

「サザンクロスを受けても尚立ち上がるとは…その気概だけは敵ながら褒められたものだな。」

青きガブリエルはその性質ゆえか、憐れむような目で彼を1度だけ見、そして百合の刻まれた弓を再び引いた。

赤きミカエルが聖なる福音を刻まれた剣の切っ先を、滅すべき邪悪へと向ける。

「だがサタンよ、お前との闘いもこれで終わりだ!」

トリニティアークが同時に地を蹴り、銀の光をサタンへと振り下ろす。

今までの激戦で、サタンは最後に瓦礫から立ち上がるだけが精一杯だった。身体から放つ瘴気は最期のきらめき。そうして虚勢を放ち、最期まで悪として立ち上がることだけが、彼を動かしていた。トリニティアークの誰もがそれをわかっていた。サタンもまた、それを覚悟していた。

しかしてその切っ先は届かず。

寸前、トリニティアークとサタンの間に名状し難き黒い穴がぽっかりと開く。そこから姿を現し、易々と3つの銀光を受け止めたのは、修道服のような…しかし漆黒の邪神に仕えるための衣裳を身に纏い、顔は黒いヴェールで覆った、小柄な女性であった。

「…怠惰のベルフェゴール!」

憎々しげに赤きミカエルがつぶやき、新たなる敵を討たんと再度剣を振ろうとするも、その剣は彼女の放つ重圧でぴくりとも動かせなかった。

「…サタンに死んでもらっては困ります。貴方方も疲弊してる筈、トリニティアーク。…ここは退かせて頂きます。」

まるで氷のごとく淡々と、ベルフェゴールが3人に告げる。そして自らが生み出したであろう黒き穴に、サタンも伴ってずぶずぶと沈んでいく。

「待て!」

「いいえ。…貴方方のお相手はこの子です。」

途端、トリニティアークの後方に再び黒穴が開く。その大きさは何倍も大きく、トリニティアークを包み込まんとするように見えた。まるで奈落の底から響くような唸り声を伴い、その黒穴の中から巨魁の牛のような化け物が姿を現した。牛のような化け物は頭の人間の胴ほどの大きさもある捻れた角を振りかざし、正義を討ち滅ぼさんとトリニティアークに迫る。

トリニティアークが背後を振り向いた途端、ベルフェゴールの声は穴の中へと消えていく。

「ご機嫌良う、またいつか。」

その声を断ち切るように、黒穴はふっと掻き消えてしまった。

「くっ、逃がしたか!」

「ミカエル!こいつの相手が先だ!」

「この牛…ほっといたら市街に出ちゃうわ!それだけは避けないと!」

巨魁の牛の荒い息が、トリニティアークへと迫る。

トリニティアークは重圧から解き放たれた各々のアトリビュートを手にして、新たなる脅威を駆逐するべく銀光を煌めかせた。


時を同じくして、某オフィスビル街。その中でもかなり古めかしく、いわくの一つや二つもありそうなと言っても過言ではない部類のビルの一室、長机とパイプ椅子が並べられた部屋。そこには5人の男女が、大きなプロジェクターに映された映像を見て落胆したように息を吐いた。

「あーあ、やっぱり負けちゃった」

見目麗しい女性が呟く。それから数瞬後、成人男性ほどの大きさの漆黒の穴が開く。そこから転がるようにして2人の人影がまろび出てきた。

1人は満身創痍といった様子の男性、そして1人は小柄な女性。しかしその顔は蒼白で、酷く具合が悪そうにしている。

「は、吐く…」

「やだ、ここで吐かないでよ。トイレ行ってトイレ。」

冷たい女性の言葉に応える余裕もなく、口を抑えたまま一目散へとトイレへ。しばらくして、顔色は悪いものの、幾分かすっきりした顔が鏡に映る。そして、深いため息。

トイレから廊下に出、先程の会議室…否、作戦室へと戻ると、筋骨隆々な男性が治療を受けている所だった。

「おお、戻ったか。難儀だったな。」

「そうだと思うんならもっと考えて突っ込んで下さいよ…」

げんなりと返すと、彼は名前に似合わず爽やかに呵々と笑いながら、それはできん!と断言した。

「でも治療する私のことも考えて。めんどくさい。サタンはいつもぜったい怪我する。」

じと、っとした目で男性を睨むのは、細身の白衣に身を包んだ中性的な人物。呆れたようにその様子を見つめる若い女性。計簿の上で頭を抱えている青年。そして怪しい紙袋を被った正体不明の人物がおろおろと治療しているサタンの周りを歩き回っている。その紙袋には拙い文字で「るしふぇる」と書かれていた。


憤怒のサタン。

怠惰のベルフェゴール。

色欲のアスモダイ。

嫉妬のレヴィアタン。

暴食のベルゼブブ。

強欲のマモン。

そしてそれらを統括する、傲慢のルシフェル。


彼らは世に言う悪の組織である。


「ベルちゃん、もう上がっていいよ。ごめんね、事務なのに前線に出しちゃって。前線手当つけとくからね。怪我はない?」

「無いです、大丈夫です。すみません、それならお言葉に甘えて先に失礼しますね。」

「えーベルなんにもしてないのに?」

「す、すみません…今日の分の仕事、明日早く来てしますから。」

不満げに愚痴を零すアスモダイにぺこぺこと頭を下げながら、作戦室を後にしロッカールームへと急ぐ。自分の名前がかかれたロッカーの前、視界を塞いで鬱陶しかった黒いヴェールのついた修道帽を脱ぎ、深く、深くため息を吐いた。

「…戦闘が無いっていうからこの仕事就いたのに…」

怨嗟の声ともに、ロッカーを開き、動きにくい修道服を脱ぎ、ダークグレーのスーツへと着替え、黒縁の眼鏡をかけて、ゆるりと髪を結う。

バタンと大きな音を立て、閉まった扉には「坂凪涼子(さかなぎすずこ)」という文字。

これが私の…悪の組織「セブンシンズ」の女幹部(事務)の名前である。

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