魔法の箒と指名手配
「おはようなのだ」
「おはようー」
《おはよう》
翌日。露天風呂でさっぱりしたタツヤ達は、朝御飯を食べてリリーが言っていた先生に会うため、スペードタウンから出る。
「この箒でダイヤタウンまで、ひとっ飛びなのだ!」
「僕、飛べないー。箒も無いよー」
《魔法の箒はポイントが高いからな。リリーが使っているのは学校用で、プライベート箒は持ってない》
「なるほどー」
リリーは魔法の箒を取り出す。魔法の箒は空を飛べる便利なアイテム。タツヤが困っていると、フィンネルが箒について説明してくれた。昨日リリーが魔法の箒を見ていたのを思い出すタツヤ。
「タツヤ、私の後ろにしがみつくのだ」
「ありがとうー」
「何か照れるのだ」
リリーは浮いている箒に乗り、タツヤを後ろに乗せる。タツヤがリリーの体をギュッと後ろから抱きついていると、リリーの顔は真っ赤になった。前を向いていて分からないが、タツヤの顔も真っ赤である。
「出発、なのだ!」
「おーっ!」
《我輩は後ろから追いかける》
空高く飛び始めた箒。2人の様子を見ていたフィンネルは、2人っきりにするためにワザと遅く追いかけ始めた。
「すごーーーい! とても綺麗ーーーっ!」
「私も久しぶりに見たのだ」
スペードタウンからダイヤタウンの間は、モンスターが出る無の洞窟があって危ないイメージはあるが、自然の景色は素晴らしい。空中から見る光景はタツヤを喜ばせ、リリーも同じ気持ちだ。
「リリーさん、あれー!」
「誰か倒れているのだ」
「大丈夫ですかー?」
「………俺様は、トレジャー……ハンター……。無の、洞窟から、逃げ、てきた……。頼む、助けてくれ……」
順調な空の旅をしていると、タツヤはうつ伏せになって倒れている人を見つける。黒ずくめの服装だったので、目立っていた。リリーが上手く箒を着地させてタツヤが尋ねると、黒ずくめの眼鏡男は無の洞窟から逃げてきたと語った。
「嘘だー」
「嘘なのだ」
《嘘だな》
タツヤとリリー、そしていつの間にか追いついていたフィンネルも答える。
「な、何故だ……!?」
「無の洞窟は今、小規模迷宮が発生して立ち入りが制限されているのだ。トレジャーハンターなんて居ないのだ」
「ば、馬鹿な……」
タツヤとリリーに否定されて驚く黒ずくめの眼鏡男にリリーは、ギルドであったことを伝える。眼鏡男は唖然としたおり、その怪しい様子を見ていたフィンネルはあることに気付く。
《コイツ、ギルドに載っていた指名手配の……!》
「タツヤ、そいつ詐欺師ハンドルスなのだ!」
《気を付けろ、風の魔術が得意だと有名だぞ!》
リリーはフィンネルに言われて気付く。フィンネルは精霊であるため、精霊自身が姿や声を伝えるのは契約者や許可した人のみである。そのため、フィンネルが眼鏡男を怒っても何も伝わらない。リリーが話して戦闘態勢をとる。
「…………………」
「あれ?」
「襲ってこないよー」
《まさか、本当に!?》
「助け、てくれ……だと、言って……いる……だろ……うっ!」
黒ずくめの眼鏡男こと詐欺師ハンドルスは正体がバレたにも関わらず、何もしてこない。ハンドルスは助けを求め皆が混乱するなか、予想外の音が聞こえてきた。
『ぐぅ〜〜〜ぎゅるぎゅるぎゅ〜〜〜〜』
「…………………」
「《「………」》」
沈黙が訪れる。
「お腹すいたのー?」
「良い気味なのだ」
《人々を騙し続けた人間、哀れな結末だな》
『ぐぅ〜〜〜ぎゅるぎゅるぎゅ〜〜〜〜』
タツヤが尋ね、ハンドルスは黙って肯定する。要は、お腹が減って倒れているだけだった。リリーとフィンネルが悪そうに笑う。
「腹が、減って……死にそうだ……。頼む……」
「………………」
「きな臭いのだ」
「飯を……少し、だけで……良い。くれたら……襲わない、約束は……守る……」
ハンドルスの懇願に黙っているタツヤ。リリーが批判するなか、ハンドルスは限界が近いのかプライドを捨ててきた。
「僕……」
「タツヤ、止めるのだ」
《コイツは人々を騙してきた詐欺師だ》
タツヤはリュックサックを下ろして、食べ物を出そうとしている。それを見たリリーとフィンネルは止めようとする。
「ごめんなさい、リリーさん、フィンネルさん。お腹が減っている人に料理を出すのが料理人。こればっかしは譲れない」
「タツヤ……」
《タツヤ……》
タツヤはリリーとフィンネルの反対を押しきる。どんな人でも料理人は腹が減っていたら料理する。父親からの言われており、それを誇りにしている。料理に拘りを持っているタツヤを知っているので、見守るしかないリリーとフィンネル。
「僕が今から料理を作る」
「ありが、てえ……」
「でも、一つだけ条件がある」
「おぉ……、ポイントか……? いくら、欲しい……? いくら……でも……やるぞ……」
「もう人々を騙さないと約束してください」
「はっ……?」
タツヤは食材を出して宣言する。しかし、感謝するハンドルスに対して条件を出す。その条件の内容にポイントなどを考えていたハンドルスは呆然とする。
「お願いします」
「タツヤ……」
《タツヤ……》
「……分かった、約束……は、守る……」
頭を下げるタツヤの態度に、リリーとフィンネルは泣きそうになる。驚くハンドルスにも認められた。
「うめえ〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」
「おかわりでーす」
「すごい勢いなのだ……」
《作るタツヤもすごいな……》
さっきの空気はどこへやら。ハンドルスはタツヤの出す料理をひたすら食べている。食べても食べても味付けも変わる。未知の料理にも関わらず、食べ続ける光景にリリーとフィンネルは呆然。そして、作り続けるタツヤはもっとすごい。
「もぐもぐ……うますぎ!」
「照れますー」
ハンドルスに褒められ、いっぱい料理を作るタツヤは、エプロンに包丁を握ってフライパンを使いこなしている料理人モード全開。
「もぐもぐ……飯の礼に、面白いこと、教えてやるよ。ガツガツ……実はこの眼鏡には秘密があってだな、ガツガツ……何と精霊が見えるんだぜ!」
「えっ!?」
《なぬっ!?》
タツヤの料理に機嫌を良くしたハンドルスは、リリーやフィンネルが驚く情報を言いだす。
「ガツガツ……その炎のおっさんも、もぐもぐ……見えるしな〜」
「はい、おかわりー。どうぞー」
「ガツガ……おっと、どうでも、良い話は、置いといて……飯だ、飯! もぐもぐもぐもぐ!」
「とんでもない話を聞いてしまったのだ……」
《ヴァルラスの常識がひっくり返るぞ……》
ハンドルスが着けている眼鏡は、精霊眼鏡というシンプルな名前だが、その効果はヴァルラスの常識をひっくり返すもの。しかし、よく分かっていないタツヤや料理に夢中のハンドルスは再び自分の世界に戻る。置いてきぼりにされたリリーとフィンネルは、本日何度目か分からない呆然となる。
「げっぷ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ! 旨かった!」
「お粗末さまー」
「ひゃっほう、俺様復活! 感謝してるぜお前ら、今度は俺様が助けてやるぜ! あばよ!」
「《「わっ!?」》」
ものすごいげっぷを出したハンドルスはタツヤ達に感謝して、いきなり風の魔法を使って消えた。
「変な人ー」
「嵐だったのだ」
《おかしな奴だったな》
まさに嵐のような黒ずくめの眼鏡男いや詐欺師ハンドルス。タツヤは調理器具を綺麗にしてダイヤタウンを目指すのだった。