プロローグ
『起きるのじゃ……起きるのじゃ』
老人は目を閉じて眠っている少年に語りかける。
「う〜ん」
『目が覚めたかの?』
「ふわ〜、おはようございまーす」
『おはようじゃ』
「あれ? ここどこ? 僕の部屋じゃないー?」
目が覚めた少年は老人に挨拶をする。頭の中がボ〜ッとしているせいで寝ぼけてると考えていた。
『ここはお主の夢の世界じゃ』
「夢の世界? それじゃあ、おじいちゃんは誰ー?」
『わしは神様じゃ!』
混乱している少年に対して、老人は自分達がいる場所を説明する。現実の世界では無いと理解した少年は、老人の正体という今一番の質問をした。すると、老人は胸を張ってドヤ顔で答えた。
「神様、ですかー。僕は達也です。何か御用ですか?」
『………お主は度胸があるのかマイペースなのか、わしに対して特に驚かないのぅ。まあ、いいのじゃ。実はお主にある頼みを聞いてもらいたくて来たのじゃ』
しかし、少年のリアクションは軽かった。神様というおとぎ話のような存在だが、生憎頭が回り始めて、いつもの性格が出てきた。
その神様は少年のペースに乗せられて、驚きが無かったことにがっかりする。それでも、ここに来た目的を伝えるべく口を動かす。
「何ですか?」
『トロフの神から救援があったのじゃ』
「豆腐?」
頼みの内容を聞く少年こと達也。神様はここぞとばかりに威厳を保って説明するが、達也の予想外の返答に、ずっこけた。
『ト・ロ・フ』
「トロフ?」
『お主が生きている地球。この地球と似ている惑星が遥か遠くにあるのじゃ。その惑星の名はトロフ』
豆腐とトロフ、確かに言葉は似ている。しかし、食べ物と惑星では違い過ぎる。一瞬だけ豆腐の神を想像したが、きっぱりと忘却した神様は達也の理解を訂正させながら、トロフについて話す。
「トロフにも神様がいるんだねー。それでどんなトラブル?」
『………食糧不足』
「ほへっ?」
『現在トロフは食糧不足で、惑星として機能が失い始めておる』
達也の疑問にそれまでと違って、神様は言いづらそうに答えた。食糧不足は大変な問題で、何故か達也は先ほどマイペース振りから真面目になって聞き始めた。
「何があったの?」
『トロフは魔法があるファンタジーな世界じゃ。その魔法が急速に科学より発達して便利になったが、食糧が簡単に手に入るようになってのぅ。肝心の食糧になる物の成長が追いつかないのじゃ。最も、トロフ人の99%は気付いていないがのぅ』
「大変だ」
『そこでお主の出番じゃ。お主には地球にある料理を広めて欲しい』
「何で僕を選んだの? 例えば父さんとか、僕より美味しくて上手な料理人はいっぱいいるよ」
実は達也は料理人である。田舎に住んでおり父親と一緒に小さな食堂を開いているのだ。普通なら気になる魔法という言葉より、料理の方が気になっている。そして、達也よりすごい料理人がいるのは事実だ。
『お主は現在、地球上で最も料理の可能性が広い人間じゃ。どんな料理でも学びさえすれば、時間をかけて身に付ける運命を持っておるのぅ』
「………すごーい」
神様の達也が持っている運命。ここでようやく達也は真面目からマイペースに戻った。驚く内容で、神様と出会いより明らかに驚いている。
『小さな料理から大きな料理まで幅広い可能性が溢れ出ておる。何より、お主の夢は世界中の料理を食べ歩くことだからのぅ』
「何で分かったのー!?」
『神様じゃからのぅ』
「なるほどー」
達也の夢は微笑ましくて大きなことだった。夢を知っているのは父親だけだったので、神様が知っていることに驚いたが、神様という理由で簡単に納得した。
『地球の世界では無いが、トロフの世界をいっぱい食べ歩きが出来るのぅ。どうじゃ、わしの頼み聞いてくれんか?』
「行きたーい。僕の夢が叶うのは嬉しいけど、父さん達はどうなるの?」
『その辺りは大丈夫じゃ。そろそろ転移の準備が出来るが何か質問はあるかのぅ?』
神様の願いは達也の夢を叶えることが出来る。父親を心配したが、神様には対策があるようだ。むむ〜っと考えている達也は閃いた。
「僕の調理用具、持っていっていいー?」
『ふむ。お主の調理用具……包丁、鍋、フライパン。これらは向こうの世界にもあるのぅ。アイテムボックスに入れておいた』
「アイテムボックス?」
『このリュックサックの事じゃ。お主にはトロフで食糧を配るからのぅ。食糧はこっちからアイテムボックスに送るのじゃ』
達也の愛用する調理用具。どうやらトロフにも似たものがあるようだ。調理用具は大きめのリュックサックに収納された。ここから食糧を取り出してトロフの世界で調理をする。
「あっ! そういえば、明日から学校だったー。出席どうしよ?」
『問題ないのじゃ。今からお主の精神を分けて、地球とは別行動出来るようにする』
「すごーい!」
『神様じゃからのぅ。ほれ♪』
神様は指をパチンと鳴らす。
「「ありゃー?」」
『大成功じゃ』
「「本当に2人になっちゃったー」」
達也は目の前にいる自分を見る。もう1人の達也も同じように見ている。
『ふむ。こっちは地球の達也、そっちはトロフのタツヤじゃ』
「僕、地球ー」
「僕、トロフー」
神様が決めて、達也とタツヤは元気よく手を挙げる。
『む、トロフとの転移時間が迫っておる。タツヤ、急いで行くのじゃ!』
「神様、行ってきまーす。僕、地球は任せたよー」
『よろしくのぅー。トロフは食糧不足以外は素晴らしい魔法の世界じゃ。いっぱい楽しんでおいで』
「僕、行ってらっしゃーい。地球の料理は任せて、トロフの料理いっぱい食べてねー」
タツヤはリュックサックを背負って魔法陣に乗る。こうして、神様と達也に見送られてトロフに向かうのだった。