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つばめのしっぽ

作者: はづきてる

つばめのしっぽよどこへ行く

その身ひとつでどこへ行く

からだもはねもすべてを置いて

つばめのしっぽよどこへ行く


 「……何、それ」

 椅子に座って絵を描いていた優希は、窓際に立って夕焼けを見ていた亜紀に向かっていった。

 「んー、分かんない。忘れちゃった」

 「でもそれ、私も聞いたことある気がするな」

 もう使われなくなった教壇に座っていた美貴が続ける。

 「確か、続きがあったよね」

 亜紀は生返事を返して、また夕焼けを見る。優希も視線を絵に戻してまた描き出した。美貴はそんな二人を見て長い髪をいじりだした。

 「んー、と……なんだったっけな」

 「まあいいじゃん。それよりさ、知ってる?ここ、もう取り壊されるんだって」

 「本当に?もう壊すなんて早いわね」

 「私たちが卒業してからまだ一年しかたってないのに……なんだか、寂しいな」

 「なんか、新しい住宅街になるらしいんだ」

 「またぁ?そんなにこの町っていいところだと思わないんだけれど」

 美貴はあきれ声を出した。

 「そもそもこの小学校が廃校になったのだって人がいなくなったからでしょ」

 「まあまあ。それよりも、いつなの?工事は」

 「えーっと……確か冬とかだった、ような気が」

 「はっきりしないわね」

 優希はペンを置いて、深い溜息をついた。どうやら今日はもう集中できないと思ったのだろう。

 「そろそろ帰りましょう。日も落ちてきたし」

 「もうちょっと……もう少し」

 「亜紀は昔からずっとここから夕焼けを見てるよね。何かあるの」

 亜紀は返事も返さず、じっと窓の外を見ていた。

 「……今日も聞けずじまい。いったいいつになったら理由が聞けるのやら」

 「案外、理由なんてないのかもしれないわね」

 やがて、亜紀は振り返って待っていた二人に言った。

 「お待たせ。さ、帰ろう」


からだとはねよどこへ行く

かけた姿でどこへ行く

つばめのしっぽと別れてしまい

からだとはねよどこへ行く


 「ねぇ亜紀、最近先輩とどうなの?」

 椅子に三人座っておしゃべりしていたが、ふと間が開いたときに美貴が声をかける。

 「んー、だめっぽい。まあ、私結構マネージャー楽しんでるし絶対やめないけど。優希はなんだっけ……馬術部?」

 「そんなわけないでしょう。美術部よ。絶対わかってて言ってるでしょ」

 亜紀があははと笑う。

 「でも優希って乗馬とか合いそう。なんというか……お嬢様っぽい?」

 「まあ私が描いてるのなんて基本マンガだから優雅さのかけらもないけれどね。で、言い出しっぺの美貴はどうなの?」

 「私は……まあ女子部だし、何もないよ。厳しい先輩にもまれて、同期の愚痴聞いて。憂鬱だしやめようかな」

 「ほんとに!?」「嘘!?」

 二人は同時に立ち上がった。

 「……冗談だよ。なんだかんだ、私もバスケ好きだしね」

 「びっくりしたー」「もう、やめてよ」

 またも二人同時にため息をついて椅子に座りなおした。

 「そんなに私がバスケ止めるって大事?」

 「そりゃあ、私たちは美貴が小っちゃいころからバスケ大好き少女だったのしってんだもん」

 「そのお蔭か、スタイルまで良くなっちゃうんだものね」

 「うーん、まあ身長は良いけど、ね。そろそろ成長止まんないかなーって。これ以上大きくなるとバスケの邪魔になっちゃうっていうか」

 亜紀は表情をゆがめる。

 「嫌味ですかそーですか。あーあ、やっぱり人って変わってしまうものなんだ」

 「乙女の敵ね」

 「私だって乙女だよ」

 ふと沈黙が下りる。亜紀は窓の外を見ている。それにつられるように優希と美貴も外を見る。

 「相変わらずきれいな夕焼けね」

 「私、ここの夕焼けってあまり好きじゃなかったな」

 美貴がぽつりと言った。

 「どうして?」

 「なんか、あまりに綺麗で寂しくなるっていうか、暗い夜が来るんだって。もうさよならしないといけないんだって言われてるみたいでね」

 優希は「ふうん」とだけ返し、亜紀は外を見たまま何も返事をしない。やがて亜紀が顔を優希と美貴の方に戻し、立ち上がった。

 「さ、帰ろ」

 「相変わらずマイペースね」


つばめのしっぽは南へ向かい

ふらふらふらと飛んでいく

からだとはねは何処ともしれず

くるくるくると飛んでいる


 「もうすぐ、終わっちゃうのか」

 椅子を二つ使って寝そべり天井を見ながら亜紀が言った。机に向かって何やら書いている優希が訊ねる。

 「どうしたの?突然」

 「いや、気がつけばもう夏かと思ってさ。ほら、冬に取り壊すってことは多分秋にはここにも入れないってことで。夏休みにはきっと来ないだろうからこうやって集まるのもあとちょっとだけだなーって」

 突然教壇に座っていた美貴が立ち上がって右手を天高く揚げた。

 「マンガを描こう!」

 「マンガって……私もう書いているんだけど」

 「いや、そうだけどそうじゃなくて……つまりここにいる三人で、合作をしようってわけよ」

 「でも私と美貴は絵なんて描けないじゃん」

 美貴はちっちっちと人差し指を左右に振る。

 「亜紀にはその頭があるじゃない。亜紀がシナリオを作って、優希がそれをマンガにする。どう?完璧でしょ」

 「美貴は何すんの?」

 「私はそれを読んでダメ出しするの。言っとくけど私の目は厳しいわよ?」

 亜紀が頭を抱えながら左右に振る。

 「でも、楽しそう」

 「え!?でも、私物語なんて考えたことないんだけど」

 「大丈夫よ。私や美貴がいろいろ軌道修正するし、それに小学生の時にはよく私の代わりにお話考えてくれたじゃない」

 亜紀はそれでも納得がいかない様子だ。優希が続ける。

 「それに、そういう理由があれば夏休みでもここに集まれると思うの。だから、ね?」

 「んー、まあ、優希がそこまで言うなら」

 美貴は優希に寄って行ってハイタッチをした。

 「それで、どんな話にする?SF?それともファンタジー?」

 「それは少し難しいんじゃないの?亜紀はちゃんとしたお話考えるの初めてなわけなのだから」

 「そうそう。たとえば、普通に恋愛ものとか」

 「「恋愛もの!」」

 優希と美貴は同次に反応した。

 「な、何よ」

 「やっぱり、あの先輩の事とか書いちゃうの?」

 「亜紀って言葉遣いはあれだけれど、たぶんこの三人の中で一番乙女なのよね」

 「な、べ、別にいいじゃん!そういう二人はなんか無いの?要望とか」

 亜紀が顔を赤くしながら訊ねると、美貴が答えた。

 「やっぱり私はヒーローものかな。こう、悪者をばっこばっことやっつけるような感じの」

 「「ヒーローもの」」

 二人が同時に、あきれたような声を出した。

 「美貴はなんというか、あれなのよね」

 「男っぽい」

 「……なんかひどくない?優希はどんなのが良いの?」

 美貴が苦虫をつぶしたような顔をしながら優希に訊ねる。

 「そうね……私はやっぱり友達と楽しく過ごす感じのお話がいいけれどね」

 「……普通だ」

 「普通すぎると思う」

 「なんか、納得がいかないわ。いいじゃない、普通」

 「まあ、とにかくその辺は亜紀の感性でってことで。実はペンネームはもう考えてて」

 「何それ。普通順番逆じゃない?」

 「まあ、いいじゃん。私達ってみんな『き』で終わってるでしょ。だからきが三つに残った三文字を合わせて『森 あゆみ』っての。どう?かわいくない?」

 「まあ、悪くはないわね。亜紀がはじめっていうのはちょっとあれだけど」

 「何、私じゃダメだっての?」

 「まあまあ。でもさ、仕事の順番もやっぱり亜紀が最初になるじゃん」

 「それも込みでだったの。思ってた以上に考えられていた様ね」

 と、亜紀が突然立ち上がって大声を出した。

 「ああーーー」

 「何よ突然。どうしたの?」

 「何でもない」

 「何でもないってことはないでしょ。……あ、そういえば今日は夕焼け見てなかったね」

 美貴がそういうと亜紀は肩を落とした。

 「まあそんな感じ。いい時間だし。もう帰ろ。続きはまた明日考えるってことで」

 「そうね。私も少し準備しておかないと」

 「二人とも、やる気出てきたねー。うれしいことですよ、これは」


つばめのしっぽは忘れない

からだとはねとのあの日々を

からだとはねは忘れない

つばめのしっぽとのあの日を


夕焼けのさす教室に、いつものように三人が座っている。亜紀は窓の方を向いて夕焼けを見ている。優希は机に向かって絵を描いている。そして美貴はそんな二人を見守っている。ただいつもと少し違うところは、優希が向かっているのはスケッチブックでなく原稿用紙で、何処となく焦っていることだろう。

 「あー、もう、線が決まらない」

 「大変そうだねー」

 「亜紀ー、手伝ってよー」

 「私が不器用なこと知ってんでしょ。逆に邪魔になっちゃうし」

 「あ、私、なんか手伝うことある?簡単なことなら手伝うよ」

 優希は「ありがとう」と言ってホワイトと修正個所をチェックした用紙を何枚か渡した。

 「基本的にはみ出たところを消すだけでいいわ。細かいところは私がやるから、置いといて」

そうして優希と美貴は黙って作業を始めた。何となく二人を見ていた亜紀は、だんだん収まりがつかなくなってきたのか貧乏ゆすりを始めた。

 「亜紀、気が散る」

 「だってー。私も何か手伝う」

 「自分でやらないっていったんじゃないの。……これ、全体に消しゴムかけて」

 顔を上げずに出来上がった原稿を秋に渡す。仕事を貰った亜紀は勇んで机に向かって作業を始めた。そう時間がたたないうちに、くしゃりと音がした。

 「あ……」

 思わず顔を上げる美貴。一方優希は顔を上げないまま、

 「多少破れたくらいであればなんとでもできるわ。そのまま置いておいて」

 「破ってない!……ちょっと紙がよれただけ」

 「そう。それだけならのばしてもう一回ゆっくり掛け直して」

 言われた通りにくしゃくしゃになった紙を伸ばしてもう一度消しゴムをかける。もうしわをつけないように、丁寧に。

 そうしてしばらくして、亜紀の仕事が終わり、美貴も自分の前の原稿がなくなった。あとは優希が仕上げるのを待つだけである。

 「今日中に終わりそう……なのかな」

 「どうだろ。なんにしても、もう私たちが手伝えることはない感じだ」

 1人原稿に向かい淡々と仕上げを行う優希。普段は見せない鬼気迫った雰囲気に亜紀と美貴は自然と口数が減り、静かに優希を見守るようになる。そして、優希がペンを置いた。

 「……終わった」

 優希が椅子に自分の体を預け、完全に脱力する。美貴が亜紀の顔を見て、亜紀がそれに合わせた。

 「と、いうことは……」

 「つまり」

 「完成よ」

 亜紀と美貴が喜びの声を上げた。それにこたえるように優希が力なく左手を上げた。


 帰り道、並んで変える三人の背中に夕日がさして、目の前には自分たちの影が長く伸びていた。

 「いやーそれにしても間に合って本当によかったー。ほんっとにおもしろかったからなんか章とかに出したらいいんじゃない?」

 「それはさすがに大げさでしょう」

 「いや、ほとんど読んでただけだった私が言うんだから間違いない。きっといいとこ行くと思うよ」

 「でも間に合うって?夏休みまでだったらまだ二週間くらいあるでしょ」

 「あー、まあそうなんだけど……実は、言わなきゃなーっと思ってたことがあって」

 美貴が言葉を続ける間、二人は美貴の顔を見続けることしかできなかった。亜紀は



からだとはね


「……さん、宇川さん!聞いてますか」

 ぼぉーっとしていたところに目の前の女性に声をかけられ、亜紀は自分を取り戻した。

 「あ、はい、はい。聞いてます。ごめんなさい」

 隣から深い溜息が出る。

 「亜紀。大事な打ち合わせでしょう。何をそんな呆けた顔してるの」

 「まあ、いいわ。とにかくですね、一言で言ってしまえば『分かりにくい』です。亜紀さん、三ページ目のあたりのシーン、どうしてヒロインは泣いていたの?」

 「ええと、それは……その前の戦いでやられちゃったキャラがヒロインの古い友人で、戦いの間には余裕がなかったけど、戦いが終わったから緊張の糸が切れて、みたいな……」

 「そのことって作中で触れてたっけ」

 「触れてませんでしたっけ」

 「触れてない。で、相田さんは、五ページの三コマ目から五コマ目。このコマ、分ける必要ある?」

 「あるような、無いような」

 「無いならまとめちゃいなさい。なんか読みづらいし。他にもいろいろ気になるところはあるけど……まだ時間はあるし、次までにいろいろ考えてきて」

 「はい……」

 「期待してるわよ、『林あゆ』先生。三度目の正直の連載、絶対成功させるわよ」

 目の前の女性、二人の担当は軽く机をたたいて立ち上がった。つられて二人は立ち上がって会釈を返す。

 「ありがとうございました」

 ドアを開けると担当はふと思い出したように振り向いた。

 「そういえばファンレター来てたから受け取って帰ってね」

 「あ、はい。分かりました」


 「んー、今日も佳弥子さん厳しかったねー」

 仕事場に帰った亜紀が荷物を下ろして大きく伸びをした。

 「まあ、でもあそこまで言ってくれる人も珍しいと思うわよ。それだけ本当に私たちの事認めてもらっているってことだろうし」

 優希は椅子に座ってテレビをつけた。若手のアイドルたちがわいのわいのっやっている番組だった。

 亜紀は「まあねー」と返した。

 「最初の担当さんはもっとテキトーっていうか、抽象的だったし。それに比べると佳弥子さん具体的なヒントくれるし」

 「なんだか中学生の頃を思い出すわね」

 亜紀は生返事をしながらチャンネルを変えた。

 「とはいえほとんど書き直しだし、大変なのは大変でしょ。私はまあ、考え直すだけだけど……私が考え直すってことは優希はほとんど全部ネーム書き直しだし」

 「そうでもないわ。佳弥子さんからあんな感じで言われるの分かっているからそれほど丁寧には描いてはいないから。キャラのあたりだけ取って、て感じだし」

 優希は自分の机の上を片づけだした。

 「まあ、亜紀が考え直すまで私は暇なんだし、とりあえず片づけでもしているわ」

 「ええー。優希も手伝ってよ」

 「私が下手に亜紀の話聞いていると今日言われた様な展開の不自然さに気付けない、と思わない?」

 「まぁ、そうかもだけど」

 「それに私は亜紀の直しが終わったらすぐに描けるようにしないといけないでしょう。明日からはペン入れの方もあるし」

 亜紀が向かいの椅子に座って大きくため息をついた。そして引き出しの中から何枚か紙を取り出して書いては消してを繰り返した。

 「まー分かってたけどね。とにかくさっさと書き直すからまってて」


 「まあ、いいんじゃない?次の時に亜紀さんは今後の展開含めて書いて持ってきてね」

 二人は息をのんだ。

 「じゃあ、締切厳守でお願いね」

 「はい!」

 担当の去った後、二人は小さくガッツポーズをした。


 「ふぅ。これでとりあえず今月の山は越えたってとこかな」

 「何言ってるのよ。私にとってはこれからが始まりなのだから。でも、今月は少し早くに終わった感じね。助かるわ」

 二人はそれぞれ荷物をかけて同時に椅子に座った。優希がテレビをつける。いつものように若いアイドルたちが黄色い声を上げていた。

 「……優希、その番組好きだよね」

 「別に、まあ嫌いじゃないけれど。亜紀は嫌いなの?」

 「好きじゃないってだけ。何というか、好みじゃない。まあ、今日は私が片づけをする番かな」

 そう言って亜紀は立ち上がり、部屋に散乱していた段ボールを片づけだした。

 「しっかし、今月もたまりにたまってるわね。普段誰も住んでないはずなのにどーしてこんなに汚くなるかね」

 「そう言わないでほしいわ。仕方ないでしょう」

 「まー確かに締切近くは修羅場だもんね。私はあまり関係ないけど」

 それからしばらく亜紀は部屋の片づけを、優希は原稿に向かってペン入れを始めた。部屋の中にはテレビの音だけが響いていた。そして番組が変わった頃、亜紀は声を上げた。

 「そういえば、覚えてる?中学生の頃。私達が初めて漫画を描いた時の事」

 「どうしたの、急に。……忘れるわけないでしょう。あの時は私と、亜紀と、それから美貴がいて」

 「私、実は美貴の事あんまり好きじゃなかったんだ。あの時から」

 「え。あの時からって」

 「美貴ってさ、調子いいし、明るいし、クラスでも人気者って感じじゃん。それなのに私達の中に入ってって思ってて。正直言って何考えてるかもわかんないしで」

 「まあ、確かに人に合わせてばかりとは思っていたけれど」

 「でもさ、いつだったか。美貴が夕焼け嫌いだって話してたでしょ。その話聞いて、私と一緒なんだって思えた」

 「えぇ!亜紀って夕焼け嫌いだったの!?いつも見てたくせに」

 思わず優希が立ち上がる。照れくさそうに亜紀が話す。

 「本当はね。理由も一緒だった。綺麗な夕焼けが、あんまりに綺麗だったから、何となく悲しいお話を思い出させて。でもね、知ってる?あの夕焼けに重なるように建てられた電波塔があるの」

 「なんだったか、昔聞いたような気はするわ。お金が有り余ってた時代に建てられたとか」

 「本当は一緒に建てられたもう一つの塔から重なるように建てたらしいんだけど、実はあの小学校からも重なって見えるんだ。ある日、五年の頃だったかな。それに気付いて、その姿を見てなんだかほっとした。そん時はよく分からなかったけど、今ならどう感じでいたかわかる。許されたんだって。もうちょっとここに居てもいいって」

 気が付けば二人の手は止まっていた。昔を思い出すようにそれぞれ少し上を向いて。

 「美貴が夕焼けを嫌いって言った時、多分初めて心の底から美貴の事許せたんだと思う。ここに居てもいいって。何様なんだって思うかもしれないけど、私にとっては必要なことだった。とっても簡単で、他人から見たら変に思うかもしれないけど、私にとっては大事なことだったんだよ」

 優希は何も答えない。気にせず亜紀は顔を伏せながらも続ける。

 「でも、だからこそ赦せなかった。あのとき、美貴がいなくなるって言った時からずっと。折角これからだあって思ったのに。三人での共同作業が終わって、これから本当に美貴と仲良くなれると思ったのに」

 「私だって赦せなかったわ。美貴が言い出したことで、それなのに美貴から投げ出すだなんて。でも、仕方のなかったことでしょう」

 「……優希は知ってたんだ」

 優希は立ち上がって、亜紀の方へ近づいた。亜紀の前にあった段ボール、デビュー当初からのファンレターの詰まった段ボールから一枚の手紙を取り出した。亜紀は段ボールから目を離さないでいた。

 「当たり前でしょう。私が先に全部見るんだから。……亜紀が赦せてないの知っていたから。迷っちゃって。ごめんなさい、見せるべきだったわね」

 「私がペンネームを『林あゆ』にしたのだってあてつけみたいなもんだったのにさ。美貴はモデルになってテレビに出るようになって、華やかな世界で私たちの事なんか忘れてるんだって。そんな美貴は私達の中からいなくなったんだって。でも」

 亜紀は優希の取り上げた手紙を見た。差出人は泉 美貴となっていた。

 「こんなことされてたのに、裏切られたなんておもって、私、ばかみたいじゃん。勝手な思い込みで赦さないでいたって、私、本当に最低じゃん」

 震えた亜紀の声を聴いて、優希は亜紀を抱きしめていた。

 「いいじゃない、少しくらい回り道したって。私も、あなたも、いろいろ間違えていたけれど、ちゃんと正解にたどり着けたじゃない。ここに戻ってこれたのだから、きっと大丈夫よ。だって、もう美貴に会っても大丈夫でしょう。昔のように仲良く三人で、とりとめのない話をして、それでまた会いましょうって、そういう話ができるんだから」

 亜紀は泣いた。優希の肩を濡らして、声を詰まらせて泣いた。窓から差し込んだオレンジの光が、やさしく二人を包み込んでいた。

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