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まだ何も存在していない命の話から始まった物語。
『漆黒に覆われた空間。幾千、幾億、幾兆。数え切れないほどの光り続けている恒星が散りばめられている宇宙 に一つの世界があった。青と緑のグラデーションが美しい惑星。見た目通りその惑星は青々しく存在する草花や樹木、自然に溢れ豊かな水に囲まれている。
広大な緑のじゅうたんの草原、雄々しい鋼色の山脈が厳然として立ち並ぶ。山から流れた流水は長く大きな川を作りだし、下方にはあまねく海を生み出している。
風は透き通り常に新鮮な空気が漂う。灰色の雲が空に無情に乗り、冷たい雨を降らす。けれども雲一つ無い青空が広がり日差しを照りつける。
また雷雨を呼び、激しい稲妻を打ち落とし自然の猛威が沸き起こる。常に変化を見せる世界。草原を渡り小山のように思えるほど高い丘を登ると、白を基調とした神殿が待っていた。空に見守られ大地に這うように生える樹木。神殿の周囲には小川が流れ太陽、月の光が神殿に差し込む。
神聖な雰囲気をまとう殿内は驚くことに生物、動物、人間の気配が無かった。神殿だけではない。この世界に誰生きている生物は存在していなかった。
けれどもこの世界に唯一住んでいる人物がいた。神殿の奥地の部屋に白のシーツが引いているベッドに腰をかけるただ一人の人物。あらゆる力、無限の力と一億の命を持つ神である。神は世に生を受けてから長い長い間独りであった。力を使い自分が生きることができる惑星を創り住み続けた。しかし時を重ねるごとに孤独を感じ始めた。神は自らの力を使い七人の賢者を創りだした。
水氷の賢者。火焔の賢者。自然の賢者。天空の賢者。
霹靂の賢者。大地の賢者。そして生命の賢者。
賢者達は神から分けられた力を持った。個々に司る力を生かし一つの世界を創り始めた。時が過ぎるほど世界は盛んに繁栄しやがて人間が誕生した。魔力は人間にも渡り魔導師として生き始めた。魔導師は豊かな地、荒廃した荒れ地。山脈。海。火山。草原。様々な場所に住みかを作った。
のちに強い力を持った魔導師を中心に種族という集団が作られる。異なる種族達が地を奪い合う戦争が起き始めた。欲を満たそうと奔走し続ける魔導師達。領地を奪う戦は絶えず起きていた。
しかしある日を境に世界は崩壊していく運命を辿った。強大な力を持つ七人の魔導師達が生まれる。その力は普通の魔導師とは比べ物にならないくらいの負のオーラをまとっている。
――暗黒の力を持っていた。
己のことを邪導師と名乗った。全身を包み隠すようにまとう漆黒のローブをはためかせ、布から覗く口元は不気味な笑みを浮かべる。邪導師は世界へ移動した。邪導師の一人はおもむろに手を広げる。刹那、世界は黒い光に包まれ異変が起きた。
穏やかに揺れる海は狂気に震え大荒れ、厳然と立つ山は激しい噴火が起きる。うっそうと生える緑の自然は朽ち果て、広大な天空は不気味に広がる漆黒の雲に覆われる。大気は大きく乱れ、無限に広がる大地は断裂し、生命は命を奪われた。
そして邪導師から放たれている邪の波動で生物達は心を囚われ魔物と化し、魔導師達に襲いかかった。魔導師達もまた邪の波動で犯された者は心を失い仲間を傷つけ始めた。世界の末端では破壊の音を奏でているかのように、中心へ向かうように滅んでいった。
邪導師が現れたことを透視していた神。見る見るうちに世界を、命を奪う邪導師を野放しにできなかった。止めなければと思った。しかし神は長く長く長く生き、命の灯が消えそうだった。力は無限にあるが衰退している命では到底邪導師を止めることができない。
神は賢者を呼び集めこう言った。
『今、邪導師という強大な力を持った者が世界を滅ぼそうと人々や生き物を根絶やしにしています。私の力では到底あの闇を消すことができない。長く世界を見てきた私はそろそろ命の灯火が消えてしまうのです。
――最後の願いです。あなたたちの力で邪導師を抑え、平和にして欲しい』
賢者達はそれに応じたかのようにその場から消え、光のように速く世界の中心に移動した。
壊滅した世界は残酷な光景が広がっていた。理性を失い、争い続ける魔導師達。魔物と化した生物は魔導師達を苦しめていた。血は流れ、それでも狂ったように武器を持ち魔法を唱える。地には無情にも死体が転がり死の臭いが充満していた。
賢者は力を使い魔導師、生物を正気に戻す。正気に戻った魔導師、生物は目に光を取り戻すと惨劇に愕然とした。目を疑うような変わり切った世界に、無残に横たわる友の死に。
賢者達と邪導師との戦いが始まった。邪導師は凄まじい力を放ち賢者達を押していた。しかし神と同等に近い魔力を授けられた賢者は邪導師の猛攻に耐え、ひるむこともなく戦い続けた。強力な魔法が唱えられば相手もその上を行く魔法を放つ。武器を振るえば武器で攻め返す。長い時を経ても戦いの凄まじさは一層強くなる一方。
時の流れが乱れ、時空が歪み、空気が震え。賢者と邪導師がぶつかり合うたび全世界に衝撃波が巡り、空は泣き、大地は奇声を上げるかのように地割れが無数に現れた。自然の命は尽き、大爆発が絶え間なく発生し、大波は脅威を示した。
突如、七色の光と暗黒の光が衝突し大きな波動が世界を震え上がらせた。立ってはいられないほどの揺れに魔導師達は襲われ、空の彼方にいる賢者達を見守り続けた。
嘘のような静けさを感じた。長年の壮絶な戦いは止み、暗黒の闇に覆われていた空は聖なる光が閃光のように地に差し込んでくる。
そして輝く星粒が天から舞い始め無数の光が世界に降り始めた。見たこともない景色に魔導師達は呆然と空を仰ぐ。傷を負い倒れていた魔導師、消滅した魔導師、生物達が大地に姿を現した。数え切れないほどの命が復活する。
皆歓喜に包まれた。戦いが終わったのだ。賢者が壮絶な戦いの末、見事邪導師を抑えることができたのだ。
賢者達は戦いに敗れた邪導師を引き連れ、神の元へ戻った。神の目の前に着くと賢者達は目を見張った。神殿の奥に力無く横たわる神の姿。神は今、まさに命が尽きようとしていた。目をうっすら開くとすぅっと息を吐く。
最後の力を振り絞り神は邪導師達の足元半径2mに封印の結界を張る。突然、邪導師は鬼の形相で叫び始めた。苦痛極まりない表情を浮かべ必死に結界を破ろうと叩く。暗黒の力を抑え永遠にダメージを与え続ける結界。最後のやるべきことを終えた神は静かに息を引き取り亡くなった。
賢者も邪導師との戦いで深手を負い命が尽きようとしていた。賢者は惑星に戻ると壊滅した世界を改善した。賢者は世界に数多くいる王の中で七人を選び集めた。王達は賢者を目にしたのは初めてで神聖な姿に立ちすくんでいた。
賢者は王達にこう語った。
『残念ながら邪導師はまだ生きています。今は結界で抑えていますが長い長い年を経てまた現れるでしょう。その時、私達はもうこの世から存在していません。邪導師を倒す宿命と私達の力を授けます。
この力と宿命を授かるのはこれから生まれてくる純粋な心を持った者達です。私達の代わりに邪導師を倒してほしいのです。この宿命は残酷です。絶望さえ感じる程辛いでしょう。でも決して絶望で終わらず、必ず大きな巨万の幸せを得ます」
賢者に重大な話を聞いて王達は酷く動揺した。
邪導師が生きている、復活する。これから生まれてくる子供に宿命を授ける。賢者さえ倒すことができなかった邪導師を倒せることができるのか。
無謀だとも思った。しかし平和が戻った訳ではない。真の平和を勝ち取るため邪導師を何とかしなければとも強く感じた。
1人の王が「……分かりました。受け取ります」とはっきりと伝えた。
――平和を未来の子供達に任せよう。
そう願った。
賢者達は大きく頷くと王達に宿り姿を消した。数年後、新しい神が生まれ、世界を統一した。魔導師達も神を歓迎し敬った。世界は平和になり、幸せに暮らした』