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暗闇に激しく燃え上がる炎が街を覆い囲んでいる。遠くからでもはっきりと認識できるくらい無数の魔物が街を襲い、昼間撃退した巨大な魔物も再び姿を現していたのだ。
「嘘………」
全てが恐怖に包まれ戦火に街は燃えゆく。必死に魔物と応戦する一族。勢いが止まらない巨大な魔物。目の前の光景が嘘であってほしい。言葉を失い顔を真っ青にさせるシルフィの隣には拳から血が滲むほど握り、唇を強く噛み締めるソルフィア。
「……ここにいろ」
一言そう告げるとソルフィアは風の如く早く丘を下る。シルフィーの呼び声は届かず暗闇に消える。無意識に胸を押さえる。昼間と同じくまたあの嫌な胸騒ぎが起こり始める。そして猛烈な不安感。昼間よりも更に強い恐怖感がシルフィを襲う。
「ここにいろ」と言われたが不安でたまらない。姉の言葉を無視してでも行かなければならないとどこか思った。考えるよりも早く体が動いた。足が地を蹴り丘を下る。シルフィは不安の色を滲ませ、ソルフィアが向かった街へと進む。
悪夢が再び蘇る。叫び声が、魔物の奇声が耳をつんざく。街へと着いたシルフィは足を止め目を見開く。無数の人型の魔物が小さな斧を持って襲撃している。巨大な魔物と似ている。不気味な笑い声を上げながら一族に攻撃しているのだ。ソルフィアはどこだろう。ソルフィアの背を追ってきたが見失ってしまった。
「っ!?」
反射的にシルフィは身をかがめる。その頭上を突進した魔物が通り過ぎる。シルフィは恐る恐る立ち上がると1体の魔物が斧を振り回し待機している。シルフィは持っていた槍を震えを押さえながら構える。
初めての1対1の戦い。恐怖が体を縛り冷や汗が流れる。狙いを定めた魔物は斧を振り上げ飛びかかった。魔物の赤い瞳がギラリと光る。恐怖で思考が停止する。思わず再び魔物を避けてしまう。空へ投げ出した魔物は方向転換し、また突進した。
「っ!」
槍を突き出し斧の攻撃を受け止める。交り合う音が響く。刃物が合わさる音が鳴り響く中、シルフィは軽々と魔物を押し返す。距離を取った彼女はいくらか今の状況に慣れる。しかしまだ焦りは続き、緊張感が漂う。
その時、ふとソルフィアの言葉が頭を過る。
『あんたはパワーはあるけどその分、洞察力が欠けている。どんな状況でも冷静に。そうすれば魔物の動きも良く分かる』
今、慣れてきたからソルフィアの言葉の意味が良く分かる。やみくもに攻撃しようとしたが恐らく隙が生まれ攻撃される。
(……ソル姉ちゃん、私やってみるっ!)
シルフィは口端を上げると次の魔物の行動を凝視する。魔物はまた斧を構え突進し始める。高速でシルフィーに向かう中、彼女は狙いを定めている。彼女は勢いよく槍を突いた。矛先が見事魔物の顔面に突き刺さる。魔物は耳を塞ぎたくなるほどの叫び声を上げ、黒い煙となり消え去った。
「………勝った」
震える両手を見つめか細い声で呟く。自ら一人で魔物に勝ったのだ。この勝利は彼女を大きく成長させ自信へと変える。シルフィは口をきつく閉じると目に力を宿し真向を見据える。そこにはもう一体。魔物がうろついている。シルフィは駆け出し、魔物が気付かない内に攻撃を与える。槍を振り叩き、そのまま横へ薙ぎ払う。
「うりゃああ!!」
吹っ飛ばされた魔物を追い最後は槍で突き刺しとどめを刺した。もう何も怖くはない。守られていた弱い自分はいない。今は皆のために戦う。自分の中の燃えるような思いにシルフィは駆け出した。
魔物が次々と目の前に現れる。その度にシルフィは槍を振り回し魔物を倒していく。時には危険な目にも合った。無数の魔物は個性があり、パワーが強いものや、スピードがあるもの。シルフィは地面に転がりながらも、攻撃を避け諦めずに攻撃する。肌が摺れ血が滲んでも、斧で頬をかすってもシルフィはめげずに攻撃した。
ようやく周りの魔物を倒した。息が切れ疲労を見せるシルフィは額に滲む汗を拭う。ソルフィアはどこに行ったのだろう。姉の安否が心配してきた時、近くの茂みから何かが飛び出した。
「っ!」
シルフィの周りを囲むように複数の魔物が現れる。光る斧を構えシルフィの行く手を塞ぐ。囲まれてしまった。一気に焦りがこみ上げる。忙しなくシルフィは頭を動かし、魔物の動きを見る。魔物全部がシルフィに飛びかかる。
避けることも攻撃することもできないシルフィは頭を押さえ身を縮める。もう駄目だと思った時、冷やりと冷気をかんじた。それは身に覚えのある魔力で慣れ親しんだ冷気。
瞑っていた目を開けるとシルフィの目の前にソルフィアが守るように立っていた。慣れ親しんだ冷気はソルフィアから。その証拠に飛びかかった全ての魔物が氷に覆われていたのだ。ソルフィアは指を鳴らすと氷にひびが入り、全ての魔物の氷が粉砕した。魔物が黒い煙となって消え去る。氷の結晶がダイヤモンドダストのように宙に煌めく。思わず見惚れてしまう景色の中、目の前に立つソルフィアがゆっくりとこちらへ振り返る。
「やっと会えたソル姉ちゃ……ん?」
言葉が詰まった。いや、出なくなった。何故なら今目の前にいる姉が壮絶に怒気を放ち、鬼のように恐ろしい顔をしているからだ。
----怒っている、確実に。
「……ソル姉ちゃん…?」
「家にいろと言ったよな?」
冷え切った冷たい瞳がシルフィを射抜く。無意識に後ずさるシルフィは顔面汗だらけになる。姉の怒りは怖いものだ。
「……だって」
怒る気持ちは分かっている。危険な目に会わせないために言ったのにそれを無視したからだ。心配だったからなんて言えるはずがない。そう言うなら自分の身は自分で守れるようになってからではないと。俯いて黙ってしまったシルフィ。