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変わらない日常がこれからも続くと思っていた。好きなことをして、平凡に毎日を送る。それが叶わなくなるとしたら…
第一章 力と宿命
燦々と太陽の日が降り注ぐ。陽光を反射させる海を大半持ち、少ない陸地を所有する北大陸の領域『グァン』。海の中は地上と同じ文明が栄え、少ない陸地にも水、氷の種族の魔導師が住んでいる。
領地内の陸地に存在する『神秘の湖 ロト・ラージ』は驚くほどの透明度を持った湖。その湖の中も海同様、地上と同じ世界が広がる。
大きな破壊音と共に地面が揺れた。樹木に止まっていた水鳥達が一斉に飛び立つほどの衝撃も与えられる。地面にあった岩石を何者かによって壊されたのか無残な姿となっている。その犯人と思われる少女は、自分の背丈ほどある槍を岩石から離し再び構える。
鮮やかな水色の大きな瞳が目の前に佇む相手を捉える。岩石を槍で破壊した馬鹿力の水色の少女は強く目に力を入れ地を蹴り出す。
「おりゃあああ!!」
槍を振りかざし勇ましい声を上げた少女は相手に向かい槍を突き刺した。だが相手は軽やかに避け、槍は空を突く形になる。高速で避けた相手はすぐさま少女の近くに現れる。
それに気がついた少女はそのまま槍を薙ぎ払う。途端、少女の太ももまで伸びるポニーテールが跳ね上がる。が、相手はまたしても避ける。回避した相手は素早く少女の手を叩き槍を落とす。
「あ………っ!」
無防備となった水色の少女はあっけなく相手に足払いされ尻もちを着く。落とされた武器を持とうと近くに落ちた槍に手を伸ばす。しかし少女の手が止まる。地面に映る人影。いつの間にか相手は少女の目の前に立っている。そしておもむろに片掌を向けた。
「っ!」
ーーー魔法だ
少女はきつく目を閉じる。魔法を受けとめようと身を強張らせたが何も起きない。その代わりに頭上に降ってきた凛とした声が耳に入る。
「……まだまだだな」
「……え?…いだっ!」
そして額に鋭い痛みが走り思わず少女は両手で押さえる。頭を突かれた少女は涙目になりながら相手を睨みつける。相手はふと表情を緩ませた。
「ソル姉ちゃん強すぎ!」
姉ちゃんと言った少女は頬を膨らませ激しく抗議をする。こんなやり取りを今日で何回目だろう。不服そうな妹を目の前にソル姉と言われた相手、ソルフィアは深い群青の切れ長の目を更に細める。
「シルフィ、そのセリフ何回目?」
「だってぇ!」
ソルフィアの妹、シルフィは手足をバタつかせる勢いで苛立ちを表す。その様子に呆れたようにため息を着くとソルフィアは妹を立たせようと手を伸ばす。さらりと暗めの青いショートの髪が揺らいだ。じとっとした目でシルフィはソルフィアを睨むと伸ばされた手を掴む。立たせてもらうとスカートについた土を払う。
「まったく、馬鹿力なんだから」
横目で破壊された岩石を見つめる。姉の視線を辿ると自分が槍のみで破壊した岩石が無様な姿となっている。槍のみだ。自らの腕力で破壊したのだ。
「えへへ、つい力入っちゃって…」
頭を掻きながら言うシルフィは笑いながらごまかす。華奢な体つきからは想像できないほどの怪力の持ち主だ。それは姉のソルフィアは良く知っている。太陽の光が強くなってきた。ソルフィアは眩しそうに天を見上げる。
「そろそろ昼だ」
「え!? まだ当ててないよ!」
「いつになると思ってるの」
「次! 絶対次当てるから!」
「……空腹なんだろ?」
姉に言われ答えるかのようにシルフィから大きな腹の音が鳴り出す。「あははー、そうだった」と恥ずかしげもなくシルフィは笑う。正直な妹にソルフィアは力が抜けたように息を吐く。
「帰るよ」
「うん!」
太陽のように明るく笑うシルフィ。屈託なく笑みを向ける妹にソルフィアは頬を緩ませた。
街から少し離れた地に一件の家がある。そこから昼食の匂いがにじみ出る。シルフィとソルフィアは対面に座り、食事を取っていた。テーブルの上には姉よりも明らかに量が多いシルフィーの食事が目立っていた。
「おいひー!」
頬張るシルフィは満面の笑みを浮かべる。それを一睨みするソルフィアはピシャリと言い放つ。
「行儀悪い」
食べ終わってから話しなさいと注意するがシルフィは空返事で次々と口に運ぶ。妹は大食いだ。しかも体に入ったものは一体どこにあるのかと疑うくらい太らない。毎回の食事量は自分よりも量が多い。あっという間に食事を終えたシルフィは満足そうに「ごちそうさま!」と手を合わせた。
「ねぇ、毎日稽古付けてもらってるから強くなったよね?」
「……さぁ…」
「えー!? 絶対強くなったもん!」
「どうだろうな」
「そんなぁ……」
項垂れるシルフィ。そんな様子を気にせず未だ食事を終えていないソルフィアは淡々と箸を動かす。シルフィは魔法が使えない。通常ならば幼い内に魔力が形成され魔法が使用できるようになる。しかし何故かシルフィは17歳になった今も尚、魔法が使えないのだ。
魔物が蔓延るこの世界『ウィンクルム』。自ら身を守るためにも魔法は大きな武器となる。シルフィは魔法が使えないため、幼い頃からソルフィアから武術を学んでいる。体育会系ということもあり、シルフィはメキメキと力を伸ばしている。
その合間にも魔力を付ける精神統一など試みたが、魔法が目覚めることは無かった。当初よりは強くはなっている。しかし魔物との実戦は数えるほど。しかも最弱な魔物。だから実戦で戦えるくらいになっているかは不安が残る。
その後、昼食を終え談笑していると扉を激しく叩く音がなった。シルフィは驚き肩を大きく震わせる。大きな叩く音と共に「ソルフィア! ソルフィアはいるか!?」と悲鳴にも似た声が飛んできた。
(……だ、だれ……?)
目を見開き姉に視線を移す。シルフィの不安を悟ったソルフィアは落ち着かせるように口元だけ笑みを向ける。そしてドアへ進み開けると全身血に染まらせた男性が息を切らし立っていた。痛々しく腹部から血が流れる。痛みをこらえる男性の顔にシルフィは息を詰まらせる。こういうのは未だに慣れていない。
男は大きく肩で息を吸い小刻みに体を震わせる。ソルフィアは街の住民だと気がつくと「何があったんだ?」と問うた。そんな怪我まで負うなんて何があったのだろう。
「……ま……魔物が現れたんだっ!」
「魔物?」
聞き返したソルフィアに男は何度も頭を振る。大の男が体を震わせている。大勢の街の住民だったら容易く魔物を撃退できるだろう。そう思ったがこの怪我。どうやら大物かもしれない。
「皆で応戦してるんだが見たこともないくらいでかくて強くて。たった一匹なのにっ。お願いだ、助けてくれ!」
恐怖に支配されている男の瞳。揺れる瞳は懇願するようにソルフィアに助けを求めていた。魔物が街を襲っている。シルフィはソルフィアを見やると、気がついた姉は無言で見つめ返す。形の良い口が動いた。
「今から街へ行く」
そう告げるとシルフィは弾かれたようにソルフィアの後を追い家を出た。
ソルフィアは種族『ミルファ族』の中でも高い戦闘力を持っている。それは一族の中でも有名な話だ。時折、凶悪な魔物が現れるとその腕を見込んで助けに来る仲間も多い。そんな姉をシルフィは心の底から尊敬していた。