★「ある騎士の誤算」★
……どうしてこうなった。
「……。……」
沈黙。決して無音という訳ではない室内だが、たまに生じる互いの衣擦れの音などが、逆に居たたまれなくさせる。
今俺と部屋の中にいるのはもう一人、時折ちらりとこちらに目を向けながらも、基本はずっとうつむいて本を睨んでいる、俺の半分くらいしか背のない女の子だけであった。
彼女の名前はリアミール・クロアール、今日会う筈であったサンパレッタ・クロアールの妹である。
サンパレッタ・クロアールは騎士に憧れる御令嬢らしくて、ランドルク伯爵夫人の紹介により、俺はその彼女の家に招待された。俺としては騎士の幻想を壊したくなかったので、実は結構遠慮したかったのだが、結果としてその心配は杞憂に終わったことになる。
「事故、ですか?」
「えぇ、何でも南の街道の方で馬車が横転したらしく、その馬車にはお嬢様の叔母が乗っていらしたらしいのです、お嬢様は大層心配でそちらへ向かいまして、歓談はまた今度にとのことです。申し訳ございません」
そう迎え入れられた執事に言われた時に正直俺はほっとして、事故が大したことでは無いことを祈った後に、そのまま帰ろうとしとした。ところがその執事に続けて、予想外のことを言われた。
「それでですね、お嬢様からせめてのお詫びということで、騎士様を屋敷でおもてなしなさるようにと言われました。どうぞこちらへ」
慌てて遠慮して辞退しようと思ったのだが、がんとした執事魂に折れ、結局そのまま俺は屋敷の中に招待された。
お茶の一杯でも飲んで帰ろうと思っていた、俺の考えの誤算は、しかしまだ続く。
招待された部屋の中にはクロアール夫人がおり、執事の丁寧なおもてなしと共に、話好きな夫人と暫らく午後のお茶の時間を過ごしたのだが、その日最後の予想外の言葉を、俺は夫人に言われたのであった。
「末の娘にリアミールという子がいるの、それが人見知りな子でね、引きこもってばっかり何だ。このままだと将来が心配でね。ものは相談なんだが、騎士さん、ちょっとあの子とも会っちゃくれないかね? 騎士様なら安心してあの子を任せられると思うし、想像していたよりもいい人そうだしね、あんた。こんな機会でもないとあの子のアレは直りそうにもないのよ……。多分今、あの子は自室にいると思うから、頼むよ」
どこかで聞いたような話だと思いながらも、流れるままに案内された先には、日の当たりがいかにも少なそうな、色白な少女がおり、そしてそのままその少女の部屋に、二人きりで俺は放置されたのであった。